1-6

マリオネットは祈っている


あの人に会いたい

ああ……あの人に会いたい


この身体にまとわりつく呪われた糸を引きちぎって今すぐあの人に会いにいきたい


どうしてあの人は私を受け入れてくれないの?

私が人間じゃないからかしら?

私が人形だからかしら?


カタカタカタカタカタカタ

ひとりでに動き出す操り人形


会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。


あの人は今どこにいるのかしら?

前にここに現れたあの人間の女と一緒にいるのかしら?


ああ……もし私が人間だったら

あの人の隣にいたのは私なのに

ああ……人間になりたい

こんな糸で吊るされた体はもう嫌よ


あの人だけのものになって

今度は私があの人を操るの


カタカタカタカタカタカタカタカタ

ひとりでに笑い出す操り人形


良いこと思い付いたわ

あの人間の女を殺してしまおう

そうだそうだ、殺してしまおう

そうすればあの人はまたここに帰ってくる

私のところに帰ってくる


殺してしまおう殺してしまおう

あの人間の女の命を貰って私が人間になればいいのよ


そのためにもこの糸から自由になろう

切ってしまおう切ってしまおう


ブチ ブチ ブチ ブチ ブチ


会いにいきたい

会いに行きたい

会いに生きたい


ねぇ、私にその命、くださいな

私のために死んでくださいな


あの人の隣にいるのはあなたじゃないの

私なの

だからごめんね?


私は糸の切れたマリオネット

命を獲たマリオネット


人間になったマリオネット……


        *


12月6日(Sun)午後3時


 カーテンコールで出演者が全員舞台に揃うと劇場は拍手喝采に包まれた。客席の早河となぎさも壇上にいる主演女優、本庄玲夏に拍手を贈る。


今日は玲夏の主演舞台、〈命のマリオネット〉の千秋楽。最後の公演を終えた玲夏は晴々しく安堵の表情を浮かべていた。


『演技とは言え、凄い迫力だったな。あれは本物の操り人形にしか見えなかった』

「うん。人形が自分で糸を切る場面は鳥肌立って怖かった」


 観客で混雑する劇場のロビーの片隅でなぎさはパンフレットを開いた。マットな質感の黒色のパンフレットには銀色の文字で命のマリオネットとこの舞台のタイトルが綴られている。

ページをめくると、出演者一覧の最上部に本庄玲夏の顔写真が載っていた。


 ――青年エリックは大道芸の人形遣い。

 彼は新しいマリオネットを手に入れた。シルビアと名付けられたマリオネットは青色の瞳に金色の髪をなびかせた可愛らしい少女の操り人形マリオネットだった。


日々子ども達の前で芸を披露する人形遣いのエリックにシルビアは恋をする。しかしエリックには占い師のアレンという恋人がいた。


 シルビアはいつも人間の女のアレンに嫉妬していた。

私は人形だからエリックの隣に居られない。

人形だからエリックに好きになってもらえない。

人形だからエリックとキスもできない。

私が人形ではなく人間だったら、あの人にこの想いを伝えることができるのに。


 エリックはマリオネットのシルビアの想いに気付かないまま、彼はシルビアの見ている前でアレンにプロポーズをした。

泣いて喜ぶアレンとエリックはシルビアの見つめる先で愛を誓い合っていた。


 その直後、エリックは新しい人形を手に入れて新しい芸の稽古を始める。新しいマリオネットが来たことで、古いマリオネットのシルビアはエリックに使われなくなってしまった。


 満月の夜。道具箱の底でシルビアは願う。

ああ、会いたい会いたい、エリックに会いたい。

いきたい行きたい生きたい。

神様、お願いします。命を獲て私はエリックのもとに行きたいのです。

この呪われた糸を引きちぎって、温かい彼の腕の中へ……


 シルビアが押し込まれていた道具箱が開かれて糸を垂らしたシルビアが這い出てくる。


そうだ、殺してしまおう

あの女を殺してしまおう

あの女の命を私が貰おう


 シルビアは自らの糸を引きちぎり、憎い恋敵、アレンを殺した。アレンの命を獲たシルビアはアレンを失って悲しみに暮れるエリックの前に現れる。


美しい人間の女性に姿を変えたシルビアにエリックは一目で恋に落ちた。シルビアの念願叶って二人は結ばれ、逢瀬を重ねるがシルビアの幸せは永くは続かない。


 シルビアが殺したアレンは死ぬ間際にシルビアに予言を残していた。

「雪の降る満月の夜にお前の体は粉々に滅んでしまうだろう」と。


 アレンの予言に怯えるシルビアを次第にエリックは訝しく思うようになる。日に日に情緒不安定になるシルビアとエリックの間には喧嘩が絶えなくなり、大喧嘩をした夜にエリックはシルビアを置いて家を出てしまう。


 そうして厳しい寒さの冬が訪れ、雪の空には満月が輝いていた。

命のマリオネット、シルビアの体は音を立てて砕けていく。

バキバキバキバキ。それは木が砕ける音。


満月の翌朝にエリックが家に戻った時、部屋の床一面には操り糸と粉々になった木屑が散乱していた。


 ホラーファンタジーとミステリーを融合した舞台作品、これが命のマリオネットのあらすじだ。

なぎさはパンフレットを熟読した。あらすじを読むだけでたった今舞台で見た光景が鮮明に浮かんでくる。


主役のマリオネット、シルビア役が本庄玲夏だ。

人間になりたいと祈る場面、エリックに会いたいと恋い焦がれる場面、アレンを殺すことを決意した場面、殺す場面、雪の満月の夜に砕け散る場面……どの場面も玲夏の迫真の演技に惹き込まれた。


早河も言っていたが糸で操られているように魅せる玲夏の演技は本物のマリオネットに見えた。


「いたいた、早河さん、香道さん」


 ロビーの人混みを避けて玲夏のマネージャーの山本沙織が駆け寄ってくる。


「お二人ともこちらに。楽屋で玲夏が待っています」


 沙織の誘導で早河となぎさはロビーを抜けて関係者以外立ち入り禁止の楽屋に繋がる通路に入った。

通路では舞台衣装のまま記念撮影をする出演者達とすれ違い、出演者のひとりの元宝塚女優とすれ違った時にはなぎさが歓喜していた。

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