「act17 戦士達の帰還」
——一週間後——
目を開ければそこは見知らぬ白い天井だった。上体は起こせない。体力はもう十分に戻っているように感じるが、それだけでは足りないらしい。違和感を探れば、それは思いのほかあっさりと見つかった。右の肩から先がない。それどころか左腕さえも見えない気がする。確か獣にやられたのは右腕だけだったはずだが、とそこまで思い出してふとおかしなことに気付く。
「——あれ、私生きてる……?」
コメッタは完全にあの時命が終わったと思っていたというのに。夢か何かかとほっぺをねじろうとしたが、それすら叶わなかったことを思い知らされるとただ静かに何もない真っ白な天井を見つめる。夢なのか、現実なのか早く知りたい。夢ならばできれば目覚めて欲しくないし、現実なら今すぐにでも駆けだしたい。
周りはカーテンで仕切られているため外の様子すら確認できない。足を動かしてみる。なにやらぐるぐると固定されているようで自由に動かすことはできないが、どうにか立って歩くだけなら問題なさそうだ。勢いをつけて上体を起こすとベッドが激しく揺れる。
——なんで気付かなかったんだろ。
上体を起こして足でカーテンをめくると病室(?)の入口に花束を持った男が立っていた。その男は自分とは違いかなり体格が大きく、正直に言えば知らない人、のはずである。だけど。だけど。
——私は知ってる。知ってる! 今すぐに言いたい! あの言葉を!
間違ってたらちょこっと恥ずかしいけど。そんなことなんて気にしないくらい。今は。
「おにいちゃん!」
腕なんて残ってないから抱きつけもしないけど。足が残ってるなら駆けることができる。その胸に飛び込むことくらいできる。甘えることもできる。
その少女は大粒の涙を押し当てながらもこれ以上にない笑顔を見せた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おかえりなさい、あなた」
「おう!」
プリカエルは愛する妻の元へと帰っていた。厄災戦においてほぼ無傷で生還した数少ない魔法使いの一人である。それも当然。彼はボロボロの自分を見せて妻に心配をかけるような愚は犯さない。
しかしやはり全く後悔がないと言えば嘘になるかもしれない。
「なぁに? やっぱり思うことがあるの?」
「俺がもう少し前線で戦えてたら死なずに済んだ命があったかもしれないと思うと、な」
「それでもあなたは全力で戦ったのでしょ?」
「それは勿論! そう、だけど……」
「じゃあいいじゃない。どれだけ力を尽くしてあなた一人でできることなんて限られているの。これは人間であっても、きっと天使であってもそうであるはずよ。だからあなたは胸を張ってこれからも生きていくの。彼らのことは忘れないで。決して歩みを止めないこと。わかった?」
やはり、妻には勝てない。自分の不安を見透かし、その上で激励の言葉をかける。自分の目に狂いはなかったとプリカエルは口元を緩ませた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シューメンヘル王城のすぐ近くに建てられていた信奉教会。厄災戦の影響により建物は半壊しており、雨宿りにだって使えないような状況の中。神の使いは従順に己の神へと祈りを捧げていた。
「————」
一言も発さない。ハウリッドはまだ自分には神に直接語る資格などないと思っているからだ。とはいえ気分は高まる。教会を後にすると、今度は街はずれにある高い丘へと登った。翼は使えない。下界で翼を顕現させては白く美しい翼が穢れてしまう。それでも戦いの最中、片翼を晒したのは神をお助けするためならば穢れなど気にしていられないという強い信仰心の現れである。やがて廃墟も同然となった国の惨状が一望できる位置につくと腰を下ろした。
「——神の怨敵を打ち滅ぼすことができて、僕はとても嬉しいのです」
ここならば神に聞こえることはない。ただの独り言というだけで終わりだ。空を見上げてもう一言だけ。
「いつか、また主のお言葉が聴ける日を楽しみにしております」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ヴァルハラと呼ばれる洞窟の中で研究者二人は己の研究に今日も没頭している。あの時の傷はまだ癒えていなかったが、人類に時間がないのは確実だ。今は多少無茶をしてでも——
「ねえ、アレイスター。少しくらい休んだ方がいいんじゃない?」
「何を言っているんだ。元はといえば私が守護天使の言葉を正しく取り出せなかったのが悪いのだ。私のせいで被害が大きくなったのは事実。ならば彼らの犠牲を無駄にしないためにも止まっている時間など私には、ない」
「でも、私達が作成した魔法装具がタナトス攻略に役立ったというのも事実。誰にだって責任はない。誰もがその場その場で最善の選択をして必死に生きようと戦った。全ては報われたわけではないけれど、そんなものはどんなことにだって言える」
目の下にクマを作った顔で自分の妻を見つめる。遅かった。氷と水を閉じ込めた袋を叩きつけられて、疲労困憊だったアレイスターの頭は揺れ倒れる。何で、なんて聞くのも野暮なのは彼でもわかっていた。
「こうでもしないと寝れないでしょ、ばーか。今は羽を休めて。また、明日。一緒に頑張りましょ」
彼のような研究一筋の男にはこうやって多少強引でも止めてくれる存在が近くにいた方がいいのかもしれない。多少強引でもこれが彼女なりの優しさのなだ。
とはいえ、だ。
——氷沢山詰まった袋で人の頭を殴打するのは……。一歩間違えればサスペンスにジャンル変更せざるを得ない、のでは……?
薄れゆく意識の中、妻の優しさに感謝はしつつもそう思わずにはいられなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おかえりなさいっ!」
「っおと。結構経ったとはいえ全快とは程遠いんだから跳びつくなって! それに、あまり暴れちゃダメだろ?」
キールは戦いが終わった後、意識を取り戻したマリンと話を少しだけすると自分の生まれ故郷へと帰っていた。そこに待っていたのは、じいちゃんといつもの三馬鹿メンツ。それに愛する女性、アイカ。
「いやー、無事に帰ってきてよかったよな!」
「お前があの絵本に出てくるような怪物と戦うことになるって聞いた時は驚いたもんな。うちのじじいが夜中にクラブでストリップショーをしてるって方がまだ信じられるぜ!」
「ははっ、そりゃあ違いないな。俺様だって本当に、怖かったんだぜ? 何回死ぬかと思ったことか……」
「でも、こうやって帰ってきた」
「——あぁ。約束、だったもんな」
人様の目の前で堂々とイチャついてんな! なんて茶化すケネックの頭を軽く叩くと、何かに気付いたようにそれを指さし、
「そんな腕輪みたいなのしてたっけ?」
「——あぁ」
これは——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます