第160話 変なものを見つけた



「おー、ユリアじゃねぇか」

「ユリア。久しぶりだな」

「スコットさん。それにニックも。ご無沙汰してます」



 ぺこりと頭を下げる。



 以前の隊で一緒だった、スコット・ベイツ中尉。それと以前から親交のあるニック・ブリーム少尉。作戦に参加していることもあり、二人ともにこの第一結界都市にいる。それにエリア8、9、10で今は仕事をしているらしい……とのことだった。



 僕は今日はエリア8で周囲の魔物を掃討するという任務を担っていた。と言ってもこれはあくまで名目上の話で、実際は視察も兼ねている。現在は各エリアにも結界が張られ、もちろん結界都市ほどの強度ではないが、物資などが送られて来ておりそれなりに生活ができるようにもなってきた。



 泊まり込みでの作業もできるだろうし、不便なことはほぼない。強いて言えば外観がみすぼらしいのと、人が対魔師しかいないという点を除けばすでに結界都市の各区域とそれほど遜色はなくなっているはずだ。



「で、ユリアは何してるんだ?」


 ニックがそう尋ねてくるので、僕は素直に答えることにする。


「いやぁ……実は魔物を狩るっていう任務なんだけど、もともとそんなにいなくてさ。今は各エリアをぶらぶらしてるって感じかな」

「じゃあ俺たちと同じだな、ニック」

「そうだな。ユリア、実は俺とスコットも同じような感じでな。実際のところ、今の状況じゃ尉官の俺たちでも暇でなぁ……実際にエリアを構築しているのは、下の階級の対魔師だしそれを奪うのもどうかと思ってな」

「うわ。めっちゃ気持ちわかる。手伝いたいけど、妙に恐縮されちゃってね……」

「まぁユリアの場合は、もう特級対魔師の中でも最上位だからな。聞いたぜ、今回の作戦で大金星だってな?」



 と、スコットさんが肩を突いてくるので僕は苦笑いしながら返答をする。



「いや、まぁ……確かに目標を撃破したのは僕でしたけど、実際はみんなの協力があったからこそ……」

「ははは! ま、ユリアならそういうと思ったぜ。前に同じ隊にいたが、お前は相変わらずのようだな!」

「スコットさん……まぁそうですね。どれだけ地位が上がろうとも、やることに変わりはないですから」



 と、3人で色々と雑談をしながらエリア間を歩いて移動する。ちょうど暇を持て余していた3人だったので、会話もそれなりに弾むのだが……僕らは途中変なものを見つけた。



「ん? なんですか、あれ?」

「あ?」

「なんだありゃ……」



 3人の視線の先。そこは茂みだった。なんの変哲も無いただの茂み。黄昏に侵されて紫黒に染まっているものの、いつもの風景と変わりはない。唯一違いがあるとすれば、そこに……何か丸いものが出ているのだ。



「なぁ……あれってケツじゃねえか?」

「そうだな」

「はい。僕にもそう見えます……とりあえず掘り出してみます?」



 そうして僕が近づいて、そのお尻ではなく奥にある腰をガシッと掴むとそのままこちら側に引きずり出す。



「ぎゅむ……!!」



 そんな変な声をあげながら出て来たのは……人間では、なかった。


 くるくるとカールのかかったピンク色の髪に、衣服はところどころが破れているのか、それとも元からそういうものなのか、肌が完全に見えているほどだ。それに大きな角が頭にあり、さらには尻尾がゆらゆらと揺れている。先端はハートのような形をしており、それが妙にピクピクと動いている。



「これは……サキュバスですかね?」

「初めて見るなぁ……なぁニック。お前もそうだろ?」

「文献では学習したが、こうして実物を見るのは初めてだな」



 3人で分析を始める。さらに僕は黄昏眼トワイライトサイトを展開して、サキュバスの構成要素を見通す。



 ――なるほど。間違いない。この魔素形態、それに固有領域パーソナルフィールドは間違いなく亜人のもの。それに外見的特徴から見てサキュバスであっているだろう。



 僕はそう結論づけた。



「ん……ん……いたた……って、ここどこ!?」



 引き抜いたサキュバスをその場に置いたままにして観察していると、目を覚ましたようだった。



「起きましたね」

「起きたな」

「意外と小さいな」



 とりあえず僕らは実況中継をして見ることにした。ここですぐに捕獲してもいいのだが、まずは対話を試みたかった。



「え!? なになに!? もしかして人間なの!?」

「えっとその……人間ですが、あなたはサキュバスでしょうか?」

「ふふん! そうよ! 私はサキュバスのキャサリン! 時期クイーン候補の一人よ!!」

「なるほど……クイーンですか。興味深い生態系です。クイーンとはサキュバスを統べる者と考えても?」

「え、ちょっとあんたさ」

「はい、なんですか?」

「なんでも私の魔法が効いてないの?」

「あぁ……すいません。無意識にレジストしてました」

「え!?」



 そう。このサキュバス。話をしている最中に魔法で攻撃をしてきていたのだ。と言