新しい流星
ブルースターから離れ、アンドロメダまで帰り。
無事にマダムを届けたパイアールは、ぐみの思惑通りカードの履歴だよりに小さな惑星に降り立った。
パイアールが二人を迎えに行くと。
「うう。遅いですうう」
と、ハルミナに泣かれた。
ぐみは変わった船を見て、目を丸めた。
「パイ。これは、凄い物じゃないか?」
「…多分な?」
パイアールは苦笑いする。
そんな言葉では言い表せないほどの、高性能機なのだが。
実はパイアールも基本操作しかいじっていないから、まだ本当の性能は分かっていない。
二人を探す方が時間が掛かっていた。これは言わなくてもいいことか。
前の星にいた訳じゃなく。もっと遠い星まで飛んでいて、確認するのに手間がかかった。
まあ、待っている間二人が不自由してなくて良かったのだけど。
きちんと文明のある星にいてくれて。
「…これは、凄い機械ですね?」
「そうだな?」
(…なぜ、お前の発言がぐみよりも素人くさいんだ。
機械音痴の、機械。
…可愛いからいいが、当初の目的からは外れているな?
俺は人型コンとして、お前を積んだつもりだったんだがなあ?ハルミナ?)
二人を迎えたあとパイアールはしばらく滞在が出来るように、自分の銀河に戻って知っている場所に腰を落ち着けようと目論んだ。
直ぐ近くには開発された惑星があるが、そこからはほんの少し離れた場所。
感覚的には、栄えている地方都市みたいな。
小惑星ジェミニポート。
居心地のいい、適度に秩序の保たれた宇宙港だ。
前にも何度も使っている。だから、名前を出すと不思議そうな顔をされるわけだが。ここは連邦の管轄なので、通達が行き届いているのだろう、入港は拒まれなかった。…前もわいろを渡して入港はしていた訳だが。
停泊し、スイッチを幾つか下げたパイアールは、サブモニターを見ている。
「ここに、暫くいるのですか?」
ハルミナが聞いてくる。
「ああ。そうするつもりだが」
「…では、私達を飛ばした理由を教えてください」
広くなった操縦室で、椅子にきちんと座ったハルミナが、パイアールを見てそんな事を言う。
…いや、分かれよ?
「…何で、のけものにするんですか?」
「はあ?」
(これは、きちんと言わなきゃ駄目かな?)
涙目のハルミナに、パイアールはどう説明をするか悩む。
じっとパイアールを見ているハルミナの眼には、どんどん涙が溜まってきている。
「…お前たちを守るために、移動して貰ったんだ」
「何でですか」
「相手が悪かった」
「こんなお土産をくれるような人がですか」
(いやこれは、最終的なものでな?)
「…マフィア相手に、お前たちを守れる自信が無かった」
「これはマフィアから、貰ったんですか!?」
ハルミナの腰が椅子から少し浮く。
「だ、大丈夫なんですか?何かさせられるのではないんですか?」
「…何もない」
「ええ?」
座りなおしたハルミナが、不可解そうな声を出す。
「…何もないよ」
「…そうですか。それならいいんですが…」
「ボクも聞いていいかな?」
ハルミナの隣に居る、ぐみが片手を上げてそう言った。
すでにミーティングになってきたようだ。
「どうぞ」
「…そもそも、パイって何なんだ?」
(いきなり核心を聞いてくるか、この子供は)
苦笑を浮かべたパイアールに、けれど動じずにぐみは待っている。
「うん、俺か。…俺は元海賊だ。まあ、賞金首にはなるぐらいのな?」
「悪い人だったのか?」
「…善人では無いな」
「そうか。…今ではどうなんだ?」
「今?」
パイアールの問いかけに、ぐみが頷く。
「今のパイは悪い奴なのか?」
パイアールは肩を竦める。
「それは、俺が決める事じゃないな。まわりが評価することだろう?」
「それもそうか」
納得したぐみが肯いた。
ハルミナが不満そうにパイアールを見る。
見られたパイアールはハルミナに向けて話を再開しようとしたが、その前にハルミナが口を開いた。
「…何か有るたびに、ああやって何処かへやられちゃうんですか?」
「…危険なら仕方ないだろう?」
「私は機械です。壊れても直ります!」
おいおい。
「…壊れるの前提じゃ困るんだが」
「でも、私は」
その時、三人がいるブリッジに声が響いた。
耳触りのいい、低い男の声だ。
『パイアール。通信が入っています』
「ん。繋いでくれ」
『はい』
メインモニターの画像が切り替わる。
ゴート商会の会長、ディナイの顔が映った。
『しばらく見ないから心配したぞ?』
「…ああ。すまない。ちょっと遠出をしていて」
『もう少ししたら、顔を出せるな?』
「…分かった。行く時に連絡する」
