光を求めて・5
パイアールはフィアールカをセバスに任せて、メインモニターで航行計画を考える。
面倒だから一番近いワープポイントから、一息に飛ぶか?
その雑な航行計画に、隣の席のリウが不安そうにパイアールを見ているが、そこは見返すことはない。リウを見ずにパイアールが口を開く。
「どうした?」
「…いえ、少し不安なだけです」
「そうか」
答えた後に目を閉じたパイアールを、リウは不安な面持ちで見ている。
パイアールは溜め息を吐く。
「パイ」
「ああ。ぐみ。良い所に来た」
後ろから声を掛けてきたぐみに、パイアールは振り向いた。
「…え?何だ?ボクに用事か?」
「ああ。あのペンダントを返してくれないか?」
「?、…今のパイに返すのは不安なのだが」
パイアールが眉を顰める。
「…いや、か?」
「嫌な訳じゃない。ただ、不安なだけだ。…いま、パイはおかしい」
まるでぐみが我が儘でも言っているかのように、パイアールは眉間を揉み込んでから、ぐみにもう一度言う。
「返してくれないか?」
「…大丈夫か?」
「…何がだ?」
少し怒り声なパイアールに、ぐみが怯む。
ベッドに腰掛けてその光景を見ているフィアールカの口元に微笑みが浮かぶ。セバスもニヤリと口を動かした。
「…返せ」
その命令口調に、ぐみがぴくりと動いた。
「わかった」
ぐみは自分の首からペンダントを外す。
パイアールはペンダントを受け取ると、隣のリウに渡した。
「これの地図を解析して、立体にしろ」
「はい」
リウが受け取る。
「それが済んだら、その立体を90度の角度で、12枚ずらしながら重ねるんだ」
「…はい?」
リウが不思議そうに見る。ぐみもパイアールを見た。
「…その後に一枚に戻して、160度反転させる。それから半分の方を折りたたむように80度の角度で曲げるんだ」
「え、はい」
指示を続けるパイアールの顔は、目がぎらぎらとしている。
「それで、星図が完成する。…その先にあるはずだ」
「…何がですか?」
恐る恐るリウが尋ねる。
パイアールはニヤリと笑う。それは凄味のある笑い方だ。
「…兵器だよ。惑星間戦争を終わらせられる、最終兵器だよ」
楽しそうにパイアールが笑う。
「ふ」
「…パイ?」
ぐみがパイアールを呼んだ。
不安そうに。
「…何だ?」
「それは、悪い物じゃないか?」
「…そうか?」
「違うのか?」
泣きそうな顔で、パイアールを見ている。
「…使ってみないと分からないだろう?」
「このままで、パイはハルミナみたいにならないか!?」
「俺が?まさか」
そう言うパイアールを信じたい心と、あの女の傀儡になっているのではないかという不信との間で、ぐみは距離を測れない。
「パイアール?」
ふいに近寄ってきていたフィアールカに、後ろから抱きしめられる。
「…フィー?」
話の途中で介入されることに、ぐみは腹を立てた。
この女は何回も。
「パイから離れて」
「あら、私が?あなたがでしょう?」
子供のぐみに分が悪い会話だ。
「やめろ、フィー」
「だって、この子が」
パイアールはフィアールカを抱き上げる。
フィアールカは嬉しそうに、パイアールの首にしがみつく。
「…リウ、解析を急いでくれ。…航行計画は俺が出す。…後で、な」
「…はい。分かりました。」
「パイ!?」
ぐみが泣きそうな声でパイアールを呼んだ。
パイアールは振り向かずに、フィアールカを部屋に連れて行った。
そのあとフィアールカが飽きるまで、愚痴を聞き、話をして眠らせた。
セバスはさっさと寝ている。
主人よりも先に寝ている執事に、パイアールの目が細くなるが注意はしなかった。
パイアールは操縦室に行く。
リウが画像の解析と合成をしていた。
「…パイアール」
「ぐみはどうした?」
「気落ちして、自室に戻りました」
「…そうか」
パイアールの苦笑を、リウが見ている。
「これは、続けてもいいのですか?」
パイアールは溜め息を吐く。
「…続けろ」
「分かりました」
パイアールは端末をいじって、航行計画を作る。
前の時間に自分が作った計画を細かく丁寧になおす。
「パイアール?」
リウが声を掛ける。
「…何だ?」
パイアールはリウを見上げる。
「この先、この船は何処へ行くのでしょうか?」
「…ケイニスメイジャだろ?」
「いいえ。そうではなくて」
パイアールは溜め息を吐く。
それからしっかりとリウを見た。久しぶりのその眼にリウがハッとする。
「…俺の、考える、未来だ」
「!」
パイアールは下を向いて、計画書を作り上げる。
