作戦失敗


「なんとかインフォメーションセンターの前までたどり着いたわ。」


レトリバーは息を切らしながら言った。


「まずは中の様子を確認するのがいいと思う」


カラスに言われた通り、2匹は中を覗き込んだ。

はいいろは受付のお姉さんとなにやら楽しく会話している様子だった。


「なにやってんのよあいつ!!」


814番はイライラして地団駄を踏む。


「静かにシロ!多分あいつはまだフレンズバレしてねぇ...でかいのが顔とお耳を隠してすぐに持ち帰るのがいいのカー…?しかし隠す手立てがねぇ…」

「困ったわ…どうしましょう…」


レトリバーが悩んでいると、中のはいいろがこちらを見ていることに気付く。


「おい…もしかしてあいつこっちに気づいたんじゃネェカ?」


犬の聴覚は人間の3倍以上あると言われる。レトリバー達の会話に気付いたのだろう。はいいろはこちらに向かって手を振っている。


「ねぇ、あいつあの人間と仲良くなったんじゃないの?」


814番はカラスに言った。


「バカな!人間とフレンズが仲良くなれるわけないだロ!特にあいつはフレンズ不信なんだゾ!」

「カラスさん。それは違いますよ。私は石動さんにとってもよくしてもらったもの。はいいろちゃんはきっとあの人とお友達になったんだわ。」


レトリバーは笑顔でそう言い残すとインフォメーションセンターの中に入っていった。


「どうなっても知らんゾ…」




「はいいろちゃーん。迎えに来たよ...ひっ」


レトリバーが入った瞬間。お姉さんが殺気を放つ。

とっさに警戒体勢に入るレトリバー。

それに気づかないはいいろはこっちへ来るようレトリバーに呼びかける。


「レトリバーさんレトリバーさん!この人とってもいい人なんだよ!優しくて、私にじゃぱりまんくれたの!人間にもきっといい人いっぱ…キャイン!!」


お姉さんの強烈な肘打ちが、はいいろの右目にぶち当たった。衝撃ではいいろは尻もちをついて、ぼうしが脱げてしまう。


「はいいろちゃん!」


レトリバーがはいいろに駆け寄る。はいいろは右目を抑えながらお姉さんの方を呆然と見上げた。


「うぅ...痛いよぅ……な…なんで…?」


お姉さんは冷たく蔑んだ目ではいいろを見下ろす。


「私はさっきあなたに引っ掻かれた。だから正当防衛よ。」


お姉さんははいいろを庇うレトリバーの方を睨み続ける。レトリバーは睨み返す。


「それに私はあなた達にもう来るなと言ったのにあなた達はまた来た。人間と偽ってね。レトリバー…だっけ?あなた達を危険フレンズとして上に報告するわ。」


レトリバーは何を言っているのかわからなかったが、まずいことになったことは理解できた。


「あなた達には特別キツーイお仕置きを受けてもらうよう言っておくから。覚悟してなさい。」


気づけば辺りに人だかりができている。この状況で逃げるのはマズい。別の人間に取り押さえられてしまうだろう。


「わた...わたし。ど、どうすればよかったんですか…?ねぇレトリバーさん…」


はいいろは両手で右目を抑え、左は涙目でレトリバーに尋ねた。

レトリバーは何も言わず、落ちたぼうしをはいいろにかぶせ優しく抱きしめた。

お姉さんは不敵に笑い業務用の携帯をとりだすと、番号の入力を始めた。処刑の時間は刻々と近づいてくる。入力が終わったお姉さんが携帯を耳に当てようとしたそのとき、不意に謎の男性が現れお姉さんから携帯を取り上げた。


