思い出運びます・3



このコロニーは昼夜の区別を付けている大型のコロニーで、パイアールも窓から差し込む光で起きることは、久しぶりだと思いながら身支度を整えて外に出た。

自分の船に入れるまでは、時間を潰すべきだと外で朝食をとる。


昨日夕方に決めた船には、搭乗手続きが出来ていなくて昨夜は入れなかったのだ。スライド屋で買った薄いシートに映るニュースを見ながら、口にパンを運ぶパイアールは、耳元のカフが震えている事に気付いた。

自分に連絡を取ってくる相手には覚えがないパイアールは眉を顰めたが、ガラガラ声が聞こえて納得する。きのうの人型コンを持ち込んだ店主だった。

こんな朝早くに店から連絡が入ってきてパイアールは少し驚いていた。

(まさか、そんなに凄腕だったか、あの店主?)


コーヒーを飲み干してからパイアールは預けた店に出向く。店に入るまでは軽い足取りだったパイアールの足は店に入ってそれを見た途端にガチリと固まった。

「…は?」


パイアールの眼前には、高身長のモデル体型の美女が立っていた。

金髪で緑色の眼は元と同じだったが、それ以外が全く違う。スタイル抜群の美女が極めてきわどい体にフィットした黒と赤のスペーススーツを着ている。

「いやあ、義体がこれしかなくってさ。兄ちゃん、別に男のほうが良かったわけじゃねえんだろう?」

「…ああ、まあ、そうだが」

店主がパイアールを見ながらニヤリと笑う。

(だが、これは、どう見てもそっち用の義体な気がするんだが)

ひじょうに渋い顔して腕を組んでいるパイアールの前で、ハルミナが口を開く。

「パイアール。私は何だか変ですよね?」

(声はそのままなのか?)

低温の声音に驚いて店主を見ると、今まで自信ありげな顔していた店主が困ったように鼻の下を擦る。

「でさ。中身はあんまり、うちの店じゃあいじれなくってさ。だから外だけなんだよなあ」

(…どうりで、早いわけだ)

呆れたパイアールは大きな溜め息を吐いた後に店主を睨みつける。

「…分かった」

カードで支払って、ハルミナを連れて外に出た。


パイアールが見上げてみると、ハルミナは泣きそうな顔で見つめてきた。心境は分かる。今まで異性になった事などなかったのだろう。しかもそんな色気たっぷりの義体に。

「パイアール。…私の身体は不完全です」

甘い低温で泣きそうな声で。ちょっと手に負えない。

パイアールは片手で目を覆い、大きな溜め息を吐いた。さすがに義体自体を取り換えることは出来ない。綺麗な新しい身体になった事に異存はないだろう。そう決めてその先の話をする事にした。

「ああ。分かってる。…せめて、お前のマニュアルでもあればなあ」

知らない古い機種の人型コンは扱いが難しい。

「あります」

「え?じゃあ、あの店の奴に見せりゃあ良かったんじゃないか?」

「…私の主人である、パイアール以外には見せません」

(…つまり、俺に直せと)

ハルミナの長い金色の睫毛に滴が引っかかっている。溢さないように眉をぎゅっとして、口元も引きつっていた。

「分かったよ。…見せてみろ」


宇宙港まで行くと搭乗手続きが終了していたパイアールの船が、予備庫に入っていた。まだ燃料や電気系統の確認が終わっていないらしく、正式なドックには入っていない。

ドアの開閉はできるが中は薄暗く、予備灯を付けても通常の半分位の明るさだ。

パイアールはハルミナを伴って中に入ると、ブリッジに行き中を見回す。小型艇とはいえ大きな構造になっている。

どうやらこの船を設計した人物は、このブリッジで航行中の大体を済ませようという意図で作ったようだ。


パイアールは操縦席にハルミナを座らせると、ハルミナの頭の回線をコードで船の回線に繋ぐ。パッとメインモニターに構造が映った。

(…複雑怪奇。仕方ねえな。少しずつやるか)

モニターを見ているパイアールをハルミナが不安そうな顔で見ている。その視線に気付きニッと笑ってからハルミナの首からコードを抜くと、パイアールはハルミナを連れて船を降りた。


街中に修理に必要な部品を買いに行くことにした。

パイアールの後ろからついてくるハルミナを、男たちが厭らしい目線で見ている。パイアールはそれを無視して歩いているが、本人はそうはいかない。不躾な目線に歩きにくそうだ。

「パイアール。私はやはり変ですか?」

「…いいや。魅力的なんだろう?」

パイアールの台詞にハルミナは困った顔をする。

「…私は作られてからずっと、男性の形をしていました。…いきなり女性になるというのは、変な気分です。」

男ならだれでも一緒の意見だろう。

(俺だって、単に子供になっただけだから良いようなもので、これが少女だったりしたら、今頃はヤバかったかもしれん。精神的に)

