思い出運びます・6



食事の後パイアールは操縦席に座って、メインモニターに映る星を見ている。

変わらない光景に、ついつい考えが自分の中に入ってしまう。


(あの、ボックスは、何回やればとかそう言うのは分からない。

あくまでも訓練なんだから、何回でもいいんだが。

そんなにやって俺、彼に惚れたらどうしよう。

今まで男に惚れた経験は無い。

無いが、ああも感情的なものに揺さぶられると、自信は無くなる)


暗い空間を眺めながらパイアールは軽く息を吐く。

(自分の気持ちを誰かと混ぜるなんて、どうなるか分からないしやった事も無いから、こうも簡単に人の気持ちに共鳴していると、俺って本当はどんな奴だっただろうなんて、自分に自信が持てなくなる。

確立しているはずの俺自身は、案外あっさりと崩れていくもんだな。

…そんな事を思う。

俺はどう向き合えばいいのか。

毎回飲み込まれていては、多分どっかおかしくなるだろう。


ハルミナの時のように、一息に連れて行かれたら戻って来られるかどうか。

…傍観者になれれば、一番なんだがなあ)


そのためには、訓練しかないだろうと覚悟を決めるように伸びをして、パイアールはボックスを持ってベッドに横になった。





【「え?」

私は自分の耳を疑った。


「この星を出るんだ」

クロイスがそう言っている。

聞き間違いじゃない。

「…此処を出てどうするの?」

「俺は軍人になろうと思うんだ」


…戦争へ出れば、命の保証はない。

「危ないわ、クロイス。ここで農業をするのでは駄目なの?」

「…ここでは俺達は決して、上に行けない」

彼のいう事は分かる。

この星は貧しくて、必死に生きても贅沢が出来る暮らしは望めない。

「でも、命の保証はあるわ」

「…俺は嫌なんだ。どんなに頑張って働いても何もできず、ただ死ぬためだけに生きる暮らしは」


…私の頬を涙が流れる。

私は母を置いてはいけない。

「ジェンナ」

「…ごめんなさい。私は行けないわ」

彼も分かっているはず。

それでも、行くのだ。

彼は私を置いて。


泣いている私を彼が抱きしめる。

…今夜が彼との最後の夜になる。】







「…待て!!」

怒鳴ってガバッと起き上がった。

パイアールを覗き込んでいたハルミナが、驚いて身体をひっこめる。

「パイアール?」

前回とは違う引きつった顔のパイアールにハルミナは声を掛ける。


(やばかったぞ。

えらいニアミスで、俺は帰って来れたな。

よくやった、俺。

幾らなんでもあの先には進めません!

無理!


ああ。帰ってきたぞ。

生きてるって素晴らしいな)

目の前にハルミナ。此処は現実だとパイアールは安堵する。


「…なんだか、やりきった笑顔ですね」

「ああ。やり切ったとも」

「…そうですか」

不満そうにハルミナが、呟く。

それを見てパイアールが驚く。

(いや、帰ってきた俺を褒めてくれ!?

無事生還ってこういう時に使う言葉だぞ?

ああ。

…次にボックスを開けるのが怖い。

続きからなんて無いよな?

今回も違ったわけだし?


くそう。訓練はんぱねえな)


一人でクルクルと表情を変えているパイアールを心配になったが、何も言わないだろうと諦めて、もう気持ちを切り替えたハルミナが聞いてくる。

「…何か飲みますか、パイアール?」

「ああ。熱いコーヒーをくれ」


(非常に怖い体験だったが。これで少しは感覚が掴めたか?)


