人形の星・3



まだ時間が掛かりそうなので、パイアールは談話室に戻る。

夜遅くなったせいか、子供たちの姿はまばらだ。


(…こんなにずっと見ていると、本当にこういう子供たちがいるような気になってくる。半透明の種族でさ?)


いない訳じゃないだろうが。

前のパイアールの船にはあまり乗せてはいなかったが、異種族を乗せている海賊も沢山いた。

(…なんて言ったかなあ、確かあの派手な奴も乗せてた気がするなあ。本人はブルースターかぶれで、着物を着ている。

海賊なんて自分の好きな服を着てるもんだけど、あいつは一風変わってたな。

…なんて名前だっけ?あいつ)


基本パイアールは連邦か帝国の領域で暴れていたので、人型を多く相手にしていた。公国や他の所へ行けば、もっと多彩な種族にもお目にかかっていたのだろうが。

お金持ちは人型が多い。

別の形をしていても人型に改良する者が多かった。きっとブルースターのせいだろうとパイアールは思っている。だから他の種族は知識しかない。

ソファにぼんやりと座りながら、そんな下らない事を考えている。


そのうち目を閉じてウトウトしはじめたパイアールの近くに、人が寄ってきた。

少女じゃない。

(…これは、何の気配だ?)

何かが混じった。混合された人間。そんな感じの。

息をひそめてパイアールの側に立っている。その頬をそっと触った。

パイアールは右手でその手を取る。


眼を開けて見ると、それは人型コンだった。

(…ん?おかしいな)

パイアールが首を傾げていると、人型コンが微笑んだ。


「驚かせてしまってすいません。寝ていらっしゃるのかと」

「…少し、うとうとはしていたな」

「ああ。起こしてしまったのですか。すみませんでした」

そう言って微笑む。

今は何の気配も無い。普通の機械体だ。


(いや、俺まじで、疲れてんのかな)

パイアールは溜め息を吐いて、人型コンを見上げている。

「寝室を用意致しました。そちらでお休み下さい」

「…そうか?」

そこまでしてくれるとは。

『駄目だよ、お兄さん』

何時の間にか、少女が俺の隣に座っていた。

目線でちらりと見るが、無表情なのが気になる。

『そこは駄目だよ』

俺はさすがに、人型コンの前で返事は出来ない。


『お兄さんが安全なのは、あの人の側かな』

そう言って少女は、ハルミナのいる地下を指さした。

指さされた方を見て、もう一度隣を見た時には、もう少女の姿は無かった。

(…今、安全と言ったか?

はあ。何がなんだか。

だが俺は女の好意を受け取れない男じゃあない、つもりだ)


パイアールは待っている人型コンに肩を竦めて見せる。

「…悪いな、相棒が心配だから傍に居るよ」

「そうですか。それではおやすみなさいませ」

人型コンがお辞儀をして、にこやかに立ち去るのを見送ってから立ち上がる。

(…何だろうな。悪意は感じないんだが。なんていうか。

…違和感か。微かな違和感。

何でそんな事を思うのか根拠は全くないのだが。さっきの眼を閉じていた時の感覚も気になるしな。

一番はおチビちゃんの言葉だろうが。…安全ねえ)


