エピローグ
エピローグ ~誓い~
4月15日(Sun)
頭上からは歓声のような絶叫のような叫び声が聞こえ、左右からは眠気を誘うオルゴールのメロディや軽快なリズムの音楽。
春の暖かい日差しが遊園地の賑やかな雰囲気によく似合っていた。
「次はあれ乗りたいっ!」
お気に入りの苺の飾りがついたヘアゴムで髪を二つに結った早河真愛は父親の手を引っ張っている。早河仁は真愛の指差す先を見た。
『あれって……ジェットコースターに乗りたいのか?』
「うん! あれ乗る!」
真愛の小さな人差し指が示す先にはパステルカラーで彩られた小児用のミニジェットコースターがあった。
笑顔の真愛とは対照的に早河は苦笑いして、ジェットコースターの列に真愛と共に並ぶ。なぎさは列には並ばずに、可愛くポーズをとる真愛をスマートフォンのカメラで撮影していた。
早河は幼少期に家族と遊園地に来た記憶がない。こんな風に、父と母と手を繋いであの乗り物が乗りたいとワガママを言った経験もない。
ジェットコースターに乗り終えて真愛はご満悦の表情だ。対象年齢が小学校低学年までの小児用と言っても高低差のあるレールの上を物凄い速度で走るジェットコースターに乗せられて、早河は頭が少しクラクラしている。
(まぁ、真愛が笑ってるならそれでいいか)
元気いっぱいな真愛の笑った顔が見られるのなら苦手なジェットコースターにも付き合えてしまえるものだ。
「メリーゴーランド乗ってくる! ママ、乗り物券ちょうだいっ」
「ひとりで乗れる?」
「もう二年生だもん。ひとりで乗れる!」
真愛はこの春に小学二年生に進級した。最近は何かにつけて“二年生だもん”が口癖だが、3月生まれの真愛は先月に七歳を迎えたばかりだ。
乗り物券を持って真愛がメリーゴーランドの列に並んだ。早河となぎさもメリーゴーランドの前のベンチに移動して少々休息の時間だ。
早河はベンチの背にもたれて、冷えたペットボトルを額に当てる。
「大丈夫?」
『なんとか。あの元気は凄まじいな。おてんば娘に育ったものだ』
「皆でおでかけが久しぶりだから真愛も嬉しいのよ。あ、こっちに手振ってる」
係員に抱き上げられた真愛が白馬の上に跨がった。両親を見つけた真愛が手を振っている。早河となぎさも真愛に手を振り返した。
音楽が流れてメリーゴーランドが動き出す。
そう言えばなぎさに告白をしたのは廃園となった遊園地の寂れたメリーゴーランドの前だった。あれから随分と時が過ぎた。
「あのね、話があるんだけど……」
『ん? 何?』
「赤ちゃんできた」
『そう。……え?』
回るメリーゴーランドをぼうっと眺めていた早河は驚きのあまり手に持つペットボトルを地面に落としてしまった。それを慌てて拾い上げた彼はなぎさの下腹部に目をやる。
「金曜日に病院行って来た。予定日11月の下旬だって。今度は冬生まれの子だね」
早河はまだ頭が混乱していた。なぎさの妊娠を聞かされても、子どもができる心当たりがないわけではない。しかしまったくの想定外の出来事に彼の思考が追い付かなかった。
「二人目できて嬉しくない?」
『いや……そうじゃなくて……』
早河が放心している間にメリーゴーランドの旅から真愛が帰って来た。
「パパどうしたの?」
ツインテールの髪を揺らして両親のもとに駆けてきた真愛は黙り込む早河を見上げて首を傾げる。真愛の目の前で早河はなぎさを抱き締めた。
『……なぎさ。ありがとう』
耳元で囁かれた早河の言葉になぎさの頬もほっと緩む。真愛は両目に手を当ててにやにやと笑っていた。
「きゃーっ! パパとママがらぶらぶだぁ」
「ふふっ。真愛はお姉ちゃんになるんだよ」
早河に抱き締められたまま、なぎさが真愛の頭に手を伸ばす。彼女は真愛のツインテールの髪を優しく撫でた。
「お姉ちゃん?」
「ママのお腹の中に真愛の弟か妹がいるの」
きょとんとした顔の真愛は次第にその言葉の意味を理解して跳び跳ねた。
「お姉ちゃんになれるのっ? やったぁ!」
真愛がまだ保育園の頃に、弟か妹が欲しいとねだられたことがある。動物が沢山出てくる絵本の中で動物達に兄弟がいる描写が羨ましかったようだ。
子どもは欲しいとねだられても簡単に出来るものでもない。妊娠しても出産までの10ヶ月間、胎児が無事に育つ保証もない。
そもそも命が産まれることが奇跡なのに人は時々それを忘れがちだ。
ここから、大切に育んでいこう。
伏せていた早河の目に浮かぶのは感涙の雫。
「あれれ? パパ泣いちゃったよ」
「パパって泣き虫さんだよねぇ」
『これは嬉し泣き。二人目……家族が増えるのか』
早河は真愛を抱き上げて膝に乗せた。ここにあとひとり、冬に生まれてくる我が子が加わる。
幼い頃に母親を、高校生の時に父親を亡くして孤独だった自分が家庭を持って二児の父になる。すべては彼女に出会えたおかげだ。
彼はなぎさの肩を抱いた。見つめ合う夫婦の間にいるのは最愛の娘。
『愛してる』
「私も」
「ちょっとぉー! 全部聞こえてるし全部見えてるんですけどぉ!」
両親の甘い時間を見せ付けられた真愛が笑顔で抗議する。早河となぎさは真愛の小さな身体を二人で抱き締めた。
『真愛。大好きだぞ』
「ママも真愛が大好き!」
「へへっ! パパとママは甘えん坊さんなんだから!」
三人でぎゅっとくっついて抱き締め合う。お腹の子も入れると四人だ。
真愛の笑い声が青空の遊園地に響いていた。
季節は2018年春。
これからも彼らの物語は続いていく。
きらきらの未来に向けて一緒に歩こう。
“いつか、また。どこかで会いましょう”
完結編 魔術師 END
→あとがきに続く
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