光を求めて・3



「起きて下さい。パイアール」

ブリッジのドーム型のベッドで寝ているパイアールにリウが声を掛ける。うっすらとパイアールが目を開けると上部が開いた。

「…ん?」

パイアールは余り起きてない頭でリウを見る。


「人が訪ねてきています。仕事の話かと」

「…ふ、ん…分かった」

パイアールはベッドに座り、下を向いて頭を掻く。

リウはベッドの横で、動き出すのを待っている。


「はあうう~朝からいいかんじですねええ~?」

「…は?」

ルミナスが掃除用具を片手に、通りすがりに見て変な事を言った。

パイアールの頭の上で、くすっと笑い声。

「…何だよ?」

見上げて聞くと、リウは笑顔のまま答える。

「早く目を覚ましてください。パイアール?」

「…分かったよ」


パイアールは顔を洗って目を覚ます為に、バスルームに向かった。

洗顔後、自分の顔を見る。

亜麻色の髪、毛先に向かって赤い。白い肌、子供の様な性別分化未満の顔。青交じりの紺色の瞳。違和感しかない、以前の自分とはかけ離れた姿と配色。


溜め息を吐いて鏡を離れた。


(それにしても…直接、船まで来るのは珍しいな)

確認のためにパイアールが外に出ると、日傘をお付きの者に差し掛けられた少女が立っていた。高そうなワンピースを着た少女に簡易燕尾服を着た少年。

どう見ても少女が主人だ。

「…あんたが、俺に話があるのか?」

パイアールが少女に話しかけると。

「お嬢様になんていう口の利き方を!」

傘をさしている少年が俺に怒鳴る。


「やめなさい、セバス」

「…はい。お嬢様」

パイアールは少女を見る。

眼を閉じたまま、暑い中で毅然と立っていた。

感覚的に分かるのか、顔はパイアールの方を向いている。

「…何の用だ?」

「あなたは、運び屋ですね?」

「ああ。一応な」

頷くパイアール。

「何でも運ぶのですよね?」

「ああ。一応な」

また頷くパイアールの応対に、少女はにこりと笑った。


「話は簡単です。私を運んでください」

「…どこまで?」

「プリーアティーズまでです」

「…は?」


少女はまた笑った。

「運べますわよね?…元海賊さん?」


(…食えねえ、こいつ)

「…話を聞こう。入れよ」

パイアールは仕方なく、少女を船の中に招き入れた。

(…確実に面倒くせえ事になるな。これは)


パイアールは少女を、食堂兼リビングに通す。

生憎とこの船に応接室は無い。

「…じゃあ、話を聞こうか」


パイアールは少女が出された茶を飲んでから、話を促した。

暑い外に立っていたせいか、少女は2杯目の冷たい紅茶を飲んでいる。


「はい。先ほど言ったように、私をプリーアティーズまで運んで欲しいのです」

「…本気か?」

「はい。勿論ですわ」

パイアールは溜め息を吐く。

「…俺以外の所にも行っただろう?」

「…はい」

パイアールの溜め息の意味を悟って、少女は肯く。

「…どなたにも、断られました」

「何でだ?」

唐突に、ぐみが口をはさむ。

…仕事の話だからか、全員がここにいる訳だが。


「…それは…」

ぐみの素直な質問に、少女が言いよどむ。

「あそこは現在、交戦中です」

眉を顰めているリウが冷静に答えた。

「え?」

ぐみがリウを見る。頷くリウに、わあという風にぐみが口を開いた。

パイアールはもう一度溜め息を吐く。

「…今、星間戦争の真っ最中だ。…そこに行きたいのか?」

「はい。お願いできませんか?」

「…お前が行きたい理由を聞かせてくれ」

パイアールの言葉に、少女が言いよどむ。


「こんな奴に頼む事はありません!お嬢様!」

後ろの男が、声を荒げて言った。

パイアールは冷静にその男を見る。

男はパイアールの顔を見て、さらに怒鳴った。

「こんな子供に頭を下げる必要はありません!私が必ずお嬢様をお届けいたしますから!」

「…あなたでは無理です、セバス」

「う」

主人にぴしゃりと言われ、男は口を閉じた。

まだパイアールを睨んでいる。

「…途中までなら、そいつでも連れて行けるだろうよ?」

パイアールの言葉に少女は首を横に振った。

「途中ではだめなのです」

そしてパイアールの方を見る。閉じた目のまま。


「…私は、中央の惑星デメテルに行きたいのです。そこの王城に」

「はあ?」

パイアールは間の抜けた声を出した。

(…戦争を仕掛けている星のど真ん中に行きたいだって?)

