人形の星・2



暫く船を飛ばすと、建物が見えた。

荒野に立っているとは思えないほどの瀟洒な建物だ。

パイアールはその前に船を降ろす。


船から降りてみて、庭と思われるエリアに入る。そこは機械で管理された風が、独特の吹き方をしていて、よく見るとうっすらと外殻らしき透明なドームが敷地を覆っていた。

この星の上にもまだ、機械が機能しているところがあるということだろうか?

人が住んでいるはずはないが。


「こちらに、何かご用でしょうか?」

「うわ!?」

玄関らしきところに入ったパイアールは、急に声を掛けられて飛び上がる。

見ると細い体つきの、白い医療服を着た青年が立っていた。

「…ああ、ちょっとな?」

「そうですか。…私で良ければ何かお手伝いいたしますが?」

そう言って胸に手を当てて笑う。


(…ああ、こいつは人型コンだな?

決まり文句とお決まりのポーズがよく見かけるタイプだ。

…人型コンがいるなら、整備用の機械もあるだろうか)


「…整備用の機械を借りたい。マシーナリー用の」

「はい。ございますよ」

青年はにこやかに微笑んだ。

(よかった。やっと、ハルミナを直せる)

パイアールは、船に戻りハルミナを抱きかかえると、もう一度青年の待つ玄関に向かった。中に入り、広い入り口にある談話室らしき部屋を通り過ぎて、地下にある整備室へと案内された。


そこには、完璧な設備があった。

「これは、すごいな」

「主人の趣味でしたから」

後ろの人型コンが、笑いながら言った。

(…これが趣味ってどれだけ金持ちだよ)

パイアールはハルミナを寝台の上に寝かすと、設備の登録名を調べる。


「…トーマス社のトキオ88か。これなら、俺でも使えるな」

「難しい機械ですよ?」

人型コンがそう言う。

「…ブルースター製なら、使える」

「もしや、あなたはあの星のご出身ですか?」


「…さあな?」

パイアールは肩を竦めて見せた。


機械をセットしている間に人型コンが、上でお茶の用意をしてくると言って出て行った。

ハルミナの中身は古いが複雑で、パイアールは昔の記憶を辿りながら表示にある通りずれないように、ミクロン単位で入力をしていく。

(…何でもやっておくものだよな?)

全ての入力が終わって、再三確認をした後にスタートをさせた。

何かがあれば、止まって知らせるし大丈夫だろう。


パイアールはハルミナを置いて、地下を出た。

人型コンが談話室に、お茶を用意して待っていた。

(もう何時間もたっているのに、機械は変なところ忠実だよな?)


およそ、人型コンもアンドロイドも、作業用の機械体も、意思を持つように作られたものは、全てあの有名な三原則に基づいて作られている。

曰く。

第一条・ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条・ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条・ロボットは前項第一条及び第二条に反する恐れの無い限り、自己を守らなければならない。



…まあ、厳格にこれを守ろうとしたら色々と混乱が生じるのは、今ではどの機械体の会社も知っている。だから、このルールだけで動いている物は無いだろうけれど。

根幹にはこれが有って。

だから、こういう人型コンなんかは、人を傷つける事はほとんどない。

ハルミナが前のマスターとやらに、好きにさせていたのもそれがある。抵抗が出来ないのだ。

自分の力で人は壊れてしまうのを知っているから。


「…美味いな、これ」

「有難うございます」


お茶を飲んだパイアールの感想に人型コンが微笑む。

(…それにしても、この大きさをこいつ一人で管理しているのか)

パイアールはつくづくとこの広い建物を眺める。

そして、溜め息を吐いた。


(…にぎやかだよな、ここ?)


パイアールの周りには、沢山の子供たちが喋りながら遊んでいる。

本を読んだりカードで遊んだり。

追いかけっこやかくれんぼまで。

いったい何人いるんだろうという大人数が、この部屋にも外の庭にも溢れていた。

…もちろん全員が半透明なのだが。


ここに、足を踏み入れた時からこうだった。

此処に来る前にもう、体験済みだったパイアールは混乱こそしなかったが。

先の星の記憶と違って、苦しみも痛みもない。

ただ子供たちが遊んでいる。


(…この子たちの思いは何処から来るのか)

星の記憶と同じように、ここの土地に沁み込んでいるのか。

だとしたら昔、此処は孤児院か学校だったのだろうか。

(それにしては、皆の来ている服が病院のあれに似ている気がするのだが。

ここは、病院の雰囲気は無いし)

目の前の人型コンは白衣らしきものを着ているが、人間の子供を治療している医療系には見えなかった。


それにしても、女の子が圧倒的に多い。男の子もいるんだが、何故か男の子たちは全員が痛そうな怪我をしていて、遊びの中に入ってはいない。

遠巻きに女の子たちが遊んでいるのを楽しそうに見ているだけだ。

女の子たちはみんな元気だ。

(いや、やかましいぐらいに元気だわ。

…かと言って、注意とかはできないよな記憶だし)


「どうされましたか?」

「んあ。何でもねえよ。…悪いな、機械を借りてさ」

「いいえ。久しぶりに稼働をしていますから。機械には良い事です」

「…そうか。そう言ってもらえると助かる」

パイアールは少し胸を撫で下ろす。

「こちらには、どういったご用件で来られたのですか?」

「…不時着したんだ」

「そうでしたか」

人型コンはそう言った後、何やら思案顔で黙り込む。

しかし画一化されているとはいえ男も美人が多いのは、どこの会社も変わらない。

(何を考えているんだ、そいつらは。

…俺には分かんねえ世界の話だろうな。深遠な?)