『待っているぞ』
頷いたディナイが通信を切って、画像が戻る。
「…今の男の人の声は誰ですか?」
ハルミナが小さく呟いた。
(聞いてくるとは思った。言わなきゃならないとも)
眉根を寄せてしかめ面のままパイアールが声を出す。
「…リウ」
『はい、パイアール』
ハルミナはパイアールをじっと見ている。
パイアールは溜め息を吐きながら、言葉を継ぐ。
「自己紹介をしろ」
『はい。皆様初めまして。この船”ミーティア”のメインコンピューターのリウ=シンと申します。よろしくお願いいたします』
ハルミナが勢いよく立ち上がった。
「パイアール!」
「…どうしても、俺だけが操縦するんじゃ限界がある。他の機械の事も俺には分からない事がたくさんあるんだ。…それをフォローしてもらうのは悪い事か?」
「で、でも!」
「…お前を繋ぐことは出来ない。…お前が古いからじゃない。この間の時のように俺の命令に反して俺の身体の心配をするようでは、駄目なんだ」
「…う」
「俺が血を吐いても、腹が裂けていても、発進しろと言ったら発進しなきゃ駄目なんだ。…非情になれないのなら、船にはつなげない」
何かを言おうとした口が何も言わずに閉じる。
ハルミナは走って自分の部屋へ駆け込んだ。
パイアールは椅子の上で溜め息を吐く。
ぐみが座っているパイアールの膝の上に座った。
「…何だ?」
「パイも大変だな?…ハルミナの気持ちも分からないではないが…」
パイアールの膝の上で足をぷらぷらさせる。
「…ボクはもともと船の事なんか分からないから、気が楽だけどさ。…ハルミナは元々船の頭脳なんだろう?」
「…ああ」
ぐみが頬を少し膨らませて考える。
「…何であんなに、色々と抜けてるんだろうな?」
「…前にマスターが変わるたびに、部品を売られていたと聞いた。…多分その時に頭の中を売られているのだとは思うんだが」
ぐみが足を止める。
「…それは、悲しいな」
「……ああ」
ぐみがパイアールの胸に寄りかかってくる。
「パイは、ハルミナをどうするんだ?」
「…それは、俺が決める事じゃない」
パイアールの手の中で、ぐみの髪がさらりと音を立てた。
その感触を楽しみながらパイアールは機械整備室で、リウの身体を起動するか考えている。
今のところは必要ない。
だが、いずれ必要になるのなら、今起動しても一緒な訳で。
「…どうするか」
パイアールの呟きに、即座に返事が帰ってくる。
『わたしの身体ですか?』
「…ああ」
(ずっと見られているのも何だか初体験だな)
『…パイアールの好きで良いですよ』
「生憎と、俺はそれが嫌いでな」
『はい?何がですか?』
「俺の好きにしろってのがだ。…自分の意志はどこにあるんだ?」
パイアールが腕を組んで言うと、リウのかすかに笑う声がした。
『わたしには、自由な意思というのは』
「…悪いな。俺は全部にあると思っている。生きるモノすべてにだ」
パイアールはハルミナと見た光景を思い出す。
きっと、心はある。
「…お前にもな」
『難しい話ですね。…もしも意見をして宜しいのでしたら、わたしを起動した方があなたに有利だと思います』
…だから。
「俺の事だけ考えるなら、こんな状況になってねえわ」
『そうなのですか?』
(ああ。それはもう。こんなに悩んでないだろうよ。
でも、それも俺が自分で選んでここにいるのだから。
俺が悩むべき項目なんだよな)
「もう少し悩むわ」
『はい。パイアールの好きにしてください』
分かってないぞ。リウ。
ぐみが飽きて膝から降りたので、パイアールもブリッジから出る。
ハルミナが部屋の前に立っていた。
「…お話があります」
「ああ」
パイアールの後ろを静かについてくる。
ブリッジに戻る。
ここだけは我が儘を言って、あのベッドと同じ形のベッドをつけてもらった。
使って見たら案外使い勝手が良かったのだ。
パイアールはベッドに腰掛ける。
ハルミナが隣に座った。
「…あの、パイアール。…今から私に切り替えられませんか?この船のマザコンを」
真剣な顔で何を言うかと思ったら。
「…無理だ」
「ど、どうしてですか?私が古いからですか?」
「…お前は俺の話を聞いてなかったのか?あの判断をされたんじゃ駄目なんだ。俺の命もぐみの命も守れない」
「発進て言われたら、発進すればいいんですよね!?いう事を聞けばいいんですよね!?」
「ああ!?違う!!」
「何が違うんですか!?教えてください!!」
ハルミナが悲鳴のように叫んだ。
「俺がいう事だけを守っていても駄目なんだ!何がその状況で最善かを判断できなければ駄目だ!…俺が知らない事も任せると言っただろう!?」
