思い出運びます・5



航路計算が終わり、自動航行になってからハルミナが話しかけてくる。

「新しい簡単なお仕事ですね、パイアール?」

ちらとパイアールがハルミナを見る。

「ん?さあなあ?どうなることやら?」

「え?何か問題のある品物なんですか?」

「…ただの、オルゴールだ」

「…はあ。それが大変になるかもしれないんですか?」


(…俺にはな)


ボックスを外から触っただけで、声が聞こえる。

持って帰ってくるときは意識的に排除をし続けたが、ずっとやり続けは出来ないだろう。いつかは飲み込まれるかもしれない。


それなら、この箱で、慣れるべきだとパイアールは思っていた。

自分でコントロールできなければ、きっとあの女、ゴート商会の会長の思いに飲み込まれる。とても強い思いだ。抗うなんて出来ないだろう。


(…そのために、この義骸は開発されたのかもしれないな。

魔法や陰陽とやらを駆使して、たった一人の思いを遂げさせるために。

…大層なことだな?)


航行が安定航行に入ってから操縦をハルミナに任せて、パイアールはボックスを持ってベッドに入った。

この船はおかしな設計で、操縦席の後ろ、つまりブリッジにドーム型の大きなベッドが設置してある。上部は開閉する半円型のクリアなものだ。

想定としては一人乗りなのだろう。これを設計した人物に話を聞きたい所だ。


枕元に置くだけで、話し声が聞こえる。

(やるか)

パイアールは深呼吸をしてから、ボックスの蓋を開けた。

とたんに意識が飲み込まれる。






【「クロイス!」

私は坂の下を歩くクロイスに声を掛ける。

「あ、ジェンナ」

彼が振り返り立ち止まって、私を見て笑う。

「今日の宿題やった?」

「…今帰る所だけど?」

「じゃあ、一緒にやろう?」

「ああ、いいよ」


坂を一緒に歩いていく。

学校の帰りはいつも、一緒に帰っている。

同じクラスの子は羨ましがるけど、こういうのを幼馴染の特権って言うんでしょ?

クロイスは、どんどんカッコイイ人になっていく。

…だんだん、私じゃあ釣り合わなくなっちゃうかな。

「ジェンナ。君さ、クラスの人に告白されたって本当?」

「え!?な、なんで、知ってるの?」

誰にも言ってないのに。


「ああ。…聞いたんだよ」

「え。あ。うん。…断ったけど」

「そうなんだ」

そう言って彼が笑った。

私は恥ずかしくて下を向いた。

…何で笑うのよ、しかも、嬉しそうに。

「…君は可愛くなったもんね」

「え!?な、何言ってるのよ!?」

…あなたこそ、カッコよくなったのに。

私なんか。

いつか、見向きもされなくなるんだろうな。

だけど今はまだいいよね?

「早く行こうよ」

「引っ張らないでくれよ、ジェンナ」


・・・私達の一番幸せだった時。】






目の奥が熱い。グラグラと美しい緑が視界を揺らす。

感情が。

年若い少女の鮮やかな恋情が。

少女を見る少年の白いシャツが。


無理矢理、意識を引き戻す。

「…く…」

眩暈が酷い。

俺なのか彼女なのか分からなくなる。

俺が彼を好きなのか、彼女が彼を好きなのか。

ここが分からない。


【何故、坂にいないの?

これから、彼と勉強をするのに。】


(…ああ。くそ。

違う。違う違う!


ここは)



ベッドに横になった途端に意識を失う様に動かなくなったパイアールを心配して、ハルミナはベッドに座ってパイアールを見つめていた。

見る見るうちに苦しそうな表情になり、苦悶を漏らすパイアールにたまらず声を掛ける。

「…パイアール?どうしました?顔色が」

軽く浅い息を繰り返しながら、パイアールがうっすらと目を開ける。

「…ハル、ミナ…」

「はい。…パイアール?」

パイアールの口元が震えている。顔色も悪い。

「…頼む、その、ボックスを…閉じて、くれ…」


ハルミナの手がボックスを閉じる。

その途端、パイアールの頭がはっきりとした。

眩暈も震えも、悪寒もない。

ただ冷や汗は掻いていたのか、手の甲で額を拭うと水滴がつく。

心配しているハルミナを見て、パイアールは溜め息を吐いた。


(…これは、難敵だぞ)


