1-7
真紀のスマホが着信する。彼女はその場を芳賀に任せて廊下に出た。
電話相手は夫の矢野一輝。
{自殺した子達にダイレクトメッセージを送ってきたシトリーは今回もアカウントを消してどろんしてやがる}
「やっぱり。いつもの手口よね」
捜査本部は稲垣絢のツイッター〈あや@自殺垢〉と古川満里奈〈まりにゃん〉のツイッター上の会話に着目した。
―――――――――――――
→あや@自殺垢
まりにゃんー!私もうムリ。死にたい。
なんで生まれてきたんだろう
→まりにゃん
私も。生きていてもイイコトないよね。
死んじゃう??
→あや@自殺垢
でもひとりは嫌。怖いしさみしい
→まりにゃん
私もひとりでは死にたくないなー。
あやちゃんって関東住みだったよね?
→あや@自殺垢
うん。東京だよ
→まりにゃん
私は茨城。あのね最近知り合った自殺垢の人に教えてもらったんだけどひとりで自殺するのが怖い子集めてる団体があるんだって
→あや@自殺垢
団体?宗教みたいなヤバい系?
→まりにゃん
んー、たぶん怖いとこじゃないよ
むしろ私たちの味方だと思う。
そこで話を聞いてもらえて死ぬ方法を教えてもらえるの
_____________
稲垣絢と古川満里奈はここから、団体と自殺者の連絡係としてSNSを運営するシトリーと呼ばれる人物と接触する。
{シトリーはまたアカウントを開設しているはずだから、その手のアカウントを探って潜り込んでみるよ}
昨今のSNS事情に精通する矢野には自殺者達のSNS解析を依頼していた。
矢野は警察官ではなく、警察から協力要請を受けている探偵の早河仁に情報提供する情報屋。加えて現在の内閣官房長官である武田健造の血の繋がった甥だ。
この私立女子高は教室だけでなく廊下にも暖房が入っていて暖かい。真紀が20年前に通っていた高校の校舎はすきま風が入ってとても寒かった。
今の学校は冷暖房の設備もよくなったものだ。
{そうそう、稲垣絢のインスタグラム探ってたら香奈って子に辿り着いたんだ。絢のツイッターによく愚痴が書いてあった同じ高校の子}
「うん。今その子に話を聞いていたよ」
{事件とは直接的な関係はないだろうけど、香奈はたぶんパパ活してる}
パパ活とは女性がパパ(パトロン)から金銭的援助を受ける活動のこと。昔で言う援助交際とは似て非なり、基本的にパパ活は肉体関係を伴わずに食事やデートだけをしてパパとなった男性から金銭を得ている。
「それ本当?」
{断定はできない。だけど香奈のインスタグラム見ると、高校生が入れない高級料理店や海外旅行にも頻繁に行ってるし、ブランド物の服やバッグの投稿だらけ。バイトもしてなさそうだ。いくら私立に通うお嬢さんでも親が16歳にここまでの金をかけてやるとは思えない}
香奈のインスタグラムは学校を訪れる前に真紀も閲覧した。
矢野の指摘通り、香奈のインスタグラムには高級料理店でのディナーや夏休みや冬休みにヨーロッパやアメリカに海外旅行に行った時の写真、ブランド物のバッグや靴を誇らしげに投稿していた。
リッチな私生活を誇示するSNSの投稿と16歳の年齢がミスマッチで真紀も違和感を覚えていた。資金源がパパ活となれば合点がいく。
{仮に香奈がパパ活していたとしても、絢の自殺とは無関係だから余計な情報だとは思ったけど一応の報告}
「ありがとう。そうね、事件と関わりがないのなら私達はどうすることもできない。ただ……楽してお金が手に入ることを覚えた子どもが誰からも正しく矯正されずに大人になる、それが一番怖いわね」
教育委員会幹部の実父もパパ活のパパも、香奈が誤った道に進んでもおそらく何も言わない。香奈を本気で叱り、諭してくれる大人が彼女の周りにはいないのだろう。
「身体を売らないからいいと思ってやってる子も多いのよ。そうじゃないのにね。身体を売っていなくても失っていくものが確実にある」
{いつの時代も女は男の餌食にされてるよな。俺からすれば高校生や大学生相手にして飯を奢ってブランド品買ってやる媚びたおっさんもどうかしてるよ}
家では年頃の娘に嫌われて妻や娘に相手にされない父親が、良いパパを演じたいと願う欲望でパパ活のパパを始めた男がいた。
その男はパパ活相手の16歳の少女に性行為を強要して拒否されたことから少女を殺してしまい、真紀に逮捕された。
パパ活をする男の動機も様々だろうが、殺人で逮捕した男が供述で語っていた内容が印象的だった。
――“実の娘に相手にされない不満から娘と同じ年頃の女の子とデートをして小遣いを渡して、優しくていいパパの願望を満たしたかった。でもそのうち食事だけじゃ物足りなくなって、女の子の身体が欲しくなってしまった”――
男側は欲望と願望を満たし、少女側はデートを数時間するだけで何万円もの金額が手に入る。
いつの時代も名称や内容は変わっても残り続ける男女の搾取の連鎖。
「男は若い女が好きだからねぇ」
{そうか? 若ければいいってものでもないし、俺はいつでも真紀だけが好きだぞ。アイラブ真紀ちゃんっ!}
「はいはい、ありがとーございまーす」
結婚8年目を迎えても矢野の口説き文句は出会った頃から変わらない。真紀は笑って返して通話を切った。
進路指導室に戻ると、芳賀が歩美と瑞樹に自殺する前の絢の言動で気になったことはないか尋ねていた。
香奈はまたスマホを眺めている。
真紀の言葉は歩美と瑞樹には届いても香奈には届かなかった。香奈が心から自分の過ちに気付ける日が来るかは彼女の今後次第。
SNSでどれだけ日常をキラキラと派手に彩っても、今ここにいる16歳の少女は無愛想に口を尖らせたつまらなさそうな顔をしていた。
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