7-8

1月27日(Sat)


 病室の窓から注ぐ太陽の光が眩しい。

木村隼人は昨日見舞いに訪れた松田が持ってきてくれたビジネス雑誌のページをめくった。今朝からようやく上半身を少しの時間だけなら起こしていられるようになり、疲れない程度に隼人は雑誌に視線を走らせた。


朝食後のコーヒーも煙草も当分は我慢だ。身体が動くようになったら下のカフェテリアに行ってコーヒーを飲みたい。

朝食は味気ない病院食。美月の手料理が食べたい。美月に会いたかった。


『パパー!』

『……斗真!』


 病室に駆け込んで来た愛しい息子の姿に隼人は目を見張る。点滴が巻かれた腕は自由に動かせなくても、隼人は精一杯両手を使って斗真を抱き締めた。


「……隼人」


娘の美夢を抱いた美月が病室の入り口に立っている。美夢も隼人の姿を見つけると笑って小さな手を振っていた。

隼人が美月に手を差し伸べる。


『お帰り』

「……ただいま」


 恐る恐る病室に足を踏み入れた彼女は差し出された隼人の手をとって寄り添った。


「隼人、あのね……」

『佐藤と最後のデートしたんだよな。上野さんに電話もらって聞いた』

「うん……」

『そこで何があったかは聞かない。話さなくていいよ。俺が言いたいことはひとつだから』


斗真は隼人にべったり甘えて彼の側を離れない。隼人は斗真と美夢の頭を撫で、その手を美月の左手に添えた。


『これからも俺と一緒に生きてくれる?』

「……いいの? だって……そんなのずるいよ。私は……」

『俺が美月に側に居て欲しい。美月以外には考えられないんだ。俺の側にいるのは苦しい?』


 斗真と美夢が不思議な顔をして父と母のやりとりを見上げている。


 大切なものしか人生にはない。大切なものを守りたいから、だから苦しい。

ここで泣くのは反則だ。卑怯だ。そう思っていても美月の目からは止めどなく涙が溢れている。


「苦しいよ……。私は欲張りだから隼人も佐藤さんもどっちも好きで、どっちからも離れられなくて……だからいつも隼人の優しさに甘えてごめんなさい。……隼人の側に居させて欲しい。こんな私でも一緒に居ていいなら……ずっと一緒に居たい」

『じゃあ一緒にいよう。ずっと、みんな一緒だ』

『みんな! いっしょ!』


斗真が笑い声をあげて隼人の言葉を繰り返す。“みんな一緒”の意味を4歳の斗真は理解していた。

やっと美月が笑顔を見せる。ベッドに腰掛けた彼女の身体は美夢と共に隼人の腕にくるまれた。


『ママずるいっ! 僕もだっこ! パパだっこ!』


 ベッドの下で斗真が頬を膨らませて隼人に抱っこをせがむ。隼人も美月も笑って、斗真の手を握った。


『斗真はここにおいで』


靴を脱がせた斗真もベッドに上がる。隼人の膝の間に入れてもらって上機嫌な斗真、美月の腕の中で眠そうに目をとろんとさせる美夢。隼人は愛しい家族を抱き締めた。


『斗真。ちょっと目隠しな』

『えー? 見えないー』


 隼人の大きな手が斗真の目を覆う。目隠しした息子の側で美月と隼人の唇が触れ合った。

子ども達に見られないようにこっそりと、二人は未来に続く誓いのキスを交わす。


 赤い糸の相手がひとりだけなんて、誰が決めたの?

二人いてもいいじゃない。

美月と隼人、二人の左手薬指の誓いの指輪が朝の光を反射して煌めいていた。

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