思い出運びます・2

定期船の小さな窓から見る宇宙空間は、何時もの時間に心を戻してくれるようだとパイアールは溜め息を吐く。船内のアナウンスから連邦領域の外れだと知れた。


個人のコロニーから直通のコロニーはなく、数回ほど中継のステーションを経由して、大きなコロニーに着いた。

大抵のコロニーはその宙域で有名な星の名前を付けられている。ここはミラの名前が付いていた。

(確かここはジャンク屋が多くいて、変わった船が売っていたはずだ)

宇宙港から出て街用に作られたゲートをくぐると、騒がしい街中に出た。此処は筒形の幾分古いタイプのコロニーで、空はなく頭上まで地面が続くような場所だった。


パイアールはゴート商会から貰った自分の所属カードを見せて、船を見せて貰おうとした。

「はあ!?ぱ、パイアール!?」

「ああ」

店の店主はパイアールの名前と顔を何度も見た後で、即効、連邦軍に連絡を入れたらしく、パイアールは今、前後を軍人に挟まれて立っている。

(この顔で海賊と思うとかあるか?)

辺境ともいえるこの場所で、パイアールの顔を知っているものなどいないという事に気付かず、顔が変わっているのだから大丈夫だと思っていたのが裏目に出たらしい。

パイアールがどうやって、連邦軍どもを蹴散らすかを考えていたら。


「…げ」

前方から、見知った人物が歩いて来た。パイアールはげんなりと眉を下げる。

今日は厄日か?


物凄い満面の笑みで近づいてきた金髪碧眼の美男子は、その笑みを崩さずにパイアールの真ん前に立つと、そのまま見降ろしてきた。

連邦軍の制服を着ているその人物は、パイアールにしてみれば会いたくもない相手だったのだが、パイアールから目を逸らさず、前後に立っている連邦軍の制服を着ている二人に、その美男子は問いかける。

「パイアールを捕まえたって聞いたのだけど。…まさか、その可愛い子じゃないよねえ?」

肩に着いている徽章を見るまでもなく、他の軍人が姿勢を正して頷いていた。

「…どれを捕まえて可愛いなんて言ってんだよ。相変わらずお前は**野郎だな」

「おやおや、そんな顔も可愛いねえ」

その余裕の笑みが気に入らない。

しかし、パイアールを連行していた軍人を有無を言わさずに帰して、手招きをするものだから仕方なく後を付いて町中にある店に入る。

ブルースターの、有名なMのマークのあれだ。


何も言わずにカウンターでパネルを触って注文をする軍人を見ながら立っていると、ちらりと目線を投げかけられ、仕方なくパイアールも注文をする。

待っている間も何も喋らず、ただパイアールの隣に立っている美男子は、アンドロイドが渡してきたトレイの上に乗る大量のポテトを、笑顔のまま片手に持って歩き、奥まった席にパイアールを手招きすると、そのまま隣に座って来た。


まだ笑っているその男を見上げながら、大きな溜め息を吐いてコーヒーを飲むと、パイアールは観念した様に口を開く。

「へえ。お前、大尉から少佐になったのか」

肩の徽章が以前よりも豪華になっていた。

「…君が捕まってくれたら、もう少し階位が上がるのだけどねえ?」

「…やなこった。」

その返事すら気にせずパイアールの事を楽しそうに見ている。

気色悪いなと思いながらパイアールが見返していると、ふと笑顔をひっこめて真顔になった軍人は小さな声で聞いて来た。

「…何で、そんな事になったんだい?」

「…アスランには関係ないだろ」

パイアールも小さく答えると、アスランは変な笑みを浮かべた。

「それにしても、随分可愛くなっちゃって。今晩どう?」

「死ね。遠慮はいらねえ」

「ふふ。いいねえ」

パイアールはニマニマと笑いながら見降ろしてくるアスランに閉口する。

そんなパイアールを眺めながら大量のポテトを頬張るアスランを何も言わずに見ていると、スプラッシュをごくりと飲んでから、再びアスランが口を開いた。


「…メシエ1058の所に、ブラックホールが発生したのを、知っているかい?」

一瞬で顔をこわばらせるパイアールを、真面目な顔でアスランが見ている。持っていたコーヒーのカップを握りつぶさないように、そっとトレイに置くとパイアールがアスランを見る。