パイアールはハルミナの入っているカプセルの横で、座って眠りについた。



「パイアール?」

翌朝、ハルミナに起こされた。

「…よお。直ったか?」

「はい。…すみませんでした。私…」

反省して落ち込んだ顔をしているハルミナに、パイアールは笑いかける。

「不具合を直せなかった俺が悪い。お前はそれ以上謝るな」

「でも」

「…俺に言い出せなかったのも、俺に責任がある」

「私が言わなかっただけです。…自分の不具合を知っていたのに」

堂々巡りになりそうな話に、パイアールは息を吐いた。何を言っても謝るだろうし、この話は切り替えるに限ると、パイアールはハルミナに命じる。


「とにかく、お前は船に戻れ」

「え?パイアールはどうするんですか?」

「俺か?」

パイアールはニヤリとハルミナに笑う。

「…可愛い子との約束があってなあ?」

「!!…船に戻ってます」

一瞬で顔を真っ赤にして怒ったハルミナに、笑いながら話し続ける。

「ああ。操縦席に座ってろよ?」

「はい!分かりました!!」

物凄い勢いで、船へ戻っていくハルミナを見送ってから、パイアールは上へあがった。

談話室には誰もいない。子供が何処にも。

静かで不気味だ。

パイアールは目線を談話室の奥へと向ける。

大きな扉がある。少女の言った通りに。


「良くなられたみたいですね?」

扉を見ていたパイアールに、どこかから現れた人型コンが話しかけてくる。

パイアールは人型コンに笑いかける。

「ああ。世話になったな。助かったよ」

「いいえ。お役に立てたのならよかったです」

そう言って人型コンも笑った。


しかし、その笑顔をすぐに引っ込めて不思議な顔をする。

あの、酷薄な瞳だ。

「…すぐに出られますか?」

「……いや。そんなに急いじゃいないが」


パイアールの発言に、それはパチンと手を叩いて喜んだ。

「それは良かった。実は見て頂きたい所があるのですよ」

「…俺に?」

「ええ。是非話のタネに見て行ってください!」

そう言って浮き浮きとでも言うような上機嫌で、パイアールの手を取った。

パイアールを引っ張って連れて行ったのは、じっと見ていた大きな扉の前だった。

人型コンはパイアールの手を離し、大きな扉を開けて優雅に片手を胸に当てお辞儀をする。

「さあ、どうぞ入ってください」


その扉が開いた向こうには、100近いプ-ルがあった。

ガラス張りの温室が遥か向こうまであり床には、ただただプールがあるだけだ。

「…何だ、これは?」

パイアールは前を見たまま、隣に立っているはずの人型コンに尋ねる。


「…是非、中をのぞいてください」

パイアールに向かって言うその眼は、何だか怪しい光を滲ませている。

慎重に近付く。その縁に近付くと中身が見えた。

「う」

声が詰まった。

プールの中には何十人という人の身体が沈んでいた。

焦って次のプールを覗き込む。

次も一緒だった。

次も、次も、次も。


「な、んだ、ここは?」

振り向いて質問をするパイアールを、人型コンがうっとりとした表情で見つめる。


「ここは、義骸の工場です」

「義骸?…これが全部か?」

「はい。全部です」


パイアールは水の中に視線を戻す。

なんて数だ。町一つ分はあるぞ?

そして気付く。

沈んでいる義骸が全て子供だという事に。


(…まさか。

あの、子供たちは)


「…中の者たちはもう機能を停止しています」

人型コンが誇らしそうに説明をする。

「…なんで、子供しかいないんだ?」

「子供が良かったんですよ。…私が」

そう言って人型コンは、わらった。

とても見慣れたあくどい顔で。それは人の顔だ。

「なかなか、上手くいかなくてね。作っても女の子ばかり出来上がって」

「…お前、この子たちの中身はどうしたんだ?」


義骸なら中は人間のはずだ。


「それを聞くのは野暮と言うものですよ」

(…さらってきたのか。

この人数を)

「…何のためにこんな事を」

「ふふ。趣味です」

嬉しそうに微笑む人型コンを前に、パイアールは目を細める。

(ああ。気が触れてるのか。

なら、この子たちは意味も無く殺されたのか。

あんなに、みんな、無邪気に遊んでいたのに。

あれが全て、この子たちの思いなのか。あんなことを望むのか。

ただ、自由に遊ぶことを)


「…この水は、義骸用に特別に調合してあります」

パイアールは水で濡れている足場を考えながら、目の前の奴から逃げる算段をする。

その時人型コンは懐から銃を出して、パイアールに向けた。

(おいおい、撃てるのかよ。

ああ。中身は壊れてるのか、なら撃てるよな)

「…男の子の義骸は久しぶりです。たっぷりと可愛がってあげますよ」

パイアールは傷だらけだった子供の姿を思い出す。

(…こいつの趣味か)

見合っている時間は長くなかった。

前動作なく人型コンの腕が跳ね上がる。

パイアールの足に激痛が走った。


「つっ」

足を庇いながら、後ろに下がる。だが逃げ場はない。

人型コンもそれを分かっていて、にこりと笑う。


(くそ。

何とか逃げねえと)


その時人型コンが足でパイアールを蹴り上げた。パイアールは背後のプールに落ちる。

身体が水に打ち付けられた後に水中に沈む。

(なんだこの水は)

身体がじんわりと痺れてくる。

纏わりつく水をかいて水面に上がろうと思ったその時。


『来た!?お兄さんこっちだよ!!』

水中なのに少女の声が響いた。

パイアールは義骸の身体が折り重なっている、プ-ルの下を見る。


『ボクを助けて!!』

あんなに生意気そうだった声が、泣き叫んでいる。

パイアールは迷わずにプールの底を目指す。

水中で義骸の身体をどかす。

息が苦しい。


水底に目を閉じた少女がいた。

黒髪が水に揺らいでいる。

パイアールは急いで少女を連れて、水の上に上がる。

抱えたままプールの縁に上がると、頭を蹴られた。


「ぐ」

息がしづらい。視界が歪んでいく。

「…あんなに入っていたら機能が停止してしまうでしょう?」

「…う…」

パイアールの腕の中の少女は動かない。

『ボクを呼んで!!早くボクの名前を呼んで!!』

半透明の少女がパイアールの横で叫んでいる。それを蹴られながら横目でパイアールが見ている。

『あなたが死んじゃう!!いや!早く!!』


(…誰かもそうやって泣いていたな)

