思い出運びます・4



苦笑しているパイアールにおずおずとハルミナが口を開いた。

「先ほど幾つかの部品は買われていましたよね?」

「ああ。使えそうなものは幾つか買ったが」

ハルミナは頭を下げる。

「見て頂けないでしょうか」

「中をか?」

「はい」


パイアールは顔をしかめる。

「部品も集まってないのに、いじるのも」

「あの店では駆動の神経系しか繋いでなくて、頭の中は殆んどいじられていません。一度見てください」

あまりにもはっきりとお願いされてパイアールは面食らうが、言ってくるぐらい不安なのだろうと、一度開けてみる事にした。

「じゃあ席を倒すから、そこに横になってくれ」

こくん、と頷くとハルミナは大人しく横になる。


操縦席を横向きにして、道具を持ってきたパイアールはハルミナの額の皮膚を捲り、義体の頭外骨格構造物を外す。

横にあるメインモニターにハルミナのマニュアルを映しながら、片目にスコープを掛けて中を覗き込む。


「どうでしょうか」

「…うん。全くいじられてないな」

マニュアルに描かれているはずの部品が幾つも抜けている事は言わないまま、パイアールは錆びかかっている部品を取り出す。

メインの部分は無事ではあるが、周辺の機器は無いものがある。

買い付けてきた部品を入れ込んで繋ぎなおす。痛いとも何も言わずに、ハルミナは横目でパイアールを見つめている。

ぱちりと小さな溶剤を付ける音が静かな船内に響く。


「パイアール」

「ん?」

呼びかけられたパイアールが、ちらとハルミナの顔を見る。

「私を変えても良いです」

「…うん?」

覗き込んでいた顔を上げてパイアールがスコープを外す。

「なんだって?」

パイアールに見降ろされているハルミナの喉が震える。

「あなたの好きに変えても良いです」

「…なんだよ、いきなり」

「私はあなたのモノです。どう変えても」

パイアールはフンと鼻を鳴らしてから口をへの字にする。

「…俺がどうしたいかじゃない。お前がどうしたいかだろう?」

パイアールは光学スコープを再びかけて、作業を続ける。

「わ、たし、が、ですか?」

「ああ」

小さなチップに触らない様に、避けて緩衝材を入れる。

「私は、機械です。…どんなに人間に似ていても、私は作られた物です。…その私がどうしたいかなんて」

「…俺は今、お前の頭の中を覗いているから、そんな事は分かっているんだ。だけどお前にはここじゃなくて、そこにもう一つ考える機能があるだろう?」

工具を握った手でパイアールが指差したそこを、ハルミナは自分の両手でそっと押さえる。

「ここに?私の胸のあいだに何があるんですか?」

「…心だよ。お前はそこに心を持っている。…人も機械も関係ない」

パイアールの言葉にハルミナは、自分の胸のあいだをギュッと押さえた。


「私に心なんてあるのでしょうか?」

「あるさ」

(そうでなければ)

ちらりと見たパイアールの視線にハルミナの睫毛が震える。

「…本当に?」

「ああ。…俺を信じろ、ハルミナ」

ハルミナは、戸惑いながらも肯いた。


(お前には心があるさ、ハルミナ。

そうでなければ。

俺はあんな光景は見なかっただろう。

あれはきっとお前の心が覚えている風景だ。


…俺はどうやら、心を感知するらしい。

面倒くせえ機能を付けやがって。あの女)

ハルミナに分からない様に、パイアールは心の中で溜め息をついた。


結局少しいじっただけで、ハルミナの頭を閉じる。

パイアールはハルミナを船に待たせて、足りない部品を取りに船からステーションへ降りた。

ゴート商会支社に赴き、届いていた荷物を持ち、来た時に貼っておいた伝言板に、足を運んでみる。


…結局のところ他に仕事も思いつかず、パイアールは運び屋と言う名前の何でも屋をする事にした。

(俺って才能がないよな、発想の)