ゴート商会の会長がそんな趣味じゃなくて良かったとパイアールは思う。いや、まあ、そうなったらなったで覚悟を決めていただろうが。



街中のジャンク屋を何件もはしごして吟味したが、置いてある部品は新しいものが多くて、旧式のハルミナの部品は中々集まらない。

だからといって新品と旧品を混ぜて接続する怖さを、パイアールは知っていた。

眉根を寄せているパイアールをハルミナが心配そうに見ている。

「大変でしょうか」

「うん?此処じゃ部品は無理だな」

パイアールの答えにハルミナがさらに眉尻を下げる。その顔に笑いかけながらパイアールは耳元のカフを触る。

「大丈夫だ。伝手があるからな」


パイアールは船に戻り特殊暗号通信網で、ゴート商会の会長を呼び出す。待たされるかと思われたコールは意外にも早く繋がる。

『どうしたんだ?お前がこんなに早く連絡を寄越すなんて』

「ああ。悪いな。…船の部品がどうしても無くてさ」

『そんな事か。…本社に連絡をすればいい。伝えておこう』

「悪い。助かるよ」

パイアールの見ているモニター越しに、ディナイが何かを呟いた気がした。

「…ん?」

気付いたパイアールが返事をすると、何も言わずにディナイは淡く微笑んだ。

(…あんた、そいつをどれだけ好きだったんだよ?)

パイアールは通信を切ってから溜め息を吐く。

(他人の思いは、分かんねえ分扱いづらいな。どう触ってどう配慮すればいいのかが分からない。ましてやほとんど交流もない相手だ)


通信を切り、欲しい部品をパイアールがリストアップしている間、隣の席でハルミナはその横顔を見ている。

出来上がったリストをゴート商会の本社に送ると、すぐに返信が届き、大至急転送するが数時間欲しいという事だった。了承の返事をしてハルミナを見ると、まだパイアールを見ている。

「部品が届くまでは暇だな」

「…パイアールの事を教えてください」

薄暗い船の中で、ハルミナが微笑んだ。

「…俺の事?」

「…はい。…あなたのことを」

(…俺の事、ね)

今はまだ誰かに話す気分にはなれないパイアールは、やんわりと断ってみる。

「人に語るような人生は歩んじゃいねえけど」

「…それでも良いんです。…だって私達は会ったばかりですから」

確かにそれはそうなのだが。

「…それなら、俺はお前の事を知りたいぜ?ハルミナ」

「私、ですか?」

「ああ」

(これから、相棒になるだろうお前の事をな?)


パイアールは買ってきていた酒を片手に、ハルミナの前に座りなおす。

薄暗い明かりの中でも、ハルミナの美しさははっきりと見える。この義体になってもハルミナの緑の瞳は美しい。

少し首を傾げてハルミナが語りだす。

「…私は最初、ブルースターの植民地、サンドスターにいました」

「船に乗っていたんじゃないのか?」

「はい。私はその時のマスターに言われて、一緒に農作業をしていました」

(…人型コンに農作業させるって。一般のロボットとは違うんだぞ?)

パイアールは元の持ち主に苦笑を浮かべる。

「…サンドスターは、名前こそ砂ですが、それはとても美しい自然の豊かな星です」


パイアールはハルミナの話を聞きながら、酒を飲んでいる。

(この義骸は全く高性能で、こんなところまで俺の脳を使って再生をしているらしい。…酔わねえわ)

話は続いていて、ハルミナは余程その星が好きだったのか、それともそのマスターを好きだったのか、何時の間にか両手を握りしめながら強く語っている。

「そこにも、四季があって春には一面に菜の花が咲きます。黄色くて小さな花ですが、群生すると、」


…その時、パイアールの耳の後ろあたりで、気配が動いた。

音がした訳じゃない。何かが動いたわけじゃない。

だが確実にそれはパイアールの中の、何かのスイッチを押した。



ぶわっと正面から風が吹いた。

目の前に、広大な青空と大地が拡がった。


高い山が薄く視界の果てに見え。

黄色い花が大地を覆い尽くしていた。花弁が空中に舞い散っている。


「…な…」


パイアールは自分の感覚を疑った。

目を擦ってもう一度目を開ける。



「…パイアール?どうしましたか?」

そこは薄暗い船の中だった。

ハルミナがおかしな動きをしたパイアールを気遣っている。

「…あ、いや…。少し」


(…何だ、今のは)


「さっきから、飲み過ぎですよ?パイアール」

ハルミナがパイアールの側に来て、屈み込んで見る。

(そこからこぼれそうだから、それ以上屈むな)

「顔があかいです、パイアール?」

「…いや、それは酔ってる訳じゃねえから」

ハルミナが首を傾げる。


(ああ。俺やばいかも。

こいつの中身は男だってわかってんのに。

もともと声が甘いんだよ。男のくせに。

…これに慣れたら、俺、いろんなボーダーを越えちゃいそうだ)


パイアールの困っている顔を覗き込みながら、ハルミナが再び首を傾げるのを見て、前途は多難かも知れんとパイアールは苦笑を浮かべた。



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