「…そいつは…」

パイアールは考えながら言葉を探す。


「やっぱり無理ですよ、お嬢様。こんな子供にそんな事が出来る訳がありません」

男がこれ見よがしな顔をして、口を開いた。

「…今まで断られた方たちは大人でした。年齢ではないでしょう?セバス」

「しかし」

考えているのに、ぎゃあぎゃあと。

「…少し黙れ」

「なんだと!?」

パイアールの言葉に男が怒鳴る。小魚を食え、お前。


「…無理ですか?」

少し疲れたような声で、少女が言った。

パイアールは答えない。


「私は勧めません」

リウが言う。

「…ボクもわざわざそんな所に、行く必要はないと思うけど」

ぐみも言った。

二対一。断るのが無難だ。…無難ねえ。

パイアールはやはり、少女の真意が知りたかった。


「…理由を教えろ」

パイアールの言葉に、少女は逡巡する。

惑う顔を見ながら黙ったまま、答えを待つ。

口を開きかけては、また閉じる。

それを何度見たろうか。少女はついに言葉を発した。


「…この戦争を止めるためです。…私の名はフィアールカ。惑星国家デメテルの王女です」

パイアールがリウを見る。リウは瞬時に検索をして苦い顔で頷く。

実在の人物か。

「…そうか。…お前を連れて行けば戦争が終わる保証は?」

「……私は人質として、相手の国に囚われていました。そこからこちらの銀河に連れて来られて。…交渉用の者として監禁されていましたが、隙をついて、セバスが私を連れだすことに成功しました。…私は私の無事を知らせて、戦争を止めたいのです。私が攫われたことが元々の発端ですから」

「…今更止まるか?」

パイアールの意地悪な質問に、フィアールカは口を引き結ぶ。


「…止めたいのです」

「…報酬は?」

パイアールは交渉を始める。

「…国に帰ってからではだめですか?」

「は。それは駄目だ。成功するか分からない仕事をするのに、全て後払いなんて話にならねえよ」

片手をぶんぶんと降って、首も横に降る。

「…それでは、私にはこれしか有りません」

少女は大事そうに、胸元からペンダントを取り出した。

パイアールは温もりの残るそれを受け取る。

「リウ。価値を調べろ」

さっとリウに手渡す。


「貴様!黙って聞いていれば失礼にも程がある!!」

怒鳴った男がパイアールに銃口を向ける。


瞬間、男の足元に光が走った。床に穴が開く。

目線だけで、男は自分の足元を確認する。

「…何を考えているのか知らねえが、ここは俺の船の中だ。…俺を攻撃して生きて帰れると思っているのか?」

パイアールが笑うと、男はゆっくりと銃口を下げた。


「…パイアール。結果が出ました」

パイアールを手招きするリウ。

傍まで行って、サブモニターの一つを覗く。


…希少価値の宝石。

だが、それだけだ。売れば金にはなる。

燃料の何回かは、給油できるだろうと言うぐらいの価値。

そして、その先に別の文字が表示される。


「…地図?」

パイアールは小さな声でリウに聞く。

「はい。…何かを示す、地図です」

リウも小さな声で話す。

(…地図か。

何かがあるのか、何もないのか分からない物。

少しドキドキするのは悪い癖だよな?)

「…星図だな?」

「はい。そうです」


パイアールは振り返り、フィアールカに言った。

「話は受ける。お前を惑星デメテルまで送ろう」

「…有難うございます」

ほっとした顔で、フィアールカが言った。

セバスと言う男が銃を懐に納めた。


パイアールの後ろでリウが溜め息を吐いた。

振り返るとパイアールを見て苦笑いをする。


「…あなたなら、そう言うと思いました。パイアール」


(へえ。付き合いが短いのによく分かったな?)



それからは準備に追われた。行き先はここから、かなり遠い。


中の星に入るには、最低1回は近くの星かステーションで、補給をしなくてはならない。出来る場所も限られていた。

それはそうだ。

戦争の宙域で私用の船に、補給をしてくれる場所なんて、そうそうはない。

それを調べるのに一番手間取っている。

戦争反対派の一味か、穏健派の連中か。交渉はしてみるがなかなか了承を得ない。


フィアールカは、ただ座っている。

相手はルミナスに任せた。なにせ、メイドだし。

今のところ失礼は無いようだ。



「…パイ?」

端末を触っているパイアールに、ぐみが話しかけてくる。

「…ん?何だ?」

「あのネックレス、ボクが持っていようか?」

「何でだ?」

「…あれも、何かあるだろう?」

そうかもな。

「ぐみは平気なのか?」

「ボクはパイみたいに、無差別じゃないんだ」


…ひどくないか?その評価は?