誰からも連絡がないため、パイアールはそのシートを剥がそうとシートの角に指を掛けた時の人の気配に、指を止める。

「…あんたが、その運び屋さんかね?」

パイアールが振り向くと。

そこには、老婆が一人立っていた。

「…そうだけど」

「価格は相談て、本当かい?」

「…よほど、じゃなければ話は聞くけど?」

「これを、届けてもらいたいんだよ」


老婆の手の上には、小さな箱が乗っている。

「…マゼランの宙域にある、2028コロニーに、届けてもらいたいんだよ。」

「マゼランなら、近いけどな」

老婆はパイアールに近寄り、カードを差し出した。

「…私はこれしか持ってなくてね…」

差し出されたカードは繰り返し使うものでは無く1回限りの物だ。

しかも、かなり使ってある。


パイアールは、老婆に視線を戻す。

汚れた服、手入れをしていない髪、すり切れた靴底。

「…あんたは、どこから来たんだ?」

「ああ。あそこだよ」

老婆は筒状のコロニーの両端から見える宇宙空間を指さした。

パイアールが見ると、このコロニー群の中核、惑星タンザが見える。

「…そうか」

コロニーにすら住めぬ、貧民ばかりが住んでいると聞いていた。

ここまで来た理由は、これか。

「…わかった。それで受けよう」

「ありがとうね、坊や」

パイアールは老婆からカードを受け取る。

「じゃあ、これに名前と目的を入力してくれ。あと、期限も」

老婆はパイアールが差し出した端末に、悩みながら入力をする。

「これでいいかい?」

パイアールは入力された事項を確認する。依頼主の名前、届け先、期限それから届けた後の通知の有無。通知はいらないと書いてあった。

「…ああ。じゃあ契約成立だ。必ず相手に届ける」

「…お願いします」

…老婆は帰れるんだろうか、それとも帰らないつもりだろうか。

自分に全財産を渡し、その先に宿はないはずの区画に歩いていく老婆を見送って、パイアールは船に戻った。



「パイアール?」

「…ハルミナ。…頼むから何か着てくれないか?」

船のドアを開けた瞬間に、ハルミナが何も着ないで立っていた。

パイアールは見ないように後ろを向いて、中に入った。

「何で下着まで脱いでんだよ」

「…これしか無いもので、洗いました」

「すぐに乾くだろう?」

「…はい。すみません」

洗浄機の使い方が分からなかったらしく、乾くまでそのままでいたらしい。


(いや、分かれよ。

機械には詳しいだろう?人型コンなんだから。

…服は買ってやるか。

ああ、そうか。

人型コンならなんともないが、いまは義体に入ってるんだったな。

義体は色々調節されてるから、まあ、仕方ないか。


…しかもハルミナのはどう見てもそれ用だし。

まあ。色々デリケートだろうさ?)



パイアールは老婆から預かった箱を、緩衝材の入ったボックスに入れる。

(これを届けなくちゃな)


そろそろ出航の準備をしなければならない。

管制塔に時間の予約をして、整備士に燃料やその他の補充を頼んで。

船を出航ドックに回してもらうまで、また少し時間が掛かる。

パイアールは空いた時間に服を買いに行こうとハルミナを誘い、店が並ぶ地区へ出かける。



ハルミナは中身は女じゃない。

パイアールは見ての通り。

女性服売り場の前で二人で固まった。

此処まで来て、分からないという理由で帰るのも馬鹿らしい。


「…行って来い」

「え、ええ!?」

手ぐすねを引いて待っていた店員にハルミナを引き渡す。

「お姉さんは任せてね?弟君?」

「…ああ。頼んだ。好きなだけやってくれ」

パイアールを金持ちと踏んだのか、店員はぎらぎらとした目つきでハルミナを試着室に引きずっていく。

「ああ!?止めて下さい!そんな!?」


(…聞こえないことにする)


「…うう。ひどいです、パイアール」

何かを色々失ったらしいハルミナが、コーヒーを飲んでいるパイアールの所に来た。

手には大量の袋を抱えている。

「…服が手に入ったんだ。良かったじゃないか」

「…う…。女性は怖いです」

ハルミナも女性なのだが。一応外見は。

「もう、買うものは無いか?」

ハルミナも一緒に座らせて落ち着かせたあと、パイアールが尋ねる。

「…無いと…あ。パイアールあなたの服とかは?」

「は?俺の?」

(ああ。このサイズになってから確かに買ってはいないが)

「行きましょう?」

(何だか嬉しそうなのは、気のせいか?)


ハルミナは、服屋に入るとパイアールの服をあれこれ選びだす始末。

それを眺めながらパイアールは溜め息を吐く。

(…いいけどさ。特に好みはないから何を選んでくれても。

けどさ。お前が選ぶのは、少し派手だな?)

「これは嫌だ」

「ええ?駄目ですか?」

「…これもいい、いらない」

「えええ?かっこいいですよ!?」

赤やら黄色やら金やら、どうしろと。

「…これだけでいい」

「ええええええ?」

無難だと思う服だけを手に取ると、ハルミナは悲しそうな声をあげた。

(お前は俺をどうしたいんだ?)

「…似合うと思ったのですけど…」

パイアールはがっかりしているハルミナを連れて帰った。




パイアール達が帰ると、出航の準備は整っていた。

船の出入り口付近で待っていた、まかせていた整備士の端末にサインをする。

ブリッジに入り出航のためのスイッチを入れる。副操縦席にハルミナを座らせて、エンジンがかかる低い振動を足元から感じながら、パイアールはメインモニターを見た。システムに何の異常も検知されていない。余剰の積載物も感知されない。

管制塔からはいつでも出航できるとの連絡があった。


「水量クリア。酸素量クリア。燃料メインタンククリア。サブタンククリア」

ハルミナが、計器を確認していく。

「パイアール。オールグリーンです」

「よし。牽引ビームを受け入れる。コロニーを離れるまで、5ノットで航行」

「はい」


初飛行だ。

行くぜ、俺の船。

「”ミーティア”、発進する」

「”ミーティア”発進します」

ハルミナが復唱をして、機関を前に倒す。

そして船はゆっくりと、無限の大海原に進み出た。


「牽引ビーム離れます」

ハルミナがサブモニターを見ながら伝えてくる。

「管制塔に連絡。ご苦労さんと伝えろ」

「…はい?」

「伝えろ、ハルミナ」

パイアールは前を見たままハルミナに言った。

「あ、はい。……。返信です。お前もな。…以上です」

「ふ」

(分かる奴がいるじゃねえか)

少し口の端を上げて笑うパイアールの言葉をハルミナが待つ。

「進行速度、5%から、25%まで加速。目標はマゼラン星雲」

「はい。適正航行進路を数種、計算します」


(ああ。久しぶりの宇宙だ。

コロニーはやっぱり違う気がする。

本当の大地ではないが、やっぱり俺の居場所じゃねえ。

俺の居場所はここだ)


航路を計算中のハルミナを隣に、パイアールは操縦席で目を閉じる。

何とも言えない気持ちが胸の内を満たすのを感じながら。



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