「…分かってて聞くのは、相変わらずだな」

「ごめんね。僕の性分でね?」

隣で笑っているアスランを軽く睨む。

「……そうだ。それに巻き込まれた」

「よく、生きていたねえ?」

パイアールは、それ以上は言わない。

アスランも、何も言わない。


軍と海賊の立場とはいえ、二人は良く顔を会わせて言葉も交わしていた。中立地帯では今のように隣で酒を飲んだ事もある。

海賊の船が一つの家族であることも、アスランは知っていた。

ましてやパイアールだ。

義賊だと賛辞を受ける様な、この広大な宇宙でも名を馳せているような海賊だ。その仲間はその矜持と共に生きていたはずだ。勿論本人も。


黙っているパイアールを見ながら、アスランは少し焦っていた。

前のパイアールならば、ただ黙って席を立ち、送り出すだけにしただろう。けれど今のパイアールはアスランのどんぴしゃだったのだ。

このまま泣きそうな美少年を置いていけるほど、アスランは腐っていない。

…はずだ。


「そうだ。君が別人だって通達を出してあげるよ」

さも良い事を思いついたように、アスランが両手でパチンと音を鳴らした。

「…はあ!?何の冗談だ!?」

びっくりしたパイアールが大きな声を出すと、それが嬉しかったのかアスランはうきうきと語りだした。

「だって君、ゴート商会の正式なカードを持っているのだろう?なら良いじゃないか。新たな人生を歩みなよ!」

どこかの安いドラマみたいな事を、恥ずかしげも無く言い切る男をパイアールは呆然と見ている。

「…いかれたか?」

「ふふ。君が可愛いからだよ。いま、君は僕のハートを鷲掴みだよ?」

ぞわりとパイアールが身体半分引くと、笑いながら近寄ってきて耳元で囁いた。

「…どうせ船に乗るのだろう?何かの時はよろしく頼むよ?」

「…は?」


パイアールに、にこやかに笑いかけて手を振りながら立ち去って行くアスランを、そのまま呆然とした顔で見送ってしまった。

アスランが立ち去るまで見守っていたら、本当にどこかに連絡を取っているようだから、パイアールはこのまましばらく待つことにした。…30分もしたら通達は回りきるだろう。


パイアールはコーヒーのストローを咥えながら考える。

(…どんな船にするか。

今までは、旧式の船に乗っていて、アシスタントマシーナリー、いわゆる人型コンは積んでなかった。

今度は誰もいないんだから、積んでもいいかもな)


誰もいない。

パイアールは自分の言葉にぎくりと身体を震わす。

(…チロル。

お前のおかげで、俺は生きているよ。

ああ。くそ。

この義骸は、そんな所まで作ってあるのか)


パイアールは下を向いて、零れる涙を拭く。

(俺の仲間。

俺の船。

全てを失っても、俺は生きている。

…生かされている。

なら俺は、笑って生きるべきだ。

あいつらの分まで)



手元の時計で30分を過ぎた事を確認する。

立ち上がってダストボックスにごみを入れると、素知らぬ顔でパイアールはジャンク街に繰り出した。


船を扱っている店は、その店先にカタログをホログラムで映し出している。それを見ながらパイアールは店をはしごしてゆく。

最新型はさすがに高い。

買えない事も無いが、今後の事を考えるともう少し安いのが欲しい。

立ってにこやかに笑う人型コンも、可愛いのからマッチョまで、何でも揃っている。…マッチョは誰が買うんだろうかとパイアールは首を傾げた。作られているという事は何処かに需要があるのだろう。

使用した事がないとはいえ、ある程度の知識はある。


安い船を探して歩いているうちに、町の外れまで来てしまった。この先に店はないようで赤黒く錆びたような鉄くずの山が、行き止まりに積み上がっている。

部品の山が出来ている。しかも何処の店にも使えないと放置されたガラクタの山。

錆が浮いた山にはさすがに用は無い。


パイアールが引き返そうと思った時に、視界の隅にちらりと長い髪が見えた。

「え?」

思わず声が出た。

(まさか、鉄くずの中に人がいるのか?)

見えた髪を確かめようと、金属の山を払い除ける。

そこには、非常に美人な男がいた。身体が破れて、機械部分が出ている。


人型コンか。

頭蓋の部分も壊れていて、下半身は壊滅的。

(…これじゃあ使えねえなあ)

頭蓋の穴から、中の機械の認証コードが見える。

「HAR-M28I47N65A2349」

随分古い型だ。

「…ハルミナ、か」

パイアールが呟いたとたん、その機体は目を開いた。

「…あなたは、どなたですか?」

驚いて少し手を引っ込める。

(う、動くのか。これで?この状態で?)

綺麗な緑の眼が瞬いている。

「…あなたは、誰ですか?」

「…俺は、パイアール」

眼がさらに光源を強め、ちかちかと光った。

「…すみません。登録されていません」

「それはそうだろう」


パイアールが黙っていると、その機体も静かに見つめたまま口を閉じている。一部は錆びていて長い間放置されていた事は考えなくても分かる。

船と人型コン。それを探していた事をパイアールは思いだす。

手元の資金は潤沢。きびすを返して眺めていた店のどこかに入って、最新型とは言わなくても性能のいい人型コンだって買える。

けれども、こうも思う。

自分は何時だって自分の勘を信じて、仲間を集めてきた。その仲間に間違いはなかった。多少気が合わなくったって、一緒にいるうちに気心も知れてきたんだ。


(…決めるか)

パイアールはその機体を担ぎ上げてみた。

もちろんズシリと重い。

しかし、義骸は丈夫に出来ていて、その機体を運び込んだ店でパイアールを見せろと詰め寄られたぐらいだ。…企業秘密だ。それ以上近寄るなと牽制を掛けた。


パイアールは、その人型コンを接続できるような、人型コンの搭載されていない船を探す。人型コンがなければ案外安い。

小型で頑丈そうなのを選ぶ。パイアールは眉を寄せながらカタログを見る。

(…俺の操縦は荒いからな)

そう思いついて、その評価をしていた人達を思い浮かべて。過去の船を思い出さないように選んでいる自分に気付き、パイアールは苦笑を浮かべる。

人型コンを治すのにどれくらいかかるか分からないと言われたので、パイアールは街中の安いホテルに部屋を取った。


入り口のパネルに入力をすれば泊まれるような安い宿だ。拒まれる事もなく愛想笑いをされる事もない。小さなブロックキーを受け取り部屋に入ると、パイアールはベッドに倒れ込んだ。

(…目まぐるしい。

なんでこんなに、忙しいんだ。

落ち込む暇もねえ。

きっと目を閉じたら次の日の朝だ)


部屋に明るい光が差し込んでいる。パイアールは頭を掻きながらベッドから起き上がると、手元の時計すら見ずに苦笑を浮かべた。

(…ほらな?)



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