「これで行ってくれ。…補給は2回取る」
「はい。分かりました」
パイアールはリウの肩をぽんと叩いてから、フィアールカの寝ている部屋に戻った。
隣に居るフィアールカがパイアールを呼ぶ。
「パイアール?」
「…なんだ、フィ」
パイアールは口を塞がれて話が出来ない。
「…話してる最中に口を塞がないでくれ」
「あら、いやなの?」
鼻にしわを寄せて怒った顔をしているフィアールカを抱きしめる。
「俺がか?」
「…ふふ」
フィアールカの顎を押さえてパイアールからキスをし返す。
長く深く。
「は、もう、だあめ」
「…何だよ」
パイアールの口に指を当ててフィアールカがとめる。パイアールが不満を言うと、フィアールカが微笑んだ。
ここは居間で皆もいるんだが、二人は知った事では無い。
ぐみもルミナスも辟易としてこちらを見ない。
フィアールカは目を閉じたまま手元で本を触りだした。あれで読めるのだから器用だと、パイアールは感心しきりだ。
パイアールはフィアールカを眺めた後、リングの地点を計算した計画を見に行く。
「…次で飛べるな?」
「はい。近くまで行きます」
落ち着いたリウの声が答える。
「…そうか」
パイアールは頷いて、席を離れる。
ペンダントの画像解析も全部終わっている。
あとは本当に飛ぶだけだ。
「パイアール?」
「…ん?」
「もうすぐ着くかしら?」
「ああ。次に飛べば近くまで行く」
「…そう」
そう言って、フィアールカが微笑む。その頬をパイアールが指先で撫でる。
「…可愛いよ。フィー」
「ふふ」
フィアールカの頬にキスをして、パイアールは流行りの本を読む。
通販もしている服のカタログだ。パイアールの船にあった事はついぞないが、今はフィアールカのために、セバスとパイアールが取り寄せて置いてある。
指先で紙を撫でていたフィアールカが、楽しそうな声をあげる。
「あ。私こんな感じが好きだわ」
「…これか?…じゃあ、次は買って見るかな?」
「え?本当?すごく似合うと思うわ」
「…買わなきゃならないよな?それは」
パイアールが見ていた本を触って、うきうきとフィアールカが言う。
ルミナスが砂糖と言っていたのに、ぐみが頷いて同意していた。
パイアールが片眉をあげるが、文句は言わない。
「ポイントへ近づきました」
リウの声が響く。
「みんな、何時も通り身体を固定してくれ」
パイアールが操縦席に座って、声を掛ける。
全員が座ったのを見て、リウに肯く。
最後のリングを展開した。
リングアウトした先には、赤く光る星があった。
…小衛星だろうか。
赤く明滅をしながら、宇宙を漂っている。
「どんぴしゃだな」
パイアールの言葉に、フィアールカとセバスが頷く。
「…さあ、降りましょうパイアール」
興奮しているのかフィアールカの頬が赤い。セバスと共に宇宙服の支度をする。早く見たいと気がせいているのが分かる。
パイアールは笑みを浮かべたまま、二人を手伝った。
「ああ。行こうかフィー」
簡易の宇宙服を着て、小衛星の上に降り立つ。
それは恐ろしいほどの力を秘めてそこに存在していた。
禍々しいほどの物。
その赤い光が漏れている場所に、パイアールは二人を連れて立っている。
二人はその光の側まで歩いて行く。
「ああ、パイアール。これよ?やっと手に入るのね?」
「…リウに積めばな?」
パイアールの話し方の変化に、敏感にフィアールカが気付く。
「パイアール?」
「…それをリウには積まない。俺は兵器には興味がないからな」
パイアールの後ろにいて貰っていた、ぐみとルミナスが驚く。
「何で正気なのかしら?」
「…最初から、こうだったけど?」
肩を竦めて見せると、後ろ二人の声にならない声が聞こえた。
すまないな?
フィアールカはセバスの手を引く。
二人がパイアールを睨む。
「…悪いが俺は、お前たちがしたい事に興味がないんだ」
「どうして!?これで戦争は本当に終わるのよ!?」
フィアールカが叫ぶ。
「…全員が死んで、だろ?」
「何が悪いのよ!?戦争で死んでも一緒じゃないの!!」
パイアールは首を横に振る。
「…気持ちを無視した死に方は、俺は好きじゃないんだ」
セバスが動こうと右手下に視線を走らせる。
「…止めておけ。ここは宇宙だ。…反撃されればお前も一発で死ぬ」
「く」
この酸素のない世界で、パイアールの前に居る二人はあまりにも不慣れだった。
「…リウ、二人を拘束しろ」
『はい。パイアール』
船の横からコードが伸びる。二人をグルグルと縛り上げた。
…言っておいてなんだが、リウすげえな?