「…分かりません。…パイアールの言っている事が分かりません!!」
本当に力いっぱい、ハルミナがパイアールを叩いた。
パイアールは水音を聞いた。
左半分の視界が無くなる。
「…く…」
パイアールは手で自分の潰れた目を押さえる。
「…え?…あ、私?」
パイアールを呆然とハルミナが見ている。
「…ハルミナ」
「あ、ど、どうしたら…」
「ハルミナッ!!」
パイアールの怒鳴り声に、ハルミナがびくりと動く。
「あ、はい」
「ここに、座っていろ。いいな」
ベッドを指さしながら、パイアールは立ち上がる。
ああ。痛てえな。
「駄目です!治療をしなければ!?」
「座ってろと言った」
「でも、でも!!」
パイアールの手を血が伝う。
「座れ!!ハルミナ!!」
(…俺もほぼ絶叫だな。これじゃ)
「う、あ、はい…」
パイアールの怒鳴り声に、リビングに居たぐみがブリッジに入ってくる。
「どうし、うわ!?どうしたんだ、パイ!?」
「…ハルミナについていてくれ」
「あ、うん、良いけど」
ぐみはこくんと頷いてから、右手に血を付けたハルミナの隣に座った。
ハルミナは震えて何も言わない。
パイアールは息を乱さない様に平静を装って通路に出る。
焦った様なリウの声が天井から響いてきた。
『パイアール!早くわたしを起動してください!』
「…ああ、その、つもりなんだが」
『早く!』
ゆっくりと歩くパイアールは、ようやく機械整備室に辿り着く。
右手だけで、起動コードを入力する。
呼吸が乱れて頭がガンガンする。
「パイアール= 。起動を認める」
パイアールの前でリウの身体が起き上がる。
急いでパイアールの身体を引き寄せて肩を貸す。
「…は、動かしときゃ良かったな?」
「だから、言ったじゃないですか」
「…つう…」
「もう、意識を失っても良いですよ?」
「…俺はどこぞのガキとは違うんでね?」
パイアールはリウに支えて貰って医務室に行く。
着くなりベッドに座らされ、リウは薬品棚を手早く探しパイアールに屈み込む。
「痛み止めを打ちます」
素早く首に注射される。
鎮痛剤が一瞬で効いたパイアールは、自分をサーチしているリウに尋ねる。
「…眼だけで済んだか?」
「少し骨と中側も損傷しています」
「…どうせ、ディナイのところに行くからいいか」
(…しかし、身内に攻撃されたのは、久しぶりだな)
「案外、冷静ですね?」
リウが頭に包帯を巻きながらパイアールにそんな事を言う。
「…いや。結構あせっているさ?…そんな疑わしそうな顔で見るな」
リウの腕を借りて、パイアールは操縦室に戻る。
「…あ、パイアール…」
パイアールの側にハルミナが近寄ってくる。
真っ青な顔でまだ混乱しているように見えた。
「…大丈夫ですか…?」
「…ああ」
ハルミナが冷たい指先でパイアールの頬を撫でる。
パイアールはそんなハルミナの眼を覗き込んだ。
「…お前は、大丈夫、なのか?」
「あ、はい…何とか…」
困った顔で微笑むハルミナ。
「そうか。……大丈夫なのか」
「…え?…」
パイアールはハルミナの腕をがしりと掴む。
「…パイアール?」
ハルミナの微笑みが、少しだけ歪む。
深く息を吸いこんでから、パイアールがハルミナに告げる。
「お前は、人型コンじゃなく、人型の兵器だな?」
「…な…」
ハルミナが息を飲んだ。
ぐみがベッドから腰を浮かす。
パイアールの隣でリウも、動きを止める。
「な、違います、パイアール。私は」
「…俺を傷つけても平気だから、という理由だけでもない」
「…何を言って」
(俺はきっと苦い顔をしているだろう)
「…お前の思い出は悲しすぎるんだ」
「は?」
「…あ」
ハルミナは間の抜けた声を出した。
ぐみは何かを承知した声を出した。
多分、自分は見ていなくても、パイアールが何のことを言っているのか分かったんだろう。
「…あんなに恋い焦がれる気持ちがずっと引っかかっていたんだ。…お前がサンドスターを焦がれる理由が」
「…確かに私は話をしましたが…」
戸惑うハルミナに、パイアールは溜め息を吐く。
「…すまない、あの時は言わなかった。…俺の能力でお前の光景も見えている。あの一面の黄色い花畑が。そして、その前でただ泣いているお前の姿も」
「!!」
ハルミナがパイアールの手を振り払おうとする。
「お前は」
「言わないで!!!」
もがきながらハルミナが叫ぶ。
「…ハルミナ」
「お願いです、言わないでください。…パイアール…」
ハルミナが座り込んで、泣き出した。
(…あの星を、自分の手で壊したんだな?
