作戦実行
帽子をかぶった少女が一人でインフォメーションセンターの前に立っている。
その表情から何となく怯えている様子が伝わってくる。
「い、行かないと…早くしないとあの巣も見つかっちゃう…」
はいいろは深く息を吸い手をぎゅっと握りしめ、ぼうしを深くかぶり直すとインフォメーションセンターへ入っていった。
建物の中心にある受付台へ向かって歩いてゆくはいいろ。今回は並んでいる人はいないようだ。受付台にたどり着くとあのお姉さんに声をかけられた。
「ようこそジャパリパークへ!本日はどのようなご用件でしょう!」
受付のお姉さんが笑顔で言う。はいいろは頭ではなにを言えばいいのかわかっていた。しかし目の前にいる人間は今こそ笑顔であるが、先ほど鬼の形相で自分たちを追い返した人間に他ならない。また、怒鳴られるかもしれない。その恐怖がはいいろにパニックを起こした。
「あ…あの…!…えっと…あ…」
はいいろの怯えた反応をみて、受付のお姉さんははいいろの顔をじっと見つめ始めた。当然はいいろはさらにパニックになる。
(見ないで見ないで見ないで見ないで…)
そのうちお姉さんははいいろに話はじめる。
「あなた…もしかして…」
はいいろは失敗を確信した。バレた。もうおしまいだ。また814番に罵倒されるし、レトリバーさんに悲しい顔をさせてしまうだろう。次の言葉を受け入れようと覚悟を決めた。お姉さんは次のセリフを言う。
「迷子?」
はいいろはホッとし、ぼうしを深くかぶり直した。あとはカラスの作戦通りに進めるだけだ。
「そ…そうです!アラ…迷子なんです!あ…アライさんがいるところで待ち合わせって言われてたんですけど、アライさんの場所がわからなくて…教えていただけますか?」
「アライさん…ああ、アライグマのことね。ちょっと待ってて」
お姉さんはカタカタと指を鳴らしている。どうやらうまくいったようだ。それにしてもなんの音だろうか。恐怖が少しやわらぎ、気になったはいいろは受付台の中を覗こうと、身を少し乗り出した。すると、お姉さんと目が合う。
はいいろはとっさに目を逸らした。
イエイヌには自分より強いものとは目を合わせない性質があるので、それが出たのだろう。
「ふふ。どうやって探しているのか気になるの?」
ふいに話しかけられてびっくりするはいいろ。ひと区切りついたのかお姉さんは手を止め笑顔で続ける。
「これでね。フレンズがどこにいるのかGPSを使って探せるの。」
「じ、じぴーえす?」
はいいろがオウム返ししたそのとき、受付台からビーという機械音が鳴った。
「あれ?エラー?現在位置を特定できません?どういうことなの?」
お姉さんは困惑している。もちろんはいいろも混乱した。混乱するはいいろにお姉さんが優しく語りかける。
「ごめんね…アライグマが今どこにいるのかわからないの…『こはん』に生息しているはずなんだけど…精確な位置が…」
「わか、こはんですね。わかりました!」
一刻も早くこの場から立ち去りたかったはいいろは短く返答し回れ右をして走り出そうとしたが、受付のお姉さんに腕を強く掴まれた。
「っひぃ...」
はいいろは身震いする。
「ごめんちょっと待って...!待ち合わせできないでしょ?迷子の呼び出ししようか?」
お姉さんの提案ははいいろの中で様々な憶測をうずめかせた。
(呼び出される?きっと研究員達だ、どうしよう。捕まってしまうんだ。カラスさんのときと同じだ。また失敗したんだ。レトリバーさんにまた迷惑をかけてしまうんだ…)
ふがいなさを感じたはいいろは自然と涙があふれてしまう。
「いや...やめてください...」
ゆっくりと振り返りはいいろは震え声で言った。そこには心配そうな顔をしたお姉さんがいたものの今のはいいろには恐怖の対象でしかない。
「ごめんなさい怖がらせちゃって...大丈夫?お名前、言える?」
「いえ…言えません…!」
強く即答するはいいろ。自分たちの素性を教えてはいけないとカラスにきつく言われている。はいいろはその通りに行動した。
「そうなの…困ったわね…お家の人の名前は?」
「もういいですから!離してください!!」
ついにはいいろは手を無理やり振りほどいた。ひょうしに手を引っかいてしまったみたいで、お姉さんの手からじんわりと血が滲んでゆく。
防御性攻撃行動。極度に怯えた犬は自分の身を守るために、攻撃に出ることがある。
「あ…ご…ごめんなさい…」
血の色を見て正気に戻ったはいいろは謝罪した。
「いいのよ別に。この仕事はこういうの全然珍しくないから。あなたもフレンズと会ったら気をつけなさいね。」
はいいろはひょうし抜けした。
「あの…怒ら…ないんですか…?」
「怒らないわよ。あなたみたいな小さい子に怒ったらかわいそうでしょ。」
攻撃しても反撃されない。もしかしかたらこの人は敵では無いのかもしれない。そんなことを思ったときはいいろのお腹が再びキュルルと鳴った。814番のせいで満足に食事ができていないから当然だ。
その音を聞いたお姉さんは受付台から何かを取り出した。じゃぱりまんだ。
「ほら、食べて。」
差し出されたじゃぱりまんを受け取ったはいいろは即座に食べだし、約3秒で完食した。
「もう…そんなに急いで食べなくてもいいのに…ほら。お名前、言える?」
「はいいろです!」
満足したはいいろは明るく元気よく答えた。全くイエイヌとは単純な生き物である。
一方、カラ巣では。
「はいいろちゃん大丈夫かな…やっぱり様子を見に行った方がいいかしら…」
落ち着かないのかレトリバーがうろうろしている。
「アホー!お前が行ったらバレちまうって言ってるダロ?!」
「うぅ…でも…心配で…」
「あいつを信じろ!そんな難しいことじゃネェ。聞いたらすぐ帰って来るように言ってあるからもうすぐ帰ってくるサ!」
「そうね… 」
ひとしきり会話を終えたのち、814番が声を上げる。
「ねえ!なんかうるさくない?」
どうやら近くの拡声器から音が聞こえるようだ。そのうちカラスが説明をはじめる。
「ああ、迷子のお知らせだナ!たまにあるんだ。しかしこの声はどこかで?」
『研究所のほうからお越しの、レトリバーさん様。レトリバーさん様。お連れのはいいろちゃんがお待ちです。インフォメーションセンターまでお越しください。』
全員の目が点になる。
「は、早く行かないと!」
レトリバーが慌てて外に出ようとするのをカラスが制止する。
「落ち着け!この放送は研究員も聞いてるはずだ!あいつ等もきっとインフォメーションセンターへ向かう!追っ手と鉢合わせになるかもしれないゾ!」
「じゃあなおさら早く行かないと!」
レトリバーは制止を振り切りカラ巣の外に出た。
「待ってくださいレトリバーさん!」
814番も続く。
「あああもうしょうがネェナ!」
カラスも追いかけ、カラ巣は空の巣になった。
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