光を求めて・4


静かな駆動音が船内に響いている。

パイアールはショックで気を失っているようだ。フィアールカは少し微笑んで、そっと握った手を柔らかく触りなおす。

それからパイアールの傍に身体を添わす。

気を失っているパイアールの耳元で、確信を持って囁く。

「…どうしたの?」

「……あ、……いや、何でもない」

頭を振ってパイアールが答える。

目がくらくらとして世界が回っているような。実際パイアールの頭が揺れている様だった。

その顔を閉じられた目でフィアールカが見ている。

「私、もう眠いわ」

フィアールカが言うと、パイアールは不思議そうな顔で彼女を見る。

けれど何時ものように頷くと、フィアールカの頭を撫でた。

「…そう、か。もう寝るか?」

「ふふ。パイアールも一緒に寝ましょうよ?」

「…そうだな」

少し曖昧な返事で、フィアールカをブリッジのベッドに連れて行く。

パイアールの手を握って横になるフィアールカを見降ろして、パイアールが少し笑う。


「…早く?」

誘われてパイアールも横になる。

「おやすみなさい」

そう言ってフィアールカがパイアールの頬にお休みのキスをする。

パイアールも頬にキスを返して、眠りに落ちた。



「起きて、パイアール?」

パイアールの腕の中のフィアールカが、甘く囁く。

「…ん?」

パイアールはゆっくりと目を開ける。隣のフィアールカがドームの開いたベッドの上で、外側にいるリウを指さした。

「…彼が何か話があるみたいよ?」

パイアールはフィアールカを腕の中から離す。

ベッドの端に座って、パイアールがリウを見上げる。

「…どうした?何か不具合でもあったか?」

寝起きを起こされて機嫌でも悪いのか。

何時もの親しさが感じられない。

パイアールを見ているリウの眉根が寄っている。

「…どうされたのですか、パイアール?」

「…ん?何がだ?」

「いえ、その…」


パイアールをちらと見て眉を顰めて。リウは言葉を考えている。

依頼主と寝るなど。パイアールがしたことはなかった。

もちろん、リウが船になってから見た事がないだけの話で、パイアールは元々海賊だ。常識的に見えてどこか一般人とは違うのかも知れない。

それでも今まで見ていた彼と違って、リウは混乱していた。


「その、朝食はどうしますか?」

「…そんな事のために、俺を起こしたのか?」

「…フィアールカ様も、御一緒ですから」

パイアールが横に来たフィアールカを見る。寝乱れた姿のフィアールカはパイアールにすり寄り微笑んだ。

「お腹空いたわ、パイアール」

「ん?フィーがそう言うなら、いいか」

フィアールカを愛称で呼び、頬を撫でるパイアールに、リウは戸惑うが。

自分の立場を勘違いしたりはしない。リウは船だ。


「では、用意いたします」

「ああ」

パイアールが笑いながら答えるなら、その内の変化は考慮しない事にする。


キッチンに入ったリウに、立って料理をしていたセバスが振り返る。

その近くにいたぐみが、機嫌悪そうにリウを見る。

どういった事態なのか分からないリウが、話さずにいると。


パイアールとフィアールカがキッチンに入って来た。

「おう、はやいな」

セバスがそう言うと、パイアールが笑って答える。

「今日はセディが朝食当番かよ」

「ははは、俺は順番は守るぞ」

「はあ、どの口が言ってるんだか」

笑いあいながら、フィアールカを椅子に座らせるパイアールを、何とも言えない顔で見るリウ。そして怒った様な顔になったぐみが口を開いた。


「何があったんだ?」

ぐみはパイアールに聞くが、パイアールは首を傾げて困ったようにぐみに聞く。

「何を怒っているんだ?」

「おかしくないか?パイ」

「…俺は何か変か?」

「絶対変だ!!」


掴みかからんとするように、パイアールに詰め寄ってぐみが怒鳴る。

けれどパイアールは困ったまま、フィアールカに問いかける。

「フィー?俺は変か?」

フィアールカは首を横に振る。

「…?どっちなんだ?」


「…料理出来たけど、どうする?」

修羅場の様相に、セバスが出来た料理を持って悩んでいる。

その姿を見て、パイアールは溜め息を吐いた。

「…食ってから話をしないか?」

「…ボクはいい」

ぐみはそう言って、きびすを返してキッチンを出て行った。

リウも頭を下げてから出て行く。

二人が出ていった先をパイアールが心配そうに見ているが、セバスに指でつつかれて振り返る。

