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 東久留米市で集団自殺した男女五人の身元が判明した。


羽石はねいし隼輔しゅんすけ(18歳)

大久保おおくぼ光彦みつひこ(17歳)

岡部おかべ まさる(14歳)

古川ふるかわ満里奈まりな(16歳)

稲垣いながき あや(16歳)


少年少女達の居住地は東京、埼玉、茨城、神奈川。居住地も年齢も違う五人は同じ日に同じ場所で一酸化炭素中毒による自殺を図った。


 一見して共通点のなさそうな五人のSNSを調べると自殺者達の関係性が見えてくる。

〈あや@自殺垢〉は稲垣絢のツイッターアカウント。このアカウントと相互フォローで繋がり、頻繁にやりとしていた〈まりにゃん〉が古川満里奈だ。


大久保光彦と岡部優もツイッターのフォロワー同士、古川満里奈と羽石隼輔もフォロワー同士だった。


稲垣絢ー古川満里奈ー羽石隼輔が繋がり、大久保光彦ー岡部優と繋がる。この関係性もこれまで集団自殺した未成年者達と同じ。

誰かと誰かがフォロワー同士でそこからまた別の誰かと繋がり、SNSの繋がりは無限に広がり続ける。


 少年少女達の自殺の原因は学校でのいじめや友人関係の悩み、親との確執、進路、容姿へのコンプレックスと多岐に渡る。

多感な十代の時期に精神を病んで未来に悲観的になった彼らは楽になる道として死を選択する。


 小山真紀は芳賀敬太と共に東京都調布市の私立女子高に出向いた。〈あや@自殺垢〉の持ち主の稲垣絢が在籍していた高校だ。


『親との確執みたいなものは因縁深そうですけど、学校での友人関係を苦にして死ぬことはないのにと俺は思いますね』


学校の門扉の前で芳賀が呟いた。

稲垣絢は学校の友人からいじめを受けていた。〈あや@自殺垢〉には彼女の心の叫びが綴られている。


「芳賀くんはいじめられたことある?」

『中学の時に軽いシカトなら経験ありますよ。でも大人になればいつの間にか忘れてる程度のものでしたね』

「そうね。大人になれば忘れる、いじめられても苦しいのは今だけだから学校を卒業してしまえば楽になれるのに……大人はそう言うでしょうね。でもそれはあくまでも大人側の意見」


 守衛に警察手帳を見せて門を通過する。石像のオブジェや花壇が並ぶ校庭を歩いていると体育の授業中の生徒達がグラウンドでサッカーをしていた。


「子ども達は今の苦しみから解放されたいの。先のことはどうでもいい。学校を卒業していじめている子と離れればいじめを受けることもないと頭ではわかっていても、今の苦しい現状が堪えられない」

『はぁー……確かに今から逃れたい気持ちはわかります。大人になってもそれはありますしね』

「それにこの先もまた別の誰かにいじめられるかもしれない。生きていても意味がない、大人になることに希望が持てない、そうやってどんどん悲観的になって自分で自分を追い込んでしまうのよ」


警視庁配属前は所轄の生活安全課にいた真紀は非行に走る少年少女を多く見てきた。自殺を選ぶ少年少女と非行を選ぶ少年少女、どちらも根底は同じ。

どちらも未来と大人に絶望している。


「あと、校内で迂闊に捜査情報を口にしないように。今の子達は見聞きしたものを何でもSNSに投稿したがるから、どこで情報が漏れるかわからない」

『はい、気を付けます』


真紀にたしなめられて芳賀は口元を押さえた。彼は事件の本質を見抜く目や行動力はあるが、軽率な物言いをする性格が玉にきずだ。


 職員室で稲垣絢の担任教師と面会後に真紀は絢と同じクラスの三人の生徒に会わせて欲しいと担任に頼み込んだ。担任は真紀に押しきられる形で渋々生徒との面会を承諾した。


 稲垣絢のツイッターには香奈、歩美、瑞樹の三人の少女の名前が頻繁に登場する。ツイッターの他にインスタグラムにも三人の名前が出ていた。

その三人は絢のリア友専用のツイッターアカウント〈aya〉のフォロワーでもある。


2017年8月までは〈aya〉のアカウントで絢と香奈達は思春期の女の子同士のツイートを楽しんでいた。インスタグラムにも2017年8月まで四人で写った写真の投稿がある。

2017年9月以降は絢のSNSに香奈、歩美、瑞樹の登場はなく、代わりに2017年10月に開設した〈あや@自殺垢〉には三人の愚痴が書き込まれていた。


 授業時間中に呼び出した三人が担任に連れられて進路指導室に入ってきた。だるそうに椅子に腰掛ける香奈、落ち着きなく視線を動かす歩美、口を真一文字に結ぶ瑞樹。

絢の自殺は今朝の全校集会で校長から生徒に伝わっている。三者三様の反応を見せる彼女達は今なにを思う?