上半身を起こした後、がっくりと項垂れるパイアールに心配でたまらないハルミナが問いかける。

「一体、どうされたんですか?」

「ああ。…説明する」


パイアールは自分の予想を話す。

この義骸の、他人の思想や記憶を共感して体感してしまう能力。


「…そんな特殊な義骸なんて、聞いたことがありません」

「俺もねえよ」

目を開いて驚いているハルミナを見て、パイアールは首を横に降る。

自分で体験してなきゃ笑い飛ばすところだ。


苦い顔をしているパイアールに、おずおずとハルミナが尋ねる。

「それは、大丈夫なのですか?」

「ん?義骸の事か?」

「はい」

パイアールは肩を竦めて見せる。

「大丈夫も何も、義体と違って義骸は融合をする。…今更どうにも出来ないだろ」

「…そうでしたね」

沢山の機械を繋いで動いている義体と違い、得体のしれない有機物と無機物で作られた義骸は、組み込まれた一部の人体を取り込み融合する。

大体はオーダーメイドで貴重品だ。手に入れたとて反応なく合致するかは、やってみないと分からない。

「だから、何とかするしかねえわけだ」

「…私に出来る事はありますか?パイアール」

ハルミナが真剣にパイアールを見る。

パイアールもハルミナを見返す。


「…お前が俺を呼び戻してくれ」

「私が」

ハルミナはそっと自分の胸の上に手を置く。

「ああ。頼んだぜ、相棒?」

「あ。…はい、分かりました!」

全力の肯きでハルミナが肯く。顔を少し赤くしてぶんぶんと強く。

その動きが若干気になったが、些細な事だった。

(しかし)

パイアールも自分の胸を押さえて軽く溜め息を吐く。


(…今更、初恋はねえだろ)



連続してやるのは良くないとハルミナが言い出したので、パイアールは普通に寝る事にした。何もしてないのにぐったりと疲れているのは、確かだった。

宇宙では昼も夜もなく、自分で明るさを決めて行動する。このタイミングで寝るのも悪くないと、パイアールは目を閉じる。

瞼の裏の暗闇を意識することなく眠りに沈んだ。





「…パイアール。私の大事なあなた」





パイアールは、ぱちりと目を開けた。

夢の中で、聞き間違いようのない声を聴いた。

(まさか、こんな事が出来るようになったからって、宇宙空間に漂っている意思まで汲み取る訳じゃないだろう?

…もし、漂っているなら引き寄せるけど)



パイアールは寝覚めの悪い頭を振って、ベッドから出た。

「おはようございます、パイアール」

「ああ。おはようハルミナ」


(段々慣れて来たなあ、この違和感に。

なんか、その声でも大丈夫になってきた自分が怖いわ。

…そのうち。

ああ。いやいや。

俺はまだ、大丈夫だ。

あいつは、中は男なんだ。

いいか。

迫られたら、からだは女かもしれないが、心は野獣なんだ。

つまり、精神的にはそうなる訳だ。

…でも、見た目は普通だし実際も普通だし。

いや。

そこは、妥協してはいけない)


ハルミナが首を傾げながらパイアールに尋ねる。

「…どうしたのですか?難しい顔をしています」

「ああ、いま、深遠なる問題を考えていたんだ」

「おお。さすがですね、パイアール」


(…褒めるな。恥ずかしいだろ。…自分が)


小さなキッチンに繋がっているリビングらしき場所で、パイアールはコーヒーを飲みながらハルミナを見ている。簡易食はいやだとパイアールが言ったので、ハルミナがテキストを見ながら、料理中。

おぼつかない手つきで何かと格闘している姿を見て、次第に不安になる。

…まともな物が出てくればいいのだが。

(駄目なら自分で作りますが?ハルミナさん?)

しかし声を掛けず、じっと待つこと一時間。

「で、出来ました」

恐る恐る、トレイに乗せてハルミナが料理を運んでくる。

…これは。


「…食べられますか?」

「……どう、かな」


<どんな戦い方をすれば、この魔獣はここまで駆逐されるのだろう>


という形の物が皿の上に乗っている。

(これは、なんだろうな)


「…捨てます」

何も言わないパイアールを見て、真っ赤な顔になった涙目のハルミナが言う。

「…一口は食うから」

パイアールはフォークで刺して、口に入れた。







…やばい!今、意識がとんだ!


「パイアール?」

「…悪いけど無理だ」

「うう。はい」

ハルミナは涙目でなにかを捨てている。ダストボックスに流れていくそれは、やはり食品には見えなかった。


(…仕方ない自分で作るか)

パイアールが料理をしている間中、ハルミナが横でじっと見ている。

「そんなに、大した物は作らないぞ?」

「はい」

じっと手元を見ている、その真剣なまなざしが怖い。

けれど出来上がったものを一緒に食べて喜んでいる。その姿に他の意思は感じない。新しい生物を生み出す事もないだろう。

(…当分、俺が食事の係りだな)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る