ぐみは真面目な顔をしている。

パイアールは頷いて、ぐみにネックレスを預けた。



「リウ、出せ」

「はい」

手筈が整った数日後にパイアール達は宇宙に出た。

しばらくは、通常航行で進む。

恒星風の影響が無くなった所から、リングを展開する。

それが本来のやり方だ。

…前にブルースターの真ん前に飛んだのは、随分型破りだった訳だ。

なにせ、飛んだ先に他の船でもいたら、原子が重なって爆発をする。

お互いの物量が大きければ、星が吹き飛ぶほどに。

もちろん、“ミーティア”だから出来た技だが。


パイアールは操縦席の前で、行先のプリーアティーズの星図を眺めている。

ブルースターのトキオ的なら、昴。

大きな恒星が集まっている星団。

そこの惑星には移民団が国を作って住んでいる。

…姫を争って戦争を始めたのなら、随分な私怨だと思うが。


リングに入るにはもう少し時間があった。静かな船内でパイアールの操る端末の音だけが響く。

「…あの」

パイアールが声に振り返ると、フィアールカが立っていた。

可愛らしい寝巻姿で。

船内は薄暗くして夜モードにしてあるから、眠れるはずなんだけどな?

(…あ、そうか。分かんねえか)

「なんだ、どうした?」

「…眠れなくて、歩いていたら人の気配がしたので…」

壁に手を着いているフィアールカが微笑む。

「お付きはどうしたんだ?」

「…多分寝ていると思います」

大丈夫か、あいつ。


「お話ししてもよろしいかしら?」

「…ああ、良いけど」

ゆっくりと近づいて来るフィアールカを見て肩を竦めたパイアールは、立ち上がって少女の手を取る。

そのまま居間に連れて行きフィアールカをソファに座らせて、パックジュースを手渡す。

パイアールが渡したパックをフィアールカは不思議そうに触っている。


「…これは、ここを開けるんだ」

手の上から手を添えて、カチリと吸い口を開けてやる。

「…初めてです」

フィアールカが嬉しそうに微笑む。

その顔を見ながらパイアールは耳に入ってくる雑音を、意識して遠ざける。

泣いて男たちに弄られている彼女の叫び声を。


「…何で海賊から、普通の運び屋になったんですか?」

「そんなに、不思議か?」

少女が首を傾げながら、こくりと肯く。

「…うーん。大した理由じゃないさ」

「でも、海賊の方が楽しそうですよね?」

「…そうか?」

(楽しそうか?)

「はい。とても」

そう言ってフィアールカは笑う。

その後ろでは悲鳴をあげているのに。


「…まあ、楽しかったけどな?」

「ふふ。良いですね」

そう言って、もう一口ジュースを飲む。

「戻る気は無いんですか?」

「…残念だな。その気はないんだ」

「楽しかったのにですか?」

「…時は戻らない。俺は俺の選択を変える気はないんだ」

そう言うパイアールを不思議そうに見る。勿論目は閉じたままだが。


「…何だ?」

「いえ。何だかすごく年上の方みたいで」

(本当はな?)

「宇宙の船乗りは、見た目が若くてもそのままの年齢じゃないのさ」

「…そうなんですか?」

「…ああ」

「不思議ですねえ」

フィアールカがぽそりと呟く。


パイアールは頭を振る。手を強く握っているが声は終わらない。

(…なかなか、消えねえな。おかしいな)

最近はかわし方も理解していたのだが。

「…どうされましたか?」

「いや。何でもねえよ」

フィアールカが、近寄ってくる。


叫び声は辺り一面に響いていて、もう誰の声だか分からない。

わんわんと多重の山彦のように、狂気の声が収まらない。

これは少しやばいか?

まさか、意図的に。

逃げ腰のパイアールの手を、フィアールカが握った。

それは、女の力とは思えないほどで。


「あなたは、何ですか?パイアールさん?」

そう言って、フィアールカの瞼が開いた。

…そこに眼球は無く、ただ黒い穴が開いていて。





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