7-5
――最初から永遠の見えない、絶望的な恋だった――
*
神奈川県警鎌倉警察署内。上野恭一郎はブラインドを上げた窓辺で物思いに耽り、早河仁は腕組みをしてソファーに座っていた。
部屋の掛け時計が午後11時50分を示した。街が真夜中に溶ける時間だ。
『あと10分ですね』
『ああ』
早河と上野の短い会話。落ち着き払っているのはこの二人だけ。
同じ室内にいる鎌倉警察署の相馬警部や県警本部の刑事達はしきりに時間を気にしていた。
暗い窓に映り込む上野の顔に笑みはない。佐藤が約束の午前零時までに出頭しなかった場合は即刻、指名手配をかけて佐藤と共にいる美月も犯人蔵匿や隠避の罪に問われる可能性がある。
神奈川県警の刑事達は美月の動向を危惧しているが彼らの心配も取り越し苦労に終わるだろう。佐藤は美月に犯罪の片棒を担がせはしない。美月が佐藤にこれ以上の罪を犯させることもない。
12年前の二人の悲恋を知る上野はそう確信していた。
零時まで残り5分を切った頃、警官に連れられた佐藤と美月が刑事課に入ってきた。
『銃を所持していたので押収しました』
警官がビニール袋に収めた拳銃を上野に渡す。上野は美月と佐藤、双方の顔を交互に見た。
「上野さん、ワガママ言ってごめんなさい」
『いいんだ。信じていたよ』
謝る美月の目は赤く充血している。ここに到着するまでに相当泣いたようだ。
美月の泣き顔を前にしても上野は非情にならなければいけない。彼は警察官だから。
『佐藤瞬。殺人容疑で逮捕する』
残酷な響きを伴って上野は佐藤の両手首に手錠をかけた。
佐藤の背中にしがみつく美月がその瞬間を見届ける。覚悟していたことなのに美月の目から溢れる涙が止まらない。
刑事達が佐藤を連行しようとしても美月は佐藤の背中に顔を伏せて動かない。婦警が美月の身体を揺さぶっても、彼女は佐藤から離れなかった。
『……美月』
美月は佐藤の声にだけ反応を見せた。佐藤は眉を下げた顔を後ろにそらす。
『離れなさい』
「やだ……。嫌だよ。置いていかないで……」
泣きながら駄々をこねる美月の手に彼は手錠の嵌まる自身の手を重ねる。指と指を絡めて繋いだ手に現れるのは赤い糸の幻。
『子どもじゃないんだからワガママは止めるんだ。俺はもう、お前と一緒には居られない』
背中越しに美月が身動ぐ気配がした。佐藤の腰に回る美月の手がゆっくり降ろされる。
佐藤を取り囲む刑事達が美月と佐藤の間に割り込んで佐藤は別室に連れて行かれた。
佐藤の姿が見えなくなって泣き崩れる美月に上野も早河もかけてやる言葉が見つからない。
時計の針が午前零時を無情に告げる。白昼夢の魔法は解けてシンデレラの夢物語は幕を閉じた。
目覚めたら終わる永遠に何度絶望してもそれでも永遠を信じていたかった。
王子様なんて本当はいない。
硝子の靴も綺麗なドレスもかぼちゃの馬車も本当は全部、幻の夢?
どこまでが現実でどこまでが夢?
彼と彼女の存在も
彼と彼女の悲恋も
彼と彼女の逃避行も
本当は全部、幻だった?
でもこの心の痛みは夢じゃない。夢じゃないんだよ……
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