「取り敢えず食べないか?冷めたらまずいし」

パイアールが苦笑する。

「そうだな。フィーも待ってるしな」



食事をしている三人とは別に、ルミナスの部屋で三人が集まっていた。

「絶対に、パイは洗脳されている」

ぐみの主張に、二人は懐疑的だ。

フィアールカがそんな特殊能力を持っていると確認できないからだ。

「そもそも、パイアールの力とはどういう物ですか?」

資料として知っているリウが聞く。ルミナスは聞いた事すらないので、黙ったままぐみを見る。


「人やモノの記憶を共感してしまう強い感応力がある。ボクよりもハルミナの方が詳しかったと思うけど、ボクの知る限り意識が乗っ取られるくらい強い記憶もあったはずだ」

「それは~ぐみちゃんの魔法で~、どうにかならないのですかあ?」

ルミナスの言葉に、ぐみは首を横に降る。

「ボクは直接的な魔法なら大体できるけど、精神感応はちょっと範囲外だよ」

腕を組んで唸るぐみに、リウもルミナスも何も言えない。


ただ単に実は昔からの知り合いで、それをパイアールが黙っていて。

フィアールカと寝たから、オープンにした。

そういう可能性も、ないわけでは無かったからだ。


お怒りのぐみには悪いが、リウとルミナスは様子見をする事にした。

パイアールがこの船のキャプテンなのだ。

行く先は彼が決める。正しくとも間違っていても。

船乗りとはそういうものだ。




操縦席でパイアールが星図を眺めている。

この先向かう中継ステーションを確認しているようだ。

「…パイアール。話があるのですが」

隣に立ってリウが話しかける。

「う、ん?」

返事のタイミングを計るように、つっかえながらパイアールが答える。

「…何だ?」

「この先は決まった航路から少し離れるのですが」

「ああ、そうだな」

「私がコントロールするのでよろしいですか?」

おかしな話を聞いたとでも言うような顔をパイアールが浮かべる。

「手動でやる必要性が、何処にある?」

「ありません。が」

パイアールが大きな溜め息を吐くのを、リウは見つめる。

「確認する必要はない。お前が」


「パイアール?」

後ろから忍び寄っていたフィアールカが、パイアールの首にぶらさがった。

さすがにパイアールも眉を顰める。

「…今、結構大事な話をしてんだけどな?」

「あら、私以上に大事なものなんて、あるのかしら?」

フィアールカがそう言って微笑む。

その顔を見てパイアールも、蕩けるように微笑む。

「…ないよ、フィー。お前が俺の全てだ」

そう言ってフィアールカをぎゅっと抱きしめた。

「大好きよ、パイアール。」

「…ああ。俺も好きだよ、フィー」

その二人の前でリウが息を飲む。そしてそのリウを見てフィアールカが口の端をあげた。だがそれはパイアールには見えない。


「私も話があるのよ?」

「…そういえば、朝に言っていたな?」

「ええ」

フィアールカはパイアールの膝の上に向かい合って座っている。

いかにもいつも座っているかのように。

余り近くで見ているのも悪いと、リウが少し離れる。

「…これからの事よ」

そう言ってパイアールの顔を間近で覗き込んだ。

キスするほどの近く。

その瞼がうっすらと開いて。

その奥には、やはり何も。


じっとパイアールが動かない。リウから見ればキスして動かないようにしか見えなかったが。

「…ああ。分かった」

「ふふ。大好きよ」

二人の睦言にリウが意見を述べる。

「え?パイアール?今お二人は何かを話しましたか?」

変な顔をしているリウに、睨みつけるような虚ろの様な、そんな顔をしたパイアールが告げる。

「…何を言ってるんだ?リウ、行先を変更する」

「え?本気ですか、パイアール?」

「うふふ。嬉しいわ、パイアール」

フィアールカがぎゅっと抱きしめる。それをチラッと見た後でパイアールは再びリウを見る。


「目標をプリーアティーズから、ケイニスメイジャに変更」

「…全く方向が違います。…行くにしてもどこかで補給をしないと」

「そうか。…なら、新しい計画を作ってくれ」

「私が一人でですか?」

「…ん?」

パイアールが片眉をあげる。


「…俺も考えた方がいいのか?」

「!…はい。是非お願いします」

「…分かった」




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