思い出し微笑んだパイアールに、人型コンが怯んで蹴るのを止めた。

その時。


「…ぐみ」


『ありがとう!!』


歓喜の声が聞こえた。

パイアールの目の前から半透明の少女が掻き消え、腕の中の少女が素早く立ち上がった。


「…は?お前は?何故生きているのです?」

人型コンが銃を構えたまま、ぐみを見ている。

「理由は簡単だよ」

ぐみが手を振ると、その手に細い棒が握られていた。

(何処かで見たな)


「ボクが魔法使いだからさ!!」

その棒の先がきらりと光る。

「ライジング!!」

その先から、物凄い光量が放たれた。

人型コンがそれを腹にまともに受けて吹き飛ばされた。

遠い壁にぶつかる。壁は崩れ上部のガラスも破損した。気を失ったようで動かない。

ぐみはパイアールに棒を向ける。

「エンゼルハート!」

パイアールの上でその棒をクルリと回した。身体の上に、何かが描かれた円が現れる。

光が降りて来てパイアールの身体が楽になっていく。

ごほごほと咳き込みながらパイアールが身体を起すと、ぐみが覗き込んで来た。

「大丈夫?お兄さん?」

「…ああ。大丈夫だ。ありがとうな」

「ううん。こっちこそありがとう。ボクを信じてくれて」

ぐみが首を振る。

さらさらと黒髪が鳴る。


パイアールが立ち上がると、ぐみはあたりを見まわした。つられてパイアールも見回す。先ほどまでの雰囲気と違って、空気がざわついている。

グミは小さな体で精一杯見上げて、パイアールに問いかける。

「…みんなを、解放したいんだけど、いいかな」

「俺は部外者だ。…好きにすればいいさ」

肩を竦めたパイアールにぐみが微笑んで頷く。

「うん。ありがと」




ぐみが棒を高く掲げる。

その棒が直視できないほど光り輝く。

「彷徨う魂よ!数多の祈りと願いを享受し今こそ大いなる道を開き導かん!ヘヴンズゲート!!!」

これ以上声は出ないという様にグミは魔法呪文を絶叫した。この場所から離れたプールまで響き渡るように。

全てのプールの水が、さざめいた。半透明の子供たちが浮き上がる。

(やば。俺には見えるのか、これ)


何百という数の子供たちが、ゆっくりと空へ昇っていく。

ぐみの頬を何人もが通りすがりに触っていく。


「…う、ご、めん、ね、…遅く、なって、…」


涙が止まらないぐみの頬を触って、子供たちが空へ行く。

幾つも幾つも重なり合い笑いあいながら。

それは、言葉にならない光景だった。


「…う、ひう、…ふ」

何の音もしなくなったプールは、ただ、そこに入れ物が有るだけの。水面がゆらゆらと揺れているだけの、義骸が沈んでいる水槽になった。

泣きじゃくる、ぐみの声が響いている。

パイアールは見上げていた空から、視線を戻す。

その時、人型コンの身体が動いた。

小さな壊れた駆動音がする。パイアールは近寄って落ちていた銃を手に取る。


「…え?」

後ろから、ぐみの声がする。

人型コンは自分の口から吐いたオイルで胸を赤く染めていたが、その荒い息遣いがまだ無事な事を示していた。

眼球が動き口を開こうとしている。パイアールはその前に屈み込んだ。

「…子供がやることじゃないよ。こういう事は」

人型コンの頭に銃口を当てる。


パイアールは引き金を引いた。

人型コンのチップが粉々になるまで。








「…あのさ、お兄さん?」

「…ん?なんだ?」

外に出たぐみは困ったように笑う。

パイアールは着ていた自分の上着をかぶせてやりながら、答える。

「ボク、行く所がないんだよね」

その次に出て来るだろう言葉に、パイアールは溜め息を吐く。

「え?駄目かな」

ぐみがパイアールの溜め息に驚く。

「…言ってみろ」

「…お兄さんの船に乗せてくれないかな?」

首を傾げると、ぐみの髪がしゃらりと音を立てた。


(…俺は女の頼みは断らない主義なんだ。…例外はあるぞ?)

「…ああ。乗れよ」

「ありがとう!お兄さん!!」

飛びついて来たぐみを、横抱きに抱き上げて船に運ぶ。

「ええ!?」

「この方が早い。動くな」

パイアールの腕の中で顔を少し赤くして、ぐみがじっとしている。

二人はハルミナの待つ“ミーティア”に乗り込んだ。


(しかし、俺の船は、何でこんなメンバーなんだ?

ああ。先が思いやられる)



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