6-3
――パパー……!――
なぎさの笑顔と真愛の元気な声が夢の中で再生される。夢と現実の狭間の時間旅行。
鎌倉警察署の応接室は暖房が効きすぎて暑いくらいだった。まどろむ早河を現実に引き戻したのはスマートフォンのバイブレーション。
『……もしもし』
{連絡が遅くなってすまない}
電話口から佐藤瞬の声がした。
『お前からの連絡ってことは貴嶋の居場所がわかったのか?』
{ああ。江ノ島に冬季休業中のリゾートホテルがある。キングはそこにいる}
『冬季休業のリゾートホテル? 確かな情報なんだな?』
{ホテル業界に詳しい筋からの情報だ。リゾートホテルのオーナーにホテルを一定期間借り受けたいと申し出た男がいたそうだ。男の名前はイイジマユウスケ}
イイジマユウスケは貴嶋が好んで使用している偽名だ。早河は失笑する。
{オーナーとの連絡はメールのみ、使用料も前金で全額振り込まれていた。イイジマユウスケと名乗ったことからしてもキングで間違いない}
『貴嶋の資産は国が押さえてるはず。今のあいつのどこにそんな大金が出てくるのか知らねぇが、海辺のホテル貸しきって悠々自適に過ごしているとはね。ホテルの詳しい場所を教えてくれ』
佐藤が口頭で告げる住所を手帳に書き留める。タブレット端末を使って地図を検索するとそのリゾートホテルは国道134号線沿いの江ノ島大橋の近くにあった。
ホテルの目の前は海岸だ。
佐藤にはこちらの到着まで行動を起こすのは待っていろと伝えたが曖昧に言葉を濁して彼は通話を切った。どうせこちらの言うことは聞きやしない。
江ノ島のリゾートホテルに美月がいるのなら佐藤はひとりでホテルに乗り込む気だろう。
阿部警視監と上野警視への連絡を終えて早河が鎌倉警察署を出たところで、同期の大西が車を回して待っていた。
『お前ひとりで行かせねぇよ。上野警視にもお前から目を離すなって言われてる』
『上野さんも心配性だな』
『神奈川県警本部のエースが運転手兼、お目付け役だ。有り難く思え』
神奈川県警勤務になって3年になる大西の方が神奈川の道は走り慣れている。早河を乗せた大西の車は鎌倉警察署を離れて鶴岡八幡宮の一の鳥居を通り過ぎ、県道21号線を南下した。
金曜日の夜の道路は車の行き来が多い。道行く人はサイレンを鳴らして走行する警察車両を呆気にとられて見物していた。
『全く。お前にはまんまと騙された』
大西は何故か憮然としている。
『俺がいつお前を騙した?』
『とぼけんな。佐藤だとか服役中のスパイダーだとかと手を組んでたなんてこっちは聞いてねぇぞ』
『そういえば大西には言ってなかったか』
『何がそういえばだ。アホ。いくら警察庁の刑事局長や官房長官がバックについてるからってやりたい放題やりやがって! ……ああ、そうそう。寮の門限もお前はしれっと破るし俺が大事にとっておいたどら焼きもお前はしれっとした顔で食べちまったし……』
ぶつくさとボヤく大西の小言は警察学校時代にまで及び、早河は彼に気付かれないように微笑した。
大西とは警察学校の寮で同室だった。
『その佐藤って奴は信用できるのか? 元は貴嶋の手下だった奴だ。カオスを辞めたってのも全部嘘で、こっちに協力するフリしてお前を殺す計画だったり……』
『ありえるかもな』
『そんなサラッと言うなよ。まじに大丈夫なのか?』
『佐藤が貴嶋と対立していようと今も貴嶋の命令に忠実な部下だろうと、正直どっちでもいい。でも佐藤は木村美月を助けようとしている。命懸けでな。それは間違いない』
他がすべて偽りであったとしても佐藤の美月への想いは本物であり、信用に値する。
車が県道21号線から国道134号線に入った。左手は
『ずっと気になってたんだけどさ、お前って貴嶋のことまだ友達だと思ってる?』
早河は助手席の窓を数㎝開けて車内に入り込む風を額に受けていた。
『貴嶋は親父と
『でもその前にお前らはダチだったわけだろ。昔からお前を見てて思ってたんだ。早河の貴嶋に対する感情って何て言うか……親父さんや香道さんの仇でもあるけどそれ以前に、友人として貴嶋をなんとかしてやりたいんじゃないか?』
風に吹かれながら早河は黙っている。彼は左手に見える暗闇に染まる海を眺めて呟いた。
『なんとかしてやりたいのかもしれない。お前の言う通り、貴嶋のことまだ友達だと思ってるんだろうな』
『親父さんと香道さんの仇なのに?』
『だとしても、俺はあいつを救いたい』
早河の決意を胸に刻んだ大西はハンドルを握る手に力をこめた。この道を直進すると例のリゾートホテルに辿り着く。
早河のスマホがメールの新着を告げた。内容を確認して相手に返信を送る。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
了解。
そちらは任せる
――――――――
東京と神奈川、二つの場所で迎える終焉の時が刻一刻と迫る。
最後に笑うのは誰?
最後に泣くのは誰?
終焉の終演。最後の審判の始まりだ。
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