「では、燃料もお分けいたしましょう」

考え込んでいた人型コンが、口を開いてそんな事を言う。

「…ここに、船の燃料があるのか?」

「いくらかは。もう使わない物ですから。どうぞ」


「そりゃあ、有り難いな」

パイアールが人型コンに笑いかける。

その時人型コンは不思議な顔をした。

人間ならばするだろう、酷薄なしたたかな微笑み。

パイアールはもう一度瞬きをする。

その時はもう人型コンは普通の顔をしていた。

(…疲れてるか、俺は?)


パイアールは燃料をもらう為に外に出る。

船を少し移動させて、燃料タンクのある場所へ停める。

船の外壁を降ろして、燃料タンクのバルブを接続する。

それが稼働しているのをぼんやり見ていたら、何故か少女が一人近寄ってきた。


(…ん?)


何故だろう、少女はパイアールを見ている気がする。

パイアールの足元まで来た少女は、はっきりと上を見上げていた。

そして。


『お兄さんは、どこから来たの?』

あろうことか、話しかけて来たのだ。

(まさか!?)

まだ、パイアールを見上げたまま立って返事を待っている。


「…外から来たんだ」

もし誰かが見ていたら、きっと滑稽な姿だろう。

誰もいない所で、パイアールはでかい独り言を言っているのだから。

『そうなんだ。ボクの名前は、  って言うんだよ』

「…そうか。俺に何の用事だ?」

『うん。…お兄さんになら頼めるかなあって』

「何を?言っとくけど俺は大したことはないぜ?」

少女は、ふふっ、と笑った。


『もう十分大したもんだよ。ボクとこうして話してる』

多分、10歳ぐらいの少女は、黒髪を肩の所で切りそろえていて。

眼は大きくて、そこに何でも映しそうなくらい真黒だ。

その眼でパイアールの眼を見ている。

(…何だか圧倒されそうな力を感じる。俺の気のせいか?)

『お兄さんは、感受性が異様に高いんだね。…それから、開花していない力もまだ持っている』

「…何だって?」

『また、後で話そう?…全部が終わったら、あそこの一番奥の大きい扉を開けてくれる?』

屋敷の中にあった壁半分ほどの大きさの扉の事を言っているのだろう。

「…そこに、何があるんだ?」

『……真実、かな』

少女はそう言って走り去った。


(…真実、か。

それなら、俺は開けなきゃいけないだろう。

何せ嘘つきは、大っ嫌いでね?)


燃料を十分に入れたパイアールは、船の中で星図を見る。この分なら、一番近いステーションには飛べるだろう。

パイアールはスイッチを可動域に設定しておく。

それから自分の腕に、船のスターターをはめた。いざという時に遠隔操作が出来るようにしておく。


…あくまでも、保険だ。

少女の幻を、全面的に信用した訳じゃないが。

パイアールの本音はもう少し話を聞いてみたい、と言ったところだ。


パイアールは船を降りて、建物の中に入る。

相も変わらず子供で溢れているが、やっぱり他の子供たちはパイアールの事は気にしない。

(そうだよなあ。疲れて夢でも見たかなあ)


パイアールはハルミナの様子を見に地下に降りた。

ハルミナはカプセル型の寝台の上で、修理をされている。

パイアールは椅子を引き寄せて傍に座った。

ちかちかと中で火花や光が瞬いている。

(…随分壊れていたんだな。

俺の修理じゃあ直らない訳だ)

「…ごめんな、ハルミナ。俺、鈍感でさ…」

パイアールは指先でカプセルにそっと触れる。


「う」


突風が吹いた気がした。


前に見た一面の黄色い花が咲き誇る大地。

そこは前よりもはるかに美しく見えた。

パイアールの隣に、前の姿のハルミナが立っている。

泣き出しそうな瞳で、その風景を見続ける。


(ああ。好きなんだよな。ここが。

そんなに、胸がつぶれそうな顔をするぐらい。

…お前にとっては何よりも大事な、思い出の場所なんだな)


パイアールも眺める。

豊かな自然に育まれた上質の大気と豊かな大地。


(…そうだよな。悲しいよな。

この星はもう無いんだから。

今のこの星は、名前の通りの星だ)


サンドスター。

砂の惑星。赤い、生命の生息しない星。

ブルースターの争いに巻き込まれ、巨大な兵器の犠牲になった。


(…俺も昔の写真を見てがっかりした記憶がある。

一面の小麦畑の写真は、それは美しかったから。

それが無くなったと聞いてがっかりしたんだが。


…本当はそんな軽い気持ちじゃねえよな?

星の生命が一つ無くなるって言うのは。

お前は知っていて、悲しいんだな。

だからそんな眼でこの風景を見ている)


「…ハルミナ…」


呼びかけたパイアールの声に、カプセルの中のハルミナは涙をこぼした。




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