「act03 明星の主婦vs転移者」

「それでは早速本戦第一試合いきましょう! アーニャさん、ウリアさん前にお願いします!」


 ――さて、こんな前哨戦で躓くわけにも手の内を多く晒すわけにもいかねェ。さっさと終わらせるか。


「手を抜いて勝ってさっさと終わらせよう、なんて思ってるのかな?」

「あァン? そう見えたかよ」

「ただそう思ったの。こう見えても一児の母だからそれなりに歳はとってるんだゾ」

「そォかよババア。じゃあお望み通りササッと終わらせるぞ」

「両者ヒートアップしたところで始めたいと思います! では」


 アーニャは構えた一方、ウリアはあくまでズボンのポケットに拳を入れて何か準備する様子もない。


「始め!」

「私も体力を無駄にするのは嫌だから速攻で終わらすね!」


 アーニャが腕を払うと同時にウリアの身体もぐらりと揺らいだ。


 ――この脳をハンマーで殴られたかのような衝撃は……!?


「私の得意魔法は精神操作、あなたを操って華麗に負けを認めさせてやるの」

「オレは……、負けを、認め――」


 どのような形であれその勝利が確実のものとなった彼女はかなりご満悦のようだ。


 今まさに審判が判定を下そうとしたその瞬間だった。男は笑みを、とてつもない悪意の笑みを浮かべていた。


「なンつってなァ」


 嫌疑の表情をアーニャは晒す。自身の得意な魔法が何故だか効いていないのだからその反応は当然のものなのだが、その一瞬のを逃さずにそのまま背景に溶けるように消える。


 焦らずに集中するが既にされてしまっている。人の心を惑わす悪魔はもう止まらない。


 無理に見えなくなった相手を探そうとはしない。その行為が如何に無駄かは使であれば百も承知だからだ。


 ――あの人は多分私なんかよりも強い魔法使い、単純な力比べならあちらの方が上。心理戦も無駄、どうする……。


 刹那、背後から炎の玉が飛ばされ、それを避けて後ろを振り向くが、


「どこ見てンだ」


 後ろから声がしたのを聞いて後ろに腕を振るが当たり前のように手応えはない。


「ハズレだマヌケ」


 声がした直後右肩に衝撃が走る。その時意識にブレが生じて一瞬だけウリアの姿を確認できた。


 右肩を捉えたのは右足、ポケットに両手を入れたまま蹴りあげている。


 ――全力じゃない? なんで手加減なんかしてるのか知らないけどそれが命取りね!


「私が使えるのはなにも精神操作だけじゃあないのを身をもって味わいなさい!」


 そこにあるはずの左足を引き寄せれば、それだけでウリアは少しバランスを崩す。


放電撃エレキバースト!」


 叫ぶとアーニャを中心に四方八方へと電撃が放たれる。足を掴まれている男は当然逃れる術もなくおおよそ普通の人間では耐えられようもない電撃をその身に浴びる。


 その攻撃はウリアにとっても予想外だったらしく悲痛な叫びをあげ、電撃が流れ終えるとその場に倒れ伏した。


「元々私の魔法ホンモノは電撃なのね。普通に精神操作をかけたって同程度以上の魔法使いには通じない。でも私のは脳に送られる電気信号に干渉して操るってアレンジを加えてるのね。勿論電撃に心得のある人にこれは効かないから一応両方を使えるようにはしてあるのだけど」

「……そォかい」


 アーニャの肩がビクリとはねた。声は倒れている男から聞こえる。この人は倒れている、大丈夫だ問題ない、と言い聞かせても心臓がバクバクと止まらない。手が、足が、唇が、体が震える。


 やがて気付く。まだ彼の魔法が解けておらず、そのせいで過剰な恐怖心を植え付けられているのだと。


 倒れている相手に臆することはない。いずれにせよ今有利なのは自分、それは揺るぎない事実。


 そう思い込んでも震えている。


「なら――」


 アーニャが一歩下がると同時にウリアが立ち上がる。服についた砂埃を払い、こう一言言い放つ。


「両方が効かねェヤツに対しては成す術がないわけか」


 攻撃範囲がどれ程のものかまだ測りきれてはいないが距離をとっておくことに越したことはないとアーニャは全力でとりあえず走った。


 だが、


「遅ェよ」


 声が真横から聞こえたので急いで右を向くと、


 ――誰もいない!?


