思い出運びます・7
パイアールは自分の夢の中にいる。
そんな事はすぐに分かった。
懐かしい空気。
駆動が足元で常にしている。
「キャプテン!」
…俺の船だ。
広いブリッジで、皆が騒いでいる。
何時も通りの、にぎやかな光景。
「この先は何処に行きますか?」
操縦管を任せていたのは、何年も連邦軍のパイロットをしていたアカーだ。
「ちょっと。どこかのステーションに寄っておくれよ」
もう薬がないと騒ぐのは、酔っ払い女医ハビッツ。女なのに良く飲むやつで。
その隣で機関士のサーヴェが笑う。
「キャプテン、腹減りません?」
そう言ったのは、真っ先に切り込む体力自慢の頼りになるヒューマ。
「パイアール」
あれ?
俺が見ると、もう船を降りた奴がそこにいた。
喧嘩ではなく、奴が何かを抱えていて、俺には何も言わずに船を降りた。
俺の相棒だったハンガ。何でも話し合えると思っていたが。
最後まで理由は分からなかった。
…何か懐かしいな。
「チロルはどうした?」
そうなんだ。さっきからこの光景にチロルがいない。
俺は首を回して、辺りを探す。
「チロル?」
「ここに、いるわ。」
耳元で声がした。
パイアールの眼が開く。
起床を感じ取ったドームの蓋が開いた。
まるで今、ここで聞こえたかのようだった。
「パイアール?」
起きたばかりなのに呆然とした顔でハルミナを見る。
(ここは現実だよな。
じゃあ、今の声はなんだ?)
パイアールはまだ声の感覚が残っている耳に手をやる。
そして右耳が、最初のあの現象の始まりだったほうの耳だと気付く。
(まさか本当に、チロルの思い出が漂っている訳じゃないよな?
それを俺が感知している訳じゃないよな?
もしもそうなら。…俺は)
「パイアール?」
返事をしないパイアールにじれたハルミナが顔を近づけて再び声を掛けた。
「ん。何でも無い。ちょっと夢見がな?」
「あの…私が添い寝しましょうか?」
(は?)
「…なぜに?」
(そんな発想に?)
「あ、その、それならよく眠れるかなって…」
「どうかな」
(…逆に寝られんわ。別の事が気になって)
「で、でもベッドってこれしかないし、一緒に寝るならここですよね?」
「…客室があったような気がするが」
「私はお客さんでは無いですから、そこでは寝ません!」
(…力説されても)
「…その…駄目ですか?」
緑の眼がウルウルと雫を湛え始める。
(う。そう来るか)
次に普通に寝る時は添い寝を約束された。仕方ない。
パイアールは操縦席に座って、目標である2028コロニーの資料がないか、通信網を使って調べる。
地方の連邦局の資料に、大まかな概要がのっていた。
個別の小さなコロニーが集まって集団になっている形。
いわゆる部屋同士を渡り廊下でつなげて、それが沢山集まっている小型の簡易コロニー。中核となる惑星は無く、それぞれの重力でそこにとどまっているタイプらしい。
届け先の部屋のナンバーは分からないが、名前は登録されている事だろう。
パイアールは端末を操作している自分の指先を見る。
白い若い指先だ。
自慢ではないが、海賊暮らしが長かったパイアールはそれなりに年を経ていたし、敵とのドンパチもしょっちゅうだったから、手など何回も破ったり折ったりしてがたがただった。
…今の身体は14,5歳ぐらいだろうか。
20歳近くは若返った訳だ。
そのおかげで考え方も子供臭くなっているようだ。
しかしそれは仕方ないだろう。…これは義骸だ。
パイアールと融合をするまでは、培養液の中にいた赤ん坊と一緒だった訳だ。
そこに入れられたパイアールがその影響を受けない訳がなく。
脳と心臓が無事だったと、ディナイは言っていたが。
それがどこまで無事だったのか。
他の内臓や器官はすべて出来立ての新品だ。
初めての世界を細胞単位で感じている訳で。
パイアールがそれの影響を受けないのは不可能だ。
(…こんなことを考える自体が青いよな?)
脳も若返っているかも知れない。
軽い息を吐いて、パイアールはボックスを持ってベッドに向かう。
ハルミナが残念そうに見ている。
(すまないな。
訓練は大事だからな?
