騙されたイエイヌたち



30名ほどのフレンズたちが白い部屋の中に入った。

ここにいる全員が手を広げて輪になっても余裕がありそうなくらいの広い部屋だ。


「一体どんな検査が行われるというの...?」

レトリバーは心配しているようだった。


しばらくすると突然照明が落ちて辺りが真っ暗になる。

ざわつく室内。

はいいろはレトリバーにすり寄り、手を握った。強めに握り返されることにより生じた温かい圧力は、はいいろに僅かな安心感を与えた。


急にスポットライトが点灯し、ある一点を照らす。照らされた先には茶髪でメガネをかけた男が、直径1メートル、高さ50センチメートルほどの円筒状の台の上に立っていた。


部屋中のフレンズが混乱し、ざわつきのボリュームが一気に上がった。

男はそんなことはお構いなしに、手に持っているマイクを顎まで持って行くと音割れするほど大きな声で叫んだ。


「アイドルになりたいかああああーー!!!!」


一瞬の静寂。


次の瞬間会場中が沸き上がった。なりたい、なりたい。そんな声が会場のあちこちから聞こえてくる。


814番は思わずおみみを塞ぎ心底不快そうな顔をした。アイドルになるなどばかばかしい、こんなところ早く出よう。レトリバーにそう提案しようと814番は隣を向いた。

やはり視線の先のレトリバーは頭を抱えて難しそうな顔をしている。きっとこの状況から脱出する方法を考えているのだろう。邪魔するのは悪い。814番はそう思いつつ視線を落とすと、目をキラキラと輝かせたはいいろがいた。

814番は思わず声を荒らげて注意する。


「ちょっと816番!あんた状況わかってんの?!アイドルは諦めろって言われたじゃん!今からでも棄権するわよ!レトリバーさんも悩んでるのよ!」


はいいろは我に返って一瞬ハッとした表情を浮かべた。そして悲しそうな顔に変わって814番に応えた。


「うぅ…別になれるなんて思ってないです…でも…いざなりたいかって言われると…」


はいいろがぶつぶつ言っていると、壇上の男が次のセリフを発した。


「よしよーし!!わかったぞおお!!オレは敏腕アイドルプロデューサー!じょうだ!!お前らをアイドルにする男だ!!気軽にじょうさんと呼んでくれ!!」


なんとじょうという人間は実在した。しかもプリンセスの言った通り、偉そうだ。そして彼は自分たちをアイドルにする男だという。驚きを隠せない一同。

じょうは続ける。


「しかしだ!!ここにいる全員がアイドルになれるなんてことは!ない!絶対にない!!アイドルには才能が必要だからな!!

そこでだ!!!この中からアイドルを選抜する大会を今から開く!!!」


とにかくうるさくて暑苦しい演説にレトリバー達は尻すぼみしてしまっているが、会場のボルテージはますます上がっていった。


それに気を良くしたじょうは大きな声をさらに大きくして叫ぶ。


「いいか!!この広い部屋の中のフレンズでアイドルになれるのは4匹!!4匹だけだ!!!選ばれた4匹でチームを結成し、活動してもらう!!!わかったか!」


「じょうさん。質問ですけど?」


じょうが息継ぎをしたタイミングを狙って、最前列にいた意識が高そうな赤いフレンズがまっすぐ手を挙げて質問した。


「なんだ!!言ってみろ!!!」

「そのアイドルの活動はパーク外で行われることもあると聞いたのですけど、本当なのですか?」


じょうはすぐさま答える。


「そうだ!!!これはジャパリパークの命運をかけた一大プロジェクト!!!当然パーク外への出張もある!大いにある!!!」


この発言の直後、部屋のボルテージが最高潮に達した。


「それってつまり…アイドルになったらパークを出られるってことですよね?」


はいいろは戸惑いながらもプリンセスに尋ねた。


「まあ…つまりはそういうことよ。」


答えた瞬間プリンセスはただならぬ視線を感じた。レトリバーが見ていたのだ。


「それは…本当…なんですね…?」


レトリバーは一語一語をゆっくりと発音しながらプリンセスににじりよった。


プリンセスはちょっとたじろいたが、その食いつきぶりからレトリバーが外に出ることに異常に執着していることがわかった。研究員からは詳しくは聞けていないがレトリバー達の目的は、おそらくパークからの脱出であろう。そうであれば話は早い。アイドルになればパークを脱出できると思わせればいいのだ。そう思ったプリンセスはこう答えた。


「本当よ…じょうさんだって本当だったじゃない!アイドルになればパークから出られて、自由になれるのよ!」

「そうなのですか…」


実はじょうの件は全くの偶然だったのだが、プリンセスはそれを利用して自分の信用を高めることに成功した。


レトリバーはしばらく考え込んだ末言葉を発した。


「814番ちゃん...はいいろちゃん...みんなでアイドルになりましょう。そして石動さん達がいないパークの外に逃げるの。」

「本気で言っているのですか?レトリバーさん。」


レトリバーの心変わりを814番はあまり快く思っていなかった。その顔は明らかに不機嫌そうであった。渋る814番に対しレトリバーは諭すように言う。


「本気よ。検査も研究所から逃げてきたことさえバレなければ大丈夫よ。たぶん。でももしバレたらそのときはそのとき、全速力で逃げるから私についてきてね、二人とも。」


はいいろはうん、うんと大振りに頷いた。814番もしぶしぶながら了承したようだ。

様子を見ていたプリンセスがはいいろにそっと近づき耳打ちする。


「よかったわね」

「はい!!」


はいいろはしっぽをぶんぶん振り、満面の笑みで再びうなずいた。


落ち着いたところでイエイヌたちは壇上のじょうの言葉に耳を傾けた。


「まずは一次審査だ!!!ここに立っての自己紹介!!やりたい奴からこの台に上って来い!!!」


どうやら取り込んでいる間に話がだいぶ進んでしまったらしい。なにか重要なことを聞き逃していたりしないだろうか、そんなことを思いながら顔を見合わせている内に先ほどの意識高い系の赤いフレンズが手を上げ、登壇した。


じょうからマイクを受け渡された赤いフレンズはドヤ顔を見せてマイクを口元に置く。


―波乱のフレンズアイドルおーでぃしょんが幕を上げた!!

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