「やめていただけないだろうか。」


レトリバーが震えながらワイルドな声の方を向くと、


「石動さん…?」


なんとそこには男の研究員がいたのだった。

突然携帯を奪われたお姉さんは驚き声を上げる。


「なにをするの!?返して!こいつらは危険フレンズなの!」

「何を言ってるんだ!この子達の顔を見ろ!十分反省しているじゃないか!制裁ならお前がくらわしたエルボーで十分だろうが!」


研究員に叱責されたお姉さんは周囲を見渡す。どうやら自分の味方はいないようだ。


「ッチ わかったわよ…」


お姉さんはしぶしぶ業務にもどった。

2匹のイエイヌは人だかりをかきわけ研究員にお礼を言おうとしたが、とても怖い顔をされ「逃げるなら逃げろ」と言われたので、そのまま小走りで去った。


外に出たはいいろとレトリバーは様子を眺めていた814番とカラスに合流した。


「おまえらスゲえな!いつの間に研究員を手懐けたんだ?」


カラスは心底楽しそうに言った。レトリバーは応える。


「うーん…なんで助けてくれたのかは私にはよくわからないわ…」

「まあ人間ってのはもともとよくわからん生き物だからナ!助けられても信用しちゃいけないゼ?お前もわかっただろ?なあ?」


カラスは右目を抑えるはいいろをちゃかすように言った。

はいいろはぼうしのつばを握り、唇をかみしめてゆっくり首を横に振った。口の中にはまだじゃぱりまんの味が残っている。


「で、アライさんがどこにいるのかわかったの?」


814番が空気を読まずに言うと、か細い声ではいいろが答える。


「こはんに…いるって…」


即座にカラスが反応する。


「こはんか…!しかしちょっと遠いナ…さばんなとじゃんぐる。そしてさばくを越えるのはお前らには厳しいんじゃないカ?」


うつむいたままのはいいろを見ての一言だった。

これを聞いたレトリバーがはいいろに柔らかい声色でやさしく問いかける。


「ありがとうはいいろちゃん。聞いてきてくれてとても助かったわ。どうする?こはんへ行く?ここに残って脱出法を探すのも手よ?」


うつむいているはいいろを横目に814番が驚き声を上げる。


「え!?行かないんですか?」


当然こはんへ行くと思っていた814番はキョトンとした目をレトリバーに向け、続けて提案する。


「レトリバーさん。816番が行かないなら置いてって二人で…」

「付いて行きます!行くから!行くから一人にしないで下さい!レトリバーさん…!」


814番が言い切らないうちに、はいいろは涙ながらに訴えた。

レトリバーはちょっと考えてから宣言する。


「わかったわ。長居は無用よ。すぐに出発しましょう。」

「おおぅ...もう行っちゃうのか...」


突然の別れに困惑するカラスへの気配りをレトリバーは忘れない。


「カラスさん。ありがとう。よければあなたも一緒に行きます?」

「カーッ!何言ってだ!誰がお前らと行くかっての!」


カラスは頬を赤らめ腕を広げ大声で否定した。


「それも嘘なの?」

「ちげぇよアホ…まあウチは嘘つきだけどナ…」


カラスはバツの悪い顔でうつむき言った。


「ホラ、行くならさっさと行きな!さばんなはあっちだ!なんかイベントやってて人間多いみたいだから気をつけるんだナ!餞別にこれやるよ!じゃあナ!」


カラスはそう言い残し、懐に持っていたものをレトリバーに押し付けると飛び立っていった。イエイヌ達は飛び去ったカラスの影を長いこと見ていたが、そのうちさばんなへ向けて歩き出した。



一方インフォメーションセンター。人だかりはすでになくなっている。残っているのは研究員2人だけだった。片方はシャワーを浴びたばかりなのか首にタオルを掛けている。そちらが男の方に質問する。


「石動さん…これで良かったのでしょうか…」

「いいんだ。逃がした実験体が危険フレンズ認定されたらその瞬間クビ確定だ。それにジャパリパークの負の面は客の前では見せられない…」


研究員はサンドスターロー照射銃を握りしめながら言った。


「そうか待てよ…信用したところを捕らえた方が確実かもしれないぞ…」

「…というと?」

「あのフレンズに頼んでみよう。フレンズの道はフレンズだ。」


研究員はニヤリと笑った。

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