「どうして!?此処まで来てどうして諦めなければいけないの!?」
フィアールカが叫ぶ。
「星間戦争なんてばからしいわ!!終わらせるのがどうして駄目なの!?」
パイアールは溜め息を吐く。
「…別に終わらせるのは悪い事じゃないさ」
「じゃあどうして!?」
冷たい眼差しでパイアールはフィアールカを見る。
「…自分で考えろ」
「分からないわ!!私の全部を奪った戦争なんて無くなればいいのよ!!!」
パイアールは見えていた映像を思い出す。
…そう言えば、あの時に眼も。
パイアールはぐみを振り返る。
ぐみは腰に手を当てて、呆れた顔で立っていた。
「…ぐみ、お願いを聞いてくれるか?」
「パイの言いそうなことは分かるけど、聞いてあげるよ。なに?」
「フィアールカの眼を、治してくれないか?」
「…まったく、君は」
ぐみは、やっぱりなあという様に溜め息を吐いたが、お願いを断りはしない。
宇宙服の手元に、タクトを呼び出した。
「エンゼルハート!」
ぐみがくるりとタクトを回した。
宇宙空間でもその光に何の変化もない。それは真っ直ぐにフィアールカの目に打ち出された。
「きゃあああああ!?」
痛みか驚きか。
フィアールカが叫んだ。セバスが気を失ったフィアールカを支えられずに口を噛む。
「リウ、二人を収容してくれ」
『はい。パイアール』
パイアールは二人を見送ってから、自分の前で赤く光るものに目を移す。
多分本当に恐ろしい兵器なのだろう。
見ているだけで、気持ち悪い悪意が滲み出てくるようだ。
「…どうするんだい?」
ぐみが聞いてくる。
「…壊したいんだがなあ」
「ちょっとボクでも難しいよ?」
「わたしでもパワア不足ですう~」
二人に断られ、パイアールは溜め息を吐く。
「…だよなあ?」
パイアールも眺めて溜め息を吐く。
(…何処に渡しても誰に渡しても、ヤバい気がするよな。
…これの成分て何だ?)
「リウ。これの主成分をサーチできるか?」
『はい。…終了しました』
何時も通りの素早さに感心しつつ質問をする。
「これは何だ?」
『宝石です。主な物はダイヤです』
「…でかいダイヤだな」
パイアールはおよそ今まで見た中で最大であろうダイヤを見上げる。
「…船に戻るぞ」
「え?これはいいのか?」
ぐみが聞いてくる。
「いや。リウに頼む」
パイアールに押されるように二人も船の中に入る。
ハッチを完全に閉めて、エアを確認する。
大丈夫だな。
「…リウ、頼みがある」
パイアールは宇宙服を脱ぎながら、声を出す。
エアルームだろうとリウは自分の声を聞いている。
『はい。何でしょうか?』
「あれを、ものすごく高熱に出来るか?」
『はい。簡単です』
エアルームを出て通路に入る。
「…じゃあ、やってくれ」
パイアールが言ったとたんに、船内の光が薄暗くなる。
エネルギーを一か所に集めている機械の振動が体に伝わる。
パイアール達は、ブリッジに入る。
メインモニターには外の風景が映っている。
その前に縛られている二人もいた。
パイアールは二人のメットを取る。
「…何で私の眼を」
「良いから見ろ。…夢の終わりだ」
「え?ああ!?」
光が小衛星をオレンジ色に変えていく。
オレンジから黄色にそれから緑、更に青く光の色が変わる。
熱に耐えきれなかったのか、殆んど溶けた破片が粉々に散らばっていった。
メインモニターを見ていた全員が、その行く末を見守った。
「…ああ…」
フィアールカは溜め息のような声を出す。
「終わったのね…」
フィアールカの眼から涙が零れた。
それは散る光を反射して、淡い色をしていた。
「…本当にいいの?」
パイアールが近くのステーションで二人を降ろすと、フィアールカがそう聞いてきた。
「…何が?」
パイアールが聞き返すとばつが悪そうに言った。
「だって私はあなたを利用したのよ?」
「…それに引っかかった俺が悪いんだろう?」
納得していないようにフィアールカが言う。
「…何処にでも出せばいいじゃない」
「ぶはは!」
パイアールは笑う。
それをきょとんとして、フィアールカが見る。
「…何の罪状だよ。俺は女に騙されただけだぜ?そんな罪があるかよ!?」
「あなたって…」
「何だよ?」
フィアールカがパイアールに微笑みかける。
その顔は年相応の少女の顔をしていて。
パイアールはその顔をまじまじと見る。
「…やっぱりそうか」
「え、なに?」
フィアールカが戸惑ったような顔をする。
「…いや。お前の眼は菫色だったんだな」
…その名の通り。
「パイアール…」
フィアールカが吐息のような声で呟いた。
「じゃあな。セバスと仲良くやれよ?」
フィアールカが手を振る横で、セバスが頭を下げた。
パイアールは船に乗り込んだ。
「さあて、何処に行くかな?」
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