「絢さんが亡くなったことは聞いているよね。絢さんと仲の良かったあなた達に絢さんのお話を聞きたいの」

「話って言われてもさぁ、絢は自殺なんでしょ?なんで自殺した子のことをケーサツが調べてるの?」


 香奈は真紀が話をしていてもスマホいじりを止めない。スマホの画面に夢中で真紀の顔を見ようともしなかった。


「事件性があるからよ。あなた達も去年から起きている未成年者の集団自殺事件は知ってるよね?」

「知らなぁーい。ニュースに興味ないもん」


立ち会いの担任教師も教頭も香奈がスマホを触っていても注意しない。歩美と瑞樹も香奈がスマホを触り出すと自分達もスマホを取り出して操作を始めた。

刑事が話を聞きに来ても彼女達はお構い無しにスマートフォンを手離さない。


「って言うか、絢の自殺と私らは関係ないし」

「絢さんは学校の人間関係で悩んでいたの。絢さんのSNSにはあなた達三人の名前が何度も出てくるのよ」

「だから何? 絢が勝手に悩んで被害妄想してただけじゃん。別に私達は絢をいじめたりしてないよね?」


 香奈が歩美と瑞樹に目配せする。歩美と瑞樹は香奈を一瞥して頷いた。

このメンバーでは香奈が主導権を握っている。歩美と瑞樹は香奈の言いなりになっているだけだ。


「オバサンは私達が絢を殺したって言いたいの?」


 自分よりも20歳も年下の高校生からオバサン扱いされることについて真紀に異論はない。高校生から見れば年上は誰も彼もがオジサンとオバサンだ。


芳賀は女子高生と真紀の対峙を冷や汗をかきつつ見守る。こんなことなら羽石隼輔や大久保光彦などの男子学生の方の学校に行きたかった。

できれば女の戦いのとばっちりは受けたくない。


「絢さんは自殺です。あなた達が殺したとは思っていないよ」


 立ち上がった真紀は香奈の手からスマホを取り上げた。誰よりも先に芳賀があっ……と小さい声を漏らす。


「返してよっ!」

「私ね、あなた達を凄いと思う。人の話を聞きながらスマホも見て、情報が多くて頭ごちゃごちゃにならない?」


香奈のスマホを持って席に戻る。真紀にスマホを奪われなかった歩美と瑞樹は気まずそうにスマホ画面から顔を上げた。


「何が言いたいの?」


香奈の睨みの形相にも真紀は怯まない。香奈が真紀をオバサン呼びするのなら、真紀にとって香奈はたかが16年しか生きていない世間知らずの子どもだ。

彼女は微笑して香奈のスマホを机に置いた。


「人と話をする時は相手の目を見て話しなさいとご両親や先生に教えてもらわなかった? そんなにスマホが大事?」


 スマホを見ながら真紀の話を聞いていた香奈達を注意しなかった担任教師や教頭はわざとらしく真紀から目をそらした。

子どもに注意できる大人が減っている。悪いことは悪いと、子どもを諭せる大人が今の時代には少ない。


「私のパパ、教育委員会の偉い人なの。パパに言って警察にクレームいれてやる!」

「どうぞ。でもその時はお嬢様は人の話を聞く時にもスマホを手離せない子なんですねと、教育委員会の偉いお立場のお父様に話してあげるね」


 真紀の反撃を受けて香奈は真っ赤な顔で口を尖らせた。何も言えなくなった香奈は舌打ちして椅子にふんぞり返る。

歩美と瑞樹は無言でスマホを制服のポケットに戻してうつむいた。


「あなた達に伝えたいことがあります。確かに絢さんの死は自殺です。あなた達が絢さんを殺したとは思っていないよ。でもね、あなた達は今のこの時間も明日もその先も人生を歩める。だけど絢さんはあなた達と同じ日々はもう歩けない。絢さんの人生は16年で止まってしまったの」


瑞樹の鼻をすする音、歩美は涙目の目元を押さえている。二人は絢の死を初めて理解したようだ。


「ひとりの人間の命が失われる。それはSNSのアカウントを指一本で削除することとは違う。SNSは新しくアカウントを作れるけれど、人間は一度死んだら終わりなの。二度と生きているその人には会えない。絢さんはもう存在しない。それだけはわかっていて欲しいな」


 歩美と瑞樹は声をあげて泣き出した。「絢ごめんね、ごめんなさい」と繰り返して二人は泣いている。

香奈だけは泣きわめく歩美と瑞樹を馬鹿にした表情でふて腐れて、偉そうに頬杖をついていた。

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