人間がお前にそう命令したんだな?
…お前は、きっと、泣きながら。
自分の心を壊しながら、あの星を壊したんだな?)
「…だから、言っただろう?…お前には心があるんだ」
(俺は知っている。だから)
パイアールはハルミナを抱きしめる。
今は好きなだけ泣けばいい。
ハルミナは泣いて泣いて泣いた後。
パイアールの腕の中で安心したように、その動きを止めた。
パイアールはベッドの上へ、ハルミナを横たえる。
ハルミナは何時もどうり美人で。
ただ、寝ているだけのようで。
そのハルミナを見降ろしながら、ぐみが呟く。
「…ボク、彼女の事好きだったな」
「…そうか」
「どじで、あわてんぼうだったけど、憎めなくてさ」
「…」
「…あそこから出て、一緒にいたのは彼女だったから」
「…そうだな」
ぐみが口を大きく開けて息を吸う。
泣くのを我慢しているようだった。
振り返り、背を向けて操縦席に居るパイアールを見る。
「…案外パイは冷たいんだね。悲しくないの?」
ぐみはモニターを見ているパイアールを非難するように言った。
「…悲しいさ」
「口先だけみたいだ」
パイアールは手元で星図を開く。
「…パイアール?何を探しているんですか?」
隣に立つリウがパイアールに問いかけて来た。
「…ハルミナを落とせる恒星を探している」
「本当に悲しくないみたい」
再び、ぐみが呟く。
ぐみは横たわるハルミナの隣に座った。
リウがハルミナを見る。
「…自分で焼き切ったんですね」
「……ああ。そうだ」
パイアールの腕の中で、ハルミナは自分の回路を焼き切った。
耳からほんの少し煙が出た。
リウのような人型コンには、出来ない行為だ。
ハルミナは倫理観を壊されていたからできたのだ。
人を殺しても良い。
世界を壊しても良い。
…だから、自分も壊せた。
パイアールは壊れる前のハルミナを思い出す。
(そういえば、買い物で喜んでいたな。
料理も上手くならなかったな。
青少年をいつも惑わしやがって。
俺は覚えておこう。
お前の笑顔も。
お前の悲しみも)
パイアールは指先で探っていた端末を、持ち上げてリウに渡す。
「やっぱり、ここかな」
「はい。分かりました、パイアール」
パイアールはブルースターとサンドスターのある、太陽系に向かった。
中型の恒星、ソル。
パイアールはそこへ向けてハルミナを射出する。
人用の葬送用カプセルはないから、代わりに救出用のカプセルを打ち出した。
ギリギリ近くまで寄って、あとはモニターに映す。
大きな弧を描いて、カプセルが炎に包まれる。
ああ。まるで、流れ星の様だ。
そして、パイアールの横では自分の身体が燃え尽きようとしているのを、眺めているハルミナが立っている。
寂しそうに、安心したように。
微笑んで行く末を見ている。
最後の炎が消える瞬間に、ハルミナがパイアールを見て笑った。
「…ありがとうございます。パイアール」
パイアールが瞬きをした瞬間に、すべて消えた。
モニターにはただ燃えているソルが映っている。
「…どういたしまして。俺も楽しかったぜ、ハルミナ」
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