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 江ノ島のリゾートホテルからは二人の男の死体と、気絶していた男女二名が発見された。


 佐藤と美月、貴嶋の証言から死体で発見された男の通称はバルバトスとアモン。双方の身体には佐藤に撃たれた銃創の他に佐藤が所持していたマカロフとは弾丸の形状が異なる致命傷があった。

アモンが握っていた銃の弾と致命傷の形状が一致、二人を殺したのは佐藤ではなく、アモンがバルバトスを撃った後に自殺したと警察は判断を下した。


 気絶していた二名の男女の通称は男はバティン、女が中国国籍の不法残留者のグレモリー。バティンの左腕には真新しい刺し傷が見られ、それは隼人が襲われた時に暴漢に抵抗してハサミで負わせた傷だった。


バティンの声を録音した音声を被害者の隼人と目撃者の菜々子に聞いてもらった。犯人の声を隼人はうろ覚えではあったが菜々子はハッキリと「桃色学園プリンセスのコハクの声に似ている」と告げた。

菜々子から確実な証言が得られたことでバティンは木村隼人の殺人未遂容疑で逮捕された。


 子ども達が監禁されていた鎌倉山の木犀館にいた三名はアーサーレイノルズと他、アメリカ国籍の男、通称をオロバスと言う日本人の女だ。


 ダンタリオン、べリアル、シトリー、アモン、バルバトス、バティン、グレモリー、オロバス。ソロモン72柱に倣って名付けられた八人の悪魔とアメリカ国籍の二人の男が未成年者集団自殺事件から端を発した一連の事件の首謀者だった。


        *


 逮捕後も黙秘を貫いていた土屋千秋は1月28日の未明から少しずつ供述を始めた。


 千秋の出身地は日本の南の地域の小さな町。彼女は町長一家の第一子としてこの世に生を受けたが、厳格な町長の家系は典型的な男尊女卑思想。

第一子が女であったことに千秋の両親も親戚一同も落胆していた。


その後に年子で生まれた千秋の弟を両親と親戚は猫可愛がりをして誰も千秋には見向きもしない。それは千秋の性が女であるが故だった。


春生まれなのに秋の名前を付けられたことも、男ならば千明ちあきとなるはずだったのを女であったために秋の漢字に変更した。彼女の親は女の名前を考えるのも億劫だったのだ。


 町で一番の進学校を卒業した千秋は東京の私立大学に進学した。千秋に無関心な両親は東京の大学への進学に賛成も反対もしない。

ただ金銭的な面での不自由はなかった。子どもには金さえ出しておけばいいと考える親だったと千秋は淡々と語った。


千秋が進学した大学は木村隼人と渡辺亮の母校の啓徳けいとく大学。彼女が工学部1年生の時に渡辺は工学部の大学院生だった。

隼人と渡辺に千秋との面識や接点はない。


 さらに捜査本部の刑事達を驚愕させる事実が浮上する。土屋千秋は大学時代、あの珈琲専門店Edenでアルバイトをしていた。

Edenは9年前まで四ッ谷駅前に店舗を構えていた人気のカフェだ。

Edenのマスターの田村は犯罪組織カオスのスコーピオン。彼は9年前に自ら命を絶った。


 Edenに勤務していた当時を千秋は振り返る。


「香道なぎさとはEdenで何度も会ったことがあります。あの人は店の常連だったので。私はあの頃とは髪型も変えてますし、向こうもただの店員の顔も名前も覚えてはいないでしょうね」

『その頃からお前はカオスに入っていたのか?』


上野が尋ねると千秋はかぶりを振った。


「当時はマスターの田村さんの正体も知りませんでした。従業員もマスターも普通にいい人でした。Edenが閉店した理由もマスターが病気だからと聞かされていましたし、カオスの存在もキングが逮捕されてからニュースで知ったんです」

