右と左

 


「せーの!イチ、ニ、イチ…」


バタリと列が倒れる。もう何度目になるのだろう。

プリンセスは涙目になりながらも隣の犬たちをはげまし、また立ち上がった。


そんな『あ』達四匹のチームを、別のチームが悠々と抜き去っていった。


「おっと!!チームぺぱぷ!princess and prismを追い越しました!!」

「ペンギンは、海を泳ぐために、手が水かきになっています。あの、不器用な手で、ひもを結ぶのは大分手間取ったでしょうね。しかし、全員ペンギンだからでしょうか、や、チームワーク力ぅ……がうまく発揮されていて、息がピッタリ……ですよねぇ。」


解説の人は相変わらずの訥弁で言った。

これを聞いたプリンセスは無責任にチームを鼓舞する。


「そうチームワークよ!チームワーク!!私達にだってできるわ!それにまだ3位よ!じゃんぐるすたあもぺぱぷもまだ見える位置にいるし大丈夫大丈夫!ほら行くわよ!イチ、ニ…」


再び進もうとする四匹。しかしまたしても三、四歩進んだところで転倒してしまった。くやしがるプリンセス。地団駄を踏みたいが足が結ばれているので踏めない。


皆でイチ、ニと掛け声を上げ、出す足を対応させようというのはプリンセスの提案だった。始めこそ皆この作戦に賛同したものの、うまく機能せずに現在に至る。

ここでカラカルが相次ぐ転倒の原因に気づいたようだ。


「ねえ、コロネ。あんた…右と左わかってるの?」


コロネは顔を強張らせて答える。


「えと…右がイチで左がニですよね。分かってますよ。」


とは言うもののカラカルの言うとおりで、コロネは右と左がわからなかった。正確に言えば言葉と掛け声の組み合わせはわかっていたが、言葉と意味の組み合わせがわからなかったのだ。


「本当?じゃあなんでイチのときに左足を出すの?」

「……」


追求するカラカルにコロネは閉口するしかなかった。

素直にわからないと言えないコロネ。尊敬するレトリバーの前で恥をかきたくないという一心によるものであった。

こうしている間にまた別のチームが四匹を抜き去ろうとしていた。キタキツネサーバルイエイヌだ。

『あ』は秋田犬に声をかけようとしたが、秋田犬は『あ』をちらりとにらみつけるとすぐに行ってしまった。少し悲しそうな顔に変わる『あ』。

秋田犬達が『あ』たちを抜いたあとすぐに、観客たちから割れんばかりの歓声が上がった。すかさずじょうが実況をした。


「おおっと!!ついにキタキツネサーバルイエイヌがPrinces and prismを抜きました!!!しっかりと人気に応えています!!」

「だ…でも、三匹ですからね、他と比べると明らか有利…」

「観客の期待通りです!!やはり人気者チームは違う!!」


解説の人は正しい解説をしようとしたが、じょうに遮られてしまった。不服なのが顔に出ている解説の人を見て、じょうは身振り手振りで謝った。


実況と解説を聞いたプリンセスはいよいよ焦り始めたようで、コロネに教授を始めた。


「いい!?お茶碗をもつ方が左で、お箸を持つ方が右!わかった!?」

「わかってますって!わかってますから行きましょう?!」


焦って答えるが、コロネにはプリンセスが何を言っているのかわからなかった。というのも、彼女は生まれてこの方じゃぱりまんしか口にしたことがなく、茶碗も箸も見たことがなかったからである。

プリンセスは涙目でうつむくコロネをちょっと見たあと、前を見据え声を上げだした。


「…わかったわ。みんな行くわよ!せーの!イチ、ニ、イチ…わっ!」


再び転んでしまう四匹。当然その原因はコロネにあった。カラカルはコロネを睨みつける。コロネはしどろもどろになって言い訳を始めた。


「えっと…ちょっと足を出すタイミングが遅くなっちゃって…次はうまくやりま」


コロネが言い切らない内にパァン!と乾いた音が会場に響いた。

じょうが驚き実況を始める。


「おや…!どうやらPrincess and prismのカラカルさんが仲間のコロネさんを引っ叩いたようです!一体!どういうことでしょう!??」


コロネは何が起きたのかが分からず呆然として叩かれたところを撫でた。


「何てことするんですか!」


『あ』が牙を剥き出してカラカルにつかみかかろうとした。しかしカラカルは微動だにせず、コロネの目を見て言った。


「コロネのバカ!なんでそんな嘘つくの!」


カラカルの目は真剣そのものだった。


「サーバルはいつも言ってたわ!フレンズによって得意なことは違うって!だからアンタが右と左がわからないことだって別に恥ずかしくないの!大人しくわかるフレンズに教わりなさい!」


熱弁を振るうカラカルに、コロネは足元のひもを見ながら反論する。


「でもそれじゃあ…それじゃあたしはただの足手まといじゃないですか…!」


カラカルは声を荒げて答える。


「ええアンタは足手まといよ!今は!でもこの先私が足手まといになったら、そのときはアンタが助けるの!それでいいでしょ!」


ここでカラカルは言葉を止め、コロネが自分の言葉に深く聞き入っていることを見ると、肺から息を押し出すように発声した。


「それが友達というものだから……」


カラカルはうつむいたがコロネの表情は明るく変わった。『あ』も牙を収めてカラカルに微笑みかける。一方で隣で聞いていたプリンセスは何か考え込んでる様子だった。

ガラにも合わないことを言ってしまい恥ずかしくなったのか、カラカルは目をつむって偉そな口調に戻った。


「それでコロネ?あんた何か言うことないの?」


コロネは一瞬ハッとしてすぐに応える。


「カラカルさん。右と左を教えてください。」


カラカルは頷くと、コロネに指導を始めた。


「右って言うのはアンタから見て私の方向よ。で、左はアンタからみてプリンセスの方向。分かった?」

「なんとなく分かりました。」

「じゃあ右足はどっち?」


コロネはカラカルと結ばっている足を指差した。


「そうよ。イチって言ったときにはこっちを出すの。二のときはこっちね。分かった?」


カラカルはコロネと結ばっている足を少し引っ張ると、コロネの頭を優しくなでた。

コロネはうれしそうな顔をすると大きく頷き、プリンセスに目配せした。プリンセスしばし考え込んでいた様子であったが、コロネの視線に気づくと思い出したように声を張り上げる。


「み、みんな準備はいい?せーの!イチ、ニ、イチ、ニ…」


先ほど彼女らを抜き去って行ったぺぱぷやキタキツネサーバルイエイヌと比べると明らかにペースが遅い。しかし四匹は声を上げ、一歩一歩を着実に進んでいく。

しばらく進んでも転ばなかったことから、4匹の掛け声は息のあった楽しそうなものに変わっていった。


足を確認しながら進むコロネは真剣そのもの。

そんなコロネを見たカラカルは一段と大きな声で掛け声を上げて、皆を引っ張って進んでいったのだった。

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