ハルミナに入れて貰ったコーヒーを飲みながら、パイアールはさっきの感覚を辿ってみる。驚いた時に自分の心臓の位置が分かったような。


考えて見れば、それはそうなのだ。

パイアールは義骸とはいえ、肉体を持って話を聞いている立場であって、物凄い臨場感を伴った思い出話を聞かされてる立場だ。


相手はのめりこんで話をして、自分も身を乗り出して聞いている。

一緒になってそこにいって、体験している気になる。

だが、全ては他人の話だ。

脈を打って生きている、自分自身の人生ではない。

どんなに聞きつくそうと、その思いをパイアールの物にはできない。

望まれても、それは出来ない事だ。

その時間を体感しているのは、本人だけなのだから。


思い出は、強く思い続けられて一つの形を持ち、それがパイアールに作用する。

パイアールはそれを受け止めて共感しながらも、その思いを終ってやる。

それが正解なのかもしれない。




「あの、パイアール?」

「ん?なんだ?」

考えていたパイアールに、遠慮がちにハルミナが話しかけて来た。

「…私の身体を、直してください」

そういえば、部品が来てからまだ手を付けていない所がある。

パイアールはサブモニターに表示されている航行計画を見た。

指定された場所に着くには、あと何日か、かかる。

現状は安定航行中。問題ないだろう。

「ああ。分かったよ」

ハルミナがほっと息を吐いた。

自分の体の不都合はやはり嫌なのだろう。


ハルミナを下着だけにして、喉から胸元までを開く。

パイアールは上から屈み込んでいる形だ。

「あの、パイアール?」

「…これから喉をいじる。喋るな」

「私の声を変えて下さいませんか?」

パイアールは目に掛けようと思っていたスコープを、頭の上で止める。


「…何でだ?」

「…私やはり、変ですよね?この体なのにこんな声では」

まあ。違和感はあるが。

「いいのか?今までずっとその声で生きて来たんだろう?」

「…はい。でも私はあなたの物です。…捨てられていた私をあなたは拾ってくれました。何の役に立つか分からない私を」

「…」

「ですから、私をあなたの望む形に変えて欲しいんです」

パイアールはムッとしたまま告げる。

「…却下」

「えええ!?」

そんな理由では、却下に決まっている。

「なな、何で駄目なんですか!?」

「…俺の意志じゃねえ。お前の意志を優先しろって言っただろ?」

「う…」


ハルミナの気持ちが決まるまで、パイアールはスコープをかけずに待っている。

視線をうろうろと彷徨わせてから、ハルミナが決意して口を開く。

「…だって、パイアールが…」

「…ん?」

(俺がなんだって?)

「朝会うたびに、変な笑い方をするから…何だろうって考えて…体は女性ですから嫌では無いでしょうし、なら…これかなあって…」

(…俺か。俺が原因か)

「出来る事なら、あなたに好かれたいです。私を人と同じように見てくれるあなたには、好きになってもらいたい」

「…別に嫌いじゃない」

まだムッとしたままパイアールが答える。

「でも、この声が嫌なんですよね?」

完全にしかめ面になって、パイアールは腕を組んだ。

「…嫌では無い」

(ただ違和感があるだけだ。最初に見た美形っぷりのインパクトと相まってな。もちろん今は、女性として物凄く美人だが)


緑の瞳はパイアールの返事を待っている。

「…分かった」

「…パイアール…」

「ただし、選択できるようにするだけだ。声帯の器官に何種類かの声質を新しく組み込む。…お前を否定するような気がするから、その声を取るのは嫌だ。…これは俺の我が儘だが」

「…う、はい、ありがとうござ、いま…」


パイアールは泣き出したハルミナの頭を撫でる。

今度の相棒はよく泣くなと思いながら。

暫く泣いた後で、ハルミナが撫でていたパイアールの手を握る。


「も、だいじょうぶ、です」

「…そうか。なら、始めようか」

「はい」

パイアールはスコープをかけて、工具を手に取った。


部品の交換に時間が掛かり、二日ほどハルミナは身動きが取れなかった。

応急処置だが以前よりは機能がよさそうなハルミナを見て、パイアールはほっとしている。しているのだが。


「パイアール。コーヒー飲みますか?」

「…ああ」

嬉しそうに用意をするハルミナを見て、パイアールは複雑な心境だ。

どんな声が入っているかは知っていた。

だが。音質として聞くのと、実際に会話するのとではこんなにも違うのか。


「はい」

ハルミナがパイアールにコーヒーを渡して微笑む。

(…やばい。完璧じゃないか。

美人でナイスバディで、甘ったるいような声で。

…俺は何処まで我慢できるだろう。

ああ。元からこういうのには余り強くないんだ。

俺はどちらかと言うと、環境順応能力には自信があるほうで)


ひと口、コーヒーをすする。

(この苦さで俺の眼が覚めますように)


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