6-4
地中海の街並みを彷彿とさせる赤レンガの屋根と石造りの壁で作られたリゾートホテルはシーズンオフで冬季休業に入っている。
本来なら人の出入りのないホテルの裏口から男が出てきた。顔つきはまだ若い。右手にゴミ袋を持ち、左腕を庇うような動きを見せていた。
佐藤瞬は拳銃に装填した銃弾を確認する。もしもの時に備えて弾数はとっておきたい。
彼はゴミ捨てをする男の背後に回り込み、男の首もとに片腕を回した。手首と前腕を相手の喉に押し当てて圧迫する。
格闘技のバックチョークのやり方だ。
自分の身に何が起きたかわからない年若の男は気管の圧迫に耐えきれずもがいた。数秒で失神した男の身体が地面に倒れる。
なるべく誰も傷付けたくないが無用な乱闘や被害を避けるためにはやむを得ない。
佐藤は裏口からホテルに入った。狭い通路を通って開けた空間に出る。海沿いのリゾートホテルらしいマリン風のコンセプトの館内は吹き抜けの高い天井に背の高い観葉植物の葉が伸びていた。
足音が聞こえる。彼は柱の影に身を潜めて人の気配に意識を集中させた。
髪を高い位置でお団子に結った女が荷台を引いている。この女も年齢は若い。二十代の前半に見えた。
(この女の他は男があと二人か)
入手した情報によればホテル内にいる人間は貴嶋と美月を除けば四人。男が三人、女が一人。
三人のうち一人は裏口で気絶させた男だ。残りの二人には懐に隠し持つ拳銃が役立つ時が来るだろう。
『すみません。このホテルは営業していますか?』
荷台を引く女の背中に声をかけた。女は戸惑いがちに振り向いて首を傾げる。
「アノ……ニホンゴ……スコシ……」
よく見れば女の顔立ちは東洋系ではあっても日本人とは多少異なっていた。片言の日本語のイントネーションに中国系の訛りがある。
※『“ ”』は中国語
『“このホテルは営業していますか?”』
佐藤は中国語で同じ質問をする。内容は女を惹き付けられるならなんでもよかった。
中国語が通じるとわかった彼女は安堵して母国語で返事をした。
「“営業していません。ここには誰も入れません”」
『“あなたはここの従業員?”』
「“……はい。ここで雇われています”」
佐藤の手のひらが女の血色のいい頬に触れる。女は法悦の眼差しで佐藤を見つめた。
「“あなた奥さんいるの?”」
『“何故そんなことを?”』
「“何故って……あなた私のタイプなの”」
佐藤に触れられた女の頬が紅潮した。隙が現れたタイミングで佐藤の左手が女の首筋に回る。
『失礼』
通じない日本語で断りを入れて女の首筋に小型のスタンガンを当てた。身体に流れる電流によって女が短く呻く。
『“妻はいないが愛する女はいるんだ。今から彼女を迎えに行くんだよ”』
気絶した女を抱き留めて佐藤は彼女の耳元で優しく中国語を囁いた。
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