6-9
東京・午後7時59分。地下駐車場に停まる車の中でダンタリオンは秒針を刻む腕時計を見下ろして意気揚々としていた。
一秒の狂いもない腕時計が秒数をカウントする。あと45秒、30秒、22秒、15秒……。
時計の針が午後8時を示すと彼は自分以外は誰もいない車内で高らかに笑った。新時代の幕開けだ。待ちわびた時がようやく……
ダンタリオンが乗る車の助手席の扉が開かれた。断りなく車内に乗り込んできた人物にダンタリオンは狼狽する。
「話があるの」
警視庁捜査一課刑事の小山真紀は運転席にいる彼の隣に平然と座っていた。
「残念な知らせだけど貴嶋は死んでいない。神奈川で貴嶋を逮捕したと上野警視から連絡があった」
ダンタリオンは喋らない。信じがたい出来事が目の前で起きている事実を彼はまだ受け入れられなかった。
静まる車内。一言も口を利かない彼に構わず真紀は話を続けた。
「わかるように説明してあげる。ダンタリオンが運営している貴嶋のファンサイト。あれをハッキングして管理人のダンタリオンが誰か突き止めたの」
『……ハッキング?』
口の端を吊り上げてダンタリオンは笑った。あのファンサイトのセキュリティには絶対的な自信がある。
警察のサイバー部署や科捜研の連中が束になってもサイトのセキュリティは突破できない。
彼はまだ余裕を持って笑えていた。ハッキングを行った人物の名前を聞くまでは。
「ハッキングを行ったのは府中刑務所に服役している犯罪組織カオスのスパイダー。名前は聞いたことあるでしょう?」
『……警察が犯罪者に協力を依頼したと?』
「そう。スパイダーの協力もあって管理人、ダンタリオンの正体が判明した。あなただったのね。土屋さん」
ここは警視庁の地下駐車場。真紀の隣には警視庁捜査一課の女性刑事、土屋千秋が座っていた。
困惑した顔で千秋は首を傾げる。
「あの……ちょっと待ってください。私は刑事ですよ。刑事の私がどうしてダンタリオンなんですか?」
千秋のジャケットには警視庁捜査一課の刑事にだけ与えられるピンバッジが光っている。真紀はそのバッジを今すぐもぎ取ってやりたかった。
平常心を保っていても真紀の怒りのレベルは最高値に達していた。
「それにスパイダーは本当にハッキングに成功したんでしょうか? あのファンサイトはセキュリティが強固だと聞きました。ダンタリオンの正体だってスパイダーの出任せかもしれません。犯罪者の言うことを信用するなんて……」
「白々しいお芝居はいい。あなたがダンタリオンであることはサイトの解析から判明してる。それとこれを見なさい」
真紀が差し出したのは折り畳んだA4用紙。千秋は折り目を開いてそこに書かれている文章に目を通した。パソコンの画面をプリントアウトしたものだ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
この強固な城塞で覆われた城への侵入に成功した者に私は敬意を表する。私が知る限り鉄の砦を破りここまで辿り着ける人間はひとりしかいない。
スパイダー。もしも私の望み通り君がここに辿り着ける唯一の人間であったなら、友として君を誇りに思う。
今この画面を閲覧している人間がスパイダーでも警察関係者でもどちらでも構わない。
私を慕ってくれる者は今も昔も多い。これは喜ぶべきことか否か。
しかし現在の私の側に集う者達は過去の私の幻影に囚われている者達ばかりだ。
犯罪組織カオスのキング。彼らは過去の私に自らを投影し、儚い幻を産み出している。
私を慕う者のひとり、ダンタリオンについてここに綴ろう。ダンタリオンの正体は警視庁捜査一課所属の刑事、土屋千秋。
警察関係者諸君、君達の側にいるあの女性だよ。
彼は私を殺してキングの座を継承する企てをしている。私も父を殺害することでキングを継承した。彼の行動は理解できなくもないが、彼は私だけではなく協力関係を結ぶ仲間もろとも私を殺そうとしている。
彼は私の滞在先に爆弾を仕掛けた。
爆破時刻は1月26日、20時丁度。
彼の使用するスマートフォンのデータを外部から抜き取って得た情報だ。爆破時刻に間違いはない。
私は自分の命にもキングの立場にも興味はない。死刑判決の出ているこの身は国家の名の下にいつか散る。
しかし易々と殺されて生を終える気も毛頭ない。
爆弾の解体作業は進んでいる。警察関係者諸君がこの文章に目を通す頃には大方の解体作業を終えているだろう。
私は私の大切なものを守るだけだ。ご心配なく。
後は頼みましたよ。
貴嶋佑聖
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