「act18 失ったモノ」
「とても。とてもたいせつなヤツだ。コイツがいなかったら俺様は今頃ここにはいない……。お……れっ、さまは色んな人にっ! 生かされて、るんだ!」
色々な感情が込み上げて、込み上げて、込み上げて止まらない。杖をついていた腕で胸を掴み、膝を折る。戦いの傷のせいで長時間ずっと立っていられない足が地面とぶつかった。二人は慌てて駆け寄ってキールを脇から支える。大粒の涙が顔を濡らす。止まらない。止まらない。止まら——
「止める必要はないわ」
「っ————」
「私達は常に誰かから命を譲ってもらって生きてるの。彼らのことを忘れずに、心に刻んで、私達は生きていく。これまでも。これからも」
「————————んっ」
今すぐに前を向いて歩くことはできないかもしれない。それほどにここ半年で失ったものが多すぎた。だけど。それでもいつかは。
「ちゃんと前を向いて、
アイカだってそれを望んでいる。
アイカだってそれを望んでいるはずだ。
既に音を発さない腕輪を愛おしく撫で、誰にも聞こえないくらい小さな声で、しかし彼女にだけ聞こえるように。
「——ありがとう」
今は、ひたすらに感謝を——
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
——とある町長の屋敷裏——
ガイナが住んでいた山の麓にある町の長を務めているブルーノ・アンデ・シュタインは屋敷裏にある墓で静かに手を合わせていた。少し古い墓石にはヌル、新しい方にはツヴァイスの名がそれぞれ刻まれている。どちらも遺体はない。帰ってくることは、なかった。
ファインからツヴァイスが死んだと聞いた時は泣き崩れ、一日部屋から出てくることはなかったが、こんな小さな町でも長は長。いつまでも沈んでいられるわけではない。通常通りの業務を少し遅れて終わらせると深夜、誰もが寝静まった頃に娘たちの元へと向かった。
「私は、間違っていたのだろうか……?」
ヌルを亡くした日から、その分娘二人にはできるだけ自由にのびのびと生きて欲しいと願っていた。だからファインが魔法学校卒業後、シューメンヘルへと行くのを止めなかったし、ツヴァイスが旅に出ると言った時も止めなかった。しかし今になってそれが本当に正解だったのか自信が無くなってきたのである。
「——ようやく一人で外に出てきたか」
物思いに耽っていたブルーノの後ろの方から青年と少女の声が二重に重なったような音が聞こえてくる。おそらく自分のことを言っているのだろうと慌てて振り返ろうとすると、
「待て。振り向くな。そのままでいろ」
と制止を受ける。敵意、のようなものは感じてはいなかったが、どうもこの声はあの娘に似ているなと不可解な気持ちばかりが募っていく。
「伝言がある。まだ一度しか再生できないから心して、聞き逃さずに聞け」
なんのことかはわからなかったが、この言葉を無視しては一生後悔することになると本能が告げていた。その様子に満足したのか「ふむ」とだけ言うとその人物は突如後ろから抱きついた。
「『今まで育ててくれてありがとう、お父さん。元気でね。さようなら』」
聞き間違えるはずがなかった。背中に感じる魔力はおおよそ彼女のものとは似ても似つかない異質なものとなっていたが、背中越しに伝わってくる匂い。この声は。活気があって、いつも元気で、いつも笑顔で、優しいあの子の——
「——以上だ。達者でな」
「っ……! 待ってくれ!」
振り返った時、そこにはもう誰もいなかった。残っていたのは雑に斬られたあの子の薄ピンク色の髪。
「——————っ!!」
——それは言葉ではなかった。深夜、誰もが寝静まった頃に父の声が空に響いた。
「これで良かったのか? ————と、愚問だったな」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
——城内の病室——
「——そう。
「——えぇ。ごめんなさい。
「アンタはその目、大丈夫なの? 随分と大袈裟な包帯しているけれど」
「——
マリンはベッドの上でファインの話を聞きながら自分のコンディションの確認を行う。まず外傷。これがわかりやすく一番酷い。右目は眼帯をしているものの、眼球が凍り付いており、機能しているのか、そもそもあるのかどうかすら確認できない。次に左腕。これは肩から先の肉が無く、これまた歪な氷で腕のようなものが精製されているだけである。擦り傷、骨折、出血、その他も酷く、正直今生きているのがやっとといったところだ。
更に問題なのは右目、左腕で発生している氷がマリン自身で作ったものではないということだろう。故に解除することも、分析することも不可能。全くの未知。
——まあ、予測くらいはできるけれど。
「その腕、おそらく熾天使ガブリエル由来のものですわね」
「というかそれしか考えられないわ」
「ですが契約は確か——」
そう。一度切れたと思っていた。だが、デスと対峙した最後の瞬間に少しだけガブリエルの魔力を感じることができた。おそらくは契約破棄が不完全な状態だったのか、それとも何かの気紛れか。そのせいで少しだけ繋がりが残っているのだろう。そして、それはそれで彼女にとっては好都合だった。
「——えぇ。決めたわ。
「————なんですって?」
マリンの口から出たのは衝撃だが、彼女の性格から考えれば自然な言葉だった。
「ガブリエルの契約が少し残ってるせいかわからないけれど、どこか遠くに繋がってる存在を感じるのよ」
それがガイナのものかなんて保証はどこにもない。なにせ本当に何かがある気がする、程度の感覚。例えれば、今日は悪いことがあったから明日の休日は良い日になる、みたいな希望的観測八割のあまあまな感覚。
「それは勿論、ガブリエルとは別に、ってことですわよね?」
静かに頷く。ファインは呆れながら「正気ですの?」と更に深いため息を吐く。気持ちはわかる。マリンが彼女の立場だったとしてもおそらく同じような反応をしていただろう。だって彼の死を目の前で確実に確認したのは彼女だったはずなのだから。
大きく息を吸って。
吐いて。
再び大きく息を吸って。
吐く。
「彼の生存を信じて、探す。アテなんかないけれど、それが今の
かくして少女は旅に出る。アテもなく、終わりのわからない過酷な旅に一人、その身を投げた——
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