だいたい今度は寝ない気だし)
パイアールはベッドに腰掛けて、ボックスを開く。
意識が飛ばない様に、両手に力を入れる。
それは、不思議な光景だった。
視界はゆらいで、薄い色の映画を見ているようだ。
いま、自分がいる場所も見えている。
そこに別の世界が重なって存在している。
座っているパイアールは、手に持っているはずのボックスを持っていない。
立ち上がり、彼女の側に行く。
観客席から舞台に上がったように、パイアールは彼女のいる世界に入る。
座ってぼんやりしている彼女のすぐそばに立つ。
彼女は随分年を取っていた。
その心が流れ込んでくる。
たくさんの後悔。
たくさんの恨み言。
甘えたい気持ち。
思い出す風景。
死んだ母への悲しみ。
もう会えない彼への恋慕。
だが彼女の視界には変わらない景色。
見上げれば空に透けて見える、たくさんのコロニー。
悲しさと虚しさが胸いっぱいに広がる。
彼女が泣いている。
…ついて行けばよかったのか、彼に。
今はどうしているだろう。
元気だろうか。結婚をしただろうか。
…まだ私を覚えているだろうか。
手元には、あの日貰ったオルゴール。
切なく甘い音を奏でる。
パイアールは自分の手にボックスの気配を感じる。
オルゴールが止まった後、パイアールはボックスの蓋を閉じた。
パイアールは座ったまま、ボックスを持っていた。
(…ああ。ごめんな。
訓練なんかに使って。
あんたの思いは、そんなに軽くはなかったよな。
辛くて切なくて、そしてなんて重いのか。
人ひとりの思いは)
そっと寄って来たハルミナがパイアールの頬をぬぐった。
「…俺は悪人だな?」
他人の思いを踏みにじるような。
「…いいえ。悪人は誰かの為には泣けません」
ハルミナがそう言って、パイアールの頭を抱きしめた。
(…そうなら、いいんだけどな)
パイアールはハルミナの温もりに身を任せた。こうなったら仕方ない。なるようになれと柔らかい身体を抱きしめ返した。
「ふふ。可愛い寝顔でした」
どうやら、まだセーフらしい。
ハルミナの添い寝を受け入れてしまったパイアールは、毎回そうしそうな気配にちょっと対応が思いつかない。
なるべく流れに乗らないようにしようと決意をする。
船内に静かにアラーム音がなる。
どうやら、目的地に着いたようだ。
「…パイアール。…これは…」
ハルミナがモニターを見て呟いた。
パイアールもメインモニターを見て、声を失う。
コロニー2028。
そこは捨てられたコロニーだった。
ほとんどの部屋が暗く機能していない。
何個かは明かりが灯ってはいるが、それは数える程度で。
連邦が支援を打ち切ったのは目に見えて分かった。
コロニーの周りでゆっくりと、デブリが漂っている。
ここに彼が居るのか?
「…酸素の供給されている地区がどれくらいか、見当がつきません」
「だろうな」
パイアールもまさかコロニーに入るのに、酸素バッグをさげる事になるとは思っていなかった。ボックスを抱えて、船を接続した入り口から中に入る。
無限に広がる回廊のように、網目のような通路が繋がっている。
しかし、パイアールは端末を出さない。
(俺の隣に、彼女がいるから。
彼女が走り出す。
いつかのワンピースをひるがえして。
俺は彼女の後を追う。
何度も何度も通路を曲がる。
足音が高く響く。
彼女の息が上がっている。
…これは、思い出じゃないよな?
そして、彼女が一つの部屋に滑り込んだ。
俺もその部屋に入る。
目の前には。
抱き合う二人がいた。
強く抱き合っている。声も出さずに。ただ強くお互いを確かめるように。
…そして、二人が俺を見た。
何だこれは。
俺は、何を見ている?)
「「…やっと逢えた。ありがとう」」
それは、瞬きをした瞬間に消えた。
部屋には随分前に呼吸を止めたであろう遺体がベッドの上にいるだけで。
酸素を供給している機械音が、静かに響いているだけの。
パイアールはボックスからオルゴールを取り出す。
いまでは、何の声も聞こえない。
静かなベッドの横に置く。
「…悪くない仕事だ」
パイアールが置いたオルゴールは、最後に震えるように音を出し、…沈黙した。
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