第16話

ハンバーグを焼いていたら、裏の玄関の引き戸が開く音がして、千里が帰ってきた。


「ちょっと何よ、あの部屋の散らかり具合!」


「お帰り~」


「なんなの? お兄ちゃんは、いまだに小学生男子なの?」


俺はフライパンの火を止めて、千里を見る。


「お帰り」


「ただいま」


俺たちは家族じゃないけど、一緒にご飯を食べる。


いただきますもする。


焼き上がったハンバーグを、皿の上にのせた。


「あの部屋を先になんとかして! 家中がお菓子くさくて、耐えらんない!」


まぁ確かに、千里がそんなことを言いたい気持ちも分かる。


俺は畳に転がっていた、空のポテトチップスの袋を拾い上げた。


「早く御飯にしたいなら、千里も片付け手伝って」


「はぁ? 私は今からお風呂入るんだから。その間に片付けといてよね、ご飯はその後よ」


「御飯は、みんなで『いただきます』だろ!」


「あんたはこないだまで一人で食べてたくせに、なに言ってんの?」


「今は違うでしょ」


「なにが違うのよ」


「一緒に住んでる」


「それが何よ」


俺と千里とのにらみ合いが続く中、家の黒電話がなった。


俺は携帯電話を持っていない。カネがないからだ。


電話に出ると、尚子だった。


『あ、今日私のご飯、いらないから』


それだけ言って、すぐに切れた。俺は受話器を叩きつける。


千里はすでに、二階に消えていた。


「一緒にご飯食べられないんだったら、今すぐここを出て行け!」


着替えを抱えて降りてきた千里は、あっかんべーをしてから浴室に消えていく。


俺は、小さなちゃぶ台に並んだ三人分の食事を見下ろした。


誰も一緒に食わないなら、俺が先に一人で食ってやる!


「いただきます!」


手を合わせて、挨拶をしてから食べる。


一人でも、そうする。


誰も血の繋がらない人間同士なのに、何が家族だ。


そんな都合のいい言葉に、もう俺は騙されないぞ!


自分の分の食事を、押し流すように胃に突っ込んで、千里が風呂から出てくるまえに食べ終えた。


そのあと、尚子の分を冷蔵庫にしまってから、俺は二階へと上がって、寝た。


ざまーみろ、だ。


翌日は、朝早くから、北沢くんがランドセルを背負ったまま、本当にやってきた。


「おはようございます」


彼は相変わらずの爽やかな笑顔で、堂々と店に入ってくる。


「今日も学校休みだったの、忘れてたんですよね」


北沢くんは、ランドセルを背負ったままレジ台の横から居間に上がり込むと、テレビのチャンネルを変えた。


「ジュースかなんか、あります? あ、いいですよ、自分で取りますから」


背負っていた、ちょっと風変わりなランドセルを放り投げた彼は、台所に入っていった。


そして、寝起きの千里と鉢合わせる。


「ちょ、お兄ちゃん? 誰よ、この子!」


「北沢くん」


「は?」


「北沢くん」


「バカ、違うって!」


千里も混乱していたけど、千里以上に混乱していたのは、北沢くんの方だった。


「え、えぇっ? えぇー!」


どすっぴんの千里に視線を奪われたまま、手足だけは、バタバタと動いてる。


「さ、桜坂花百合隊の、ちりりん?」


その言葉に、パッと千里のアイドルスイッチが入った。


「あ、君、北沢くんっていうの?」


「はい!」


千里は、テレビでしか見たことのない顔で笑う。


「実はね、ここ、私の実家なの、実家って、分かるかな?」


「わ、分かります!」


北沢くんは、頬を真っ赤に染めて、夢見るように千里を見上げる。


「みんなには、このこと、内緒にしておいてくれるかな、千里からのお願い、ね?」


「はい!」


千里は北沢くんの頭越しに、スゴイ目で俺をにらんでくる。


にらまれたって、そんなこと知るか。


ここに住むと勝手に決めたのは千里自身で、勝手にやってきたのは北沢くんだ。


その北沢くんは、すっかり夢見る少年に変わってしまった。


千里はこれからレッスンがあるからとかなんとか、多分適当な嘘を言って出て行った。


北沢くんは、きちんと正座をしてちゃぶ台の前に座る。


「いや、驚きました。こんな運命の出会いって、本当にあるんですね」


どこからか入って来た導師が、ちゃぶ台の上に飛び上がる。


「私は魂の指導者」


「もしかして、この猫もちりりんの飼い猫ですか?」


北沢くんは、昨日は見向きもしなかった導師の頭をなでた。


俺は正座をして、導師と向き合う。


「ところで、本日の修行だが」


「はい」


「わぁ! やっぱり、そうなんだ!」


北沢くんは、いきなり導師を背後から抱きしめた。


びっくりした導師は、逃げようとしてあばれてる。


なんとか北沢くんの腕から逃れた導師は、どこかへ走り去ってしまった。


「あぁ! 行っちゃった」


今日もまたすることがなくなった俺と、北沢くんの目が合った。


「これから、どうします? ちりりんの、お部屋の掃除でもしておきましょうか」


「勝手に入ったら、殺されるよ」


「それはいけませんね」


「俺は、店番があるから」


「じゃ僕は、持ってきたゲームでもしながら、適当に過ごします」


店先から見える屋根付きの通りは、いつでも薄暗い。


北沢くんは、しばらくうちでごろごろしてたけど、昼前に一度戻ると言って出て行ってしまった。


本当は、魔法使いになる修行をしないといけないんだけど、導師もいないし、どうしたもんだか。

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