 ふと振り向けば未だにあの場所から動いてはいなかった。


 ――やっぱりあの人は……。


 今まで動かさなかったその足を一歩踏み出す。来るかと構えたが、


「そンな反応速度じゃオレからは逃げられねェぜ」


 今度こそ。


 今度こそ右側から声がした。そう認識した時には既に何かの足が視界を埋めようとしていた。


 それを辛うじて両腕を構えることで防いだが、踏ん張りが効かずにバランスを崩して十数メートル先へと蹴り飛ばされる。


 飛ばされている最中に受け身をとり、なんとか構え直して標的を見やる。


 ――私の魔法は効かない。肉弾戦も素ではあちらが数段上、このままじゃ控えめに言って勝機がないね……。こうなったらやるしかないんだぞ。


 自身のこめかみに人差し指を向ける。その姿はまるで銃を自分に向けて撃つかのように。


「ばーん」


 言ったと同時に頭が揺れ、身体がブレる。まるで立ちくらみにでもあったかのような挙動だが、少しすれば意識もはっきりしてきたのか真っ直ぐに獲物を視界に捉える。


「オイ、今何を――」


 続きはなかった。ウリアの顔面を明確にアーニャの拳が叩きつけられたからだ。


 一秒にも満たないうちに距離を一気に詰めて的確に拳を振り下ろしたのだ。


 観客は何が起きたのかわからず呆然としていて、ウリアが殴られたのだと理解できたのは数少ない観客、それに殴られた本人のみである。その本人であえ殴られたと認識した時には既に百メートル以上後ろにあったはずの石壁に体をうずめていた。


「がっ……!? ば、ぼっ……!」


 あまりにも激しい衝撃で痛み等の感覚が後から波のように追ってくる。これが思いの外辛く、視界もぼやけ血糊が流れ出て呼吸をすることすら困難だ。


 ――なンだなンだなンだアレは!? 肉体強化か幻覚か、はたまた別の何かか。どンな手品かは知らねェがいきなりパワーアップしやがった!


「本当はこれ使いたくなかったの。後の疲労が半端なくて最悪数日まともに動けなくなるからね」


 しっかりとした足取りでゆっくりと歩いてくる女を観察、特に大きな変化はない。あるとすれば。


 ――瞳に光がねェくらいか。しっかし何だあの機械的な目は……。


「まだ笑う余裕があるのね。本当にあなた何者?」


 久々に使った単語で色々と昔のことを思い出し少しだけ笑みを浮かべる。


 ――そういえばあのガブリエラって女、メイリーンに似てたような。


「リミッター解除。一時的にだけど人間の潜在能力、それの七十%を引き出せるようにする禁じ手の一つだぞ」


 ――確かに人間ってのは普段はリミッターがかかっててどンだけ頑張ろうが本来の一割も力を発揮できないようになってやがるがそれを解除するのは自力では不か――


「自分で自分を操ってンのか、無茶しやがって」


 自分の能力で自分の脳に干渉し、無理やり潜在能力を引き出す。確かに可能かもしれない。


「つかおめェとか詳しいンだな。じゃねェとどう弄ればいいかわからずに下手したら廃人になってゴミ箱にポーイだ」

「何を言っているの。これは、その、ってのじゃなくて魔法学でしょ」


 ウリアは驚いた表情をしたかと思えばすぐに思い出したという風に、


「あァ、にはまだ普及してねェンだっけか。そォかそォだすっかり忘れてやがった」


 口から溢れる血を親指で拭き取り、咳払いをして血塊を吐き捨て走り出す。


 精一杯の助走をつけ力一杯に蹴り上げるが動じる様子はなく、目線だけを静かに動かしている。


「コイツ、痛覚を遮断しやがッ――」


 足を引かれ腹部に一蹴り、さらにウリアの頭を掴み何度も何度も何度も腹部を突く。肺から空気が吐き出され、吐き出す空気がなければと言わんばかりに胃液が喉元を駆け巡る。


 やがてボロ雑巾のように捨てられ、サッカーボールのように軽々と蹴り飛ばされた。


「はァ……、はァ……。こりゃあ圧倒的に覚悟が足りねェみてェだ」

「負けを認めたら? もうまともに動けないでしょ」


 笑う。傍から見れば一つも可笑しい状況ではないのに。男は笑う。


「オレはなァ、自分の手で真実を掴みてェンだ。だからオレも――」


 口を動かすのさえ辛いくらい消耗しているはずなのに、それでもウリアは立ち上がる。


「死ぬ気でヤるから覚悟の準備をしろよ、魔法使い」


 彼の殺気を感じることができたのはおそらくごくわずかだろう。勿論アーニャも感じてはいたが、痛覚等不要なものを全て排除しているため恐怖として表に出てくることはない。


復讐鬼ウリエル


 何かの詠唱だろうか。そう唱えた瞬間よりこの空間が殺気に塗りつぶされた。


 余計なものを排除したアーニャにも少し気になる単語が聞こえてきた。


「ウリエルってあなた熾天使いなの?」


 笑う。的外れと言いたげな嘲笑し手のひらを前へと突き出す。違う、ウリエルはガブリエラの兄でこの男ではない。


 直後が肩をポン、と押した。いや弾けたのか?


 その衝撃にほんの少しだけ体を揺らされるが特に問題はないが、不可解だ。


「わからねェのも無理はねェ。なにせオレのjkvbFはこちらにはない力を引き出すわけだからな、っとうまく言葉が出力できねェ。それとわかってるとは思うが当然さっきのは全力じゃあねェぞ。次は十%の力で」


 今度は胸元で何かしらの爆発が起こり仰け反る。わからない、なにが起きている。なにを喋っている?


 アーニャは自分の胸に触れてみたが特に何もないようだ。あるとすれば、


 ――空気が震えてる??


 痛覚がを遮断していたからわからなかったが相当なダメージをもらったらしい。


「今のなに。聞いたことも見たこともないだった。こんなの本にも――」

「ダメだ、そンなンじゃ全然まるっきしダメだ。この世界の常識そンなもンにとらわれてる限りテメェはオレに勝つどころかが何なのかさえ見破れねェぞ」


 駆ける。わけのわからない攻撃だが悩むために立ち止まっているのはそれはそれで無駄極まりない。要は何かされる前に潰してしまえばいいだけの話だが、


「だからさァ、そンなもンじゃオレには届かねェって」


 拳を振る。およそ普通の人では追うことすら困難な速度で振り下ろされたそれよりも速い速度で壁へと叩きつけられる。この一連の動作でさえ観客にとっては刹那の出来事。


 勿論痛みはない。いくら叩きつけられようが痛覚を遮断しているため立ち上がれないといことは全くあり得ないが、痛みはなくとも身体に衝撃は残っている。通常であれば意識を保つこともできないようなダメージが襲い掛かっていることは痛感が無くとも感じ取ることくらいは出来ていた。


 ――そろそろ引き際、かな。悔しいけど。


「リミッター解除限界、私の負けみたいね」


 一瞬、間が空いてどっと周りから歓声が沸き上がる。


 ――あまりの激痛にショック死しかねないし、しばらくは痛覚は元に戻さない方がいいね。これは眠れない日が続くんだぞ……。


「にしてもごめんねお母さん、賞金持ち帰って治療費に充てようと思ってたのに。一応この時点でも出ないことはないけど足りない分はどうするかなー」

「オイ」


 アーニャがステージから出ようとしていた時後ろから呼び止めるような声があった。声の主は勿論先程まで死闘を繰り広げていた相手、ウリアである。


「金が欲しいってンならオレの賞金もテメェにやるよ」

「で、でも……」

「オレが欲しいのは別に金なンかじゃねェし、そンなもンで助かる命があるならそれは必要な人間に渡すべき、って少しクセェな。とにかくもらえるもンはもらっとけってことだ」


 驚いたような表情をしたすぐにクスリと微笑む。

 ガラにもないことをしてしまったとウリアは口には出すが内心は少しだけ嬉しそうにしているのをアーニャは感じ取っていた。


「それにしてもあなた何者? そんな魔法使えるなんて只者ってわけじゃなさそうだけどね」

「……ただの放浪者だ」


一つ呼吸を置いて観客席に座って戦いを、自分の魔法の正体を看破しようと躍起になっているガブリエラの方を見やる。


「さて、オレは無事に次に進ンだぜ。今度はテメェの番だが、アイツに勝てるかな」

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