『それから貴嶋とカオスに興味を持ったんだな?』

「……はい」


 取り調べに応じる千秋の口調はダンタリオンの男口調ではなく普段の口調に戻っている。ダンタリオンの仮面を着けている時のみ、彼女は男性として振る舞い、男として生きていた。

千秋が憧れた宝塚の男役が千秋の理想とする姿だったのだ。


「私はキングに憧れました。まるでモリアーティみたいな、知性、権力、財力、カリスマ性の備わる犯罪界の帝王。ネットに散乱するカオスやキングの情報を漁るうちに私は沢山の同士を見つけました。それがバルバトス達です。バルバトス達もキングに憧れていた。……いえ、崇拝していた。キングは世の中の片隅で生きている私達の心の拠り所だった」


大学で情報通信学を学んでいた千秋には人並み以上のITの知識とスキルがあった。彼女は〈貴嶋佑聖を慕う者達へ〉と題した貴嶋のファンサイトを開設。サイトに集う同士達と貴嶋への想いを日々語り合った。


「私が刑事になったのはキングに会うためです。警察に入ればキングの情報が手に入る、いつかキングにお会いできる日が来ると信じていました」


 啓徳大学卒業後に警察学校に入校。警察官になるための教育と訓練を経て、彼女は刑事になった。


 千秋が警視庁に配属された2年前の2016年10月23日。ついに彼女は行動を起こす。

東京拘置所のセキュリティデータをハッキングし、セキュリティが無効になった拘置所に忍び込んだ彼女は貴嶋の独房の鍵を外した。


「キングは最初は奇妙そうに私を観察していました。私の意図を探っていたんです」


7年間の牢獄暮らしに別れを告げて自由の身となった貴嶋は千秋に問いかけた。


 ――“君の望みは何?”――と。


「私の望みはキングの復活。もう一度カオスの栄光を取り戻してキングは再び絶対的な支配者となる。それが私の望みでした」


日の当たらない日陰の人生に差し込んだ一筋の光。千秋にとって“犯罪組織カオスのキング”は光そのものだった。


 取調室には聴取を担当する上野の他には小山真紀がいる。マジックミラーの向こう側では同僚の芳賀敬太と杉浦誠が千秋の供述を聞いていた。


 脱獄した貴嶋に千秋はスマートフォンと潜伏先を与え、彼らは密接に連絡を交わしていた。

貴嶋に渡したスマホのGPSで千秋はいつでも貴嶋の居場所を特定できた。警察が血眼になって貴嶋を捜索している最中でも千秋だけは貴嶋がどこにいるか把握していたのだ。


『未成年者の集団自殺。貴嶋はあの事件は自分の命令でやらせたことではないと言っているが、主犯は誰だ?』


昨年から相次いだ未成年者集団自殺事件に貴嶋は関わりがないと主張している。


「あの主犯はシトリー……小柳の独断です。小柳はちょっと頭がおかしい奴で、キングが本物の神だと信じ込んでいました。未成年の子どもの純粋な魂を捧げればキングが復活するとか言い出すので、試しに好きにやらせていたらああなって……。あれは現代の神への生け贄の儀式だそうです。演出としては面白みのある趣向ですよ」


 小柳の自殺の原因はイジメではなく、小柳を溺愛する母親にあると千秋は指摘した。千秋のように親に愛されずに育った過去が起因して心が屈折する者もいれば、溺愛や過干渉も子どもの心と人生を壊す。どちらも世間からは毒親と呼ばれる。

小柳の母親は自分の行き過ぎた愛情が息子を死に追いやったとは夢にも思わない。皮肉なものだ。


「キングの復活を望んでいたのは私や小柳だけじゃない。バルバトスやバティンもキングと犯罪組織カオスの復活を望んだ。私達はそれぞれの理想を抱いてネットの中で集まっていました」


 本名も顔も年齢も知らない、世間から疎外された日陰の者達は千秋が開設した〈貴嶋佑聖を慕う者達へ〉のファンサイトに集い交流を重ね、いつしか交流場所はトークアプリに移った。

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