5-12
東京の府中刑務所では
『そうやってずっと見られているのも落ち着きませんね』
山内は眼鏡のフレームに触れ、斜め向かいの真紀に視線を移す。彼女は眉間にシワを寄せてコーヒーを飲んでいた。
「気にしないで続けて」
『美人に見つめられるのは慣れていないんですよ』
「あなたもそういう冗談言うのね」
『ええ、冗談です。カオスにいた時にクイーンの顔を飽きるほど見ていますしね。美人は三日で飽きると言いますが、あれが如何に信用できないことわざか実感しましたよ』
何が可笑しいのか、彼は肩を震わせて笑った。真紀の眉間に益々シワが刻まれる。
『このダンタリオンって管理人、よくここまでのセキュリティを築きましたよね』
「夫も似たようなことを言っていたけどそんなに凄いの?」
『個人サイトなら少しネットをかじっている人間でも作れますが、ダンタリオンはまず素人ではない、ITに精通した人間です。プログラムに隙がない。おまけに性格は神経質で用心深い』
パソコン関係の知識が乏しい真紀にはIT技術に長けるダンタリオンの凄さはわからない。どちらにしてもダンタリオンも貴嶋に加担する犯罪者だ。
『だけどこれは面白いことになりましたね』
「何かわかった?」
身を乗り出す真紀を山内は見上げた。感情を感じさせない彼の瞳が揺らいでいる。
『今回の事件、あなた達警察が考えている筋書きとは事情が少し異なるようですよ』
コーヒーを一口飲み、山内はノートパソコンの画面を真紀に向けた。彼女は椅子に座り直してそこに表示されたものを目で追った。
「……どういうこと?」
『見たままでは?』
見たままと言われても、一度見ただけでは内容の理解が追い付かない。山内の台詞を借りれば筋書きが異なっているのだ。
「この画面はどうやって出したの?」
『ダンタリオンの管理人ページのハッキングの完了と同時に自動で表示されました』
「ここに書いてあることは事実?」
『さぁ。僕に聞かれても。事実かどうかを調べるのがあなたの仕事ですよね』
憎らしい微笑で言われた正論に返す言葉もない。
『助けてあげてくださいね』
「……え?」
これまでの常識を覆されて戸惑いの渦の中で考え込んでいた真紀は彼の言葉を聞き返す。山内は仕事を終えた手を揉みほぐしながら口を開いた。
『浅丘美月。ああ、結婚して苗字が変わったんでしたね。彼女もキングと一緒にいるんでしょう?』
「おそらくは。あの子に何かある前に助け出さないと」
『そうですね。でもキングが浅丘美月と一緒にいる状況は僕としては安心している部分もあります』
「安心? 何故?」
飄々としていた山内の表情が憂いに包まれる。彼のこの表情は9年前にも見た顔だ。
9年前に山内を逮捕した時も彼は何かを悟った憂いの表情をしていた。
『クイーンがいない今、キングが心を許せる人間は限られています。……助けてあげて欲しいですね』
意味深な物言いを最後に山内は口を閉ざした。
*
コンビニの駐車場に停めた車内でダンタリオンは舌打ちした。苛つきの舌打ちと貧乏揺すりを交互に行う。
(どいつもこいつも簡単に捕まりやがって。アーサーの情報が早河に流れていたなんて聞いてねぇぞ)
相方がコンビニのトイレに立ち寄ってもうすぐ3分が経過する。ダンタリオンはコンビニの店内に目を向けた。
(早河が鎌倉にいるのも厄介だな。やはり早々に始末しておけばよかった。俺の崇高な計画は誰にも邪魔させない)
早河はどうして子ども達の監禁場所が鎌倉だと気付いたのか。鎌倉の情報はどこにも漏れていないはずだ。
警察関係者ではない早河の行動パターンは読みにくい。
(上野や小山のスマホのセキュリティ強度を上げたのは矢野か?)
篠山恵子の逮捕によって警察上層部の情報が手に入り辛くなった。警察関係者のスマートフォンをハッキングしても何も情報が得られない。
それどころか関係者のスマホやPCのセキュリティが昨日から強化され始めた。
『そうか。アーサーの情報を早河に流したのが佐藤か……』
早河と佐藤が組んでいると考えれば辻褄が合う。
気に入らないのは小山真紀だ。あの女は篠山恵子の逮捕のために佐藤と手を組んだ。女のくせに生意気だ。
早河仁、佐藤瞬、小山真紀。特に注意をしてマークしていた人間達の動向がことごとく掴めない。
相方がコンビニから出てくる。ダンタリオンは素早く表の顔を作り上げて相方を出迎えた。
相方が購入してきたホットコーヒーとタマゴロールパンを受け取ったダンタリオンは表面上は笑顔で礼を述べた。しかし隣で旨そうに缶コーヒーをすする相方を横目に見て心の中でまた舌打ちした。
今まさに山内慎也によって自分のサイトがハッキングされていることもその正体が暴かれようとしていることも、ダンタリオンは気付いていなかった。
ダンタリオンは知らない。
貴嶋佑聖が作り上げた“犯罪組織カオス”を、ダンタリオンは知らなかった。
第五章 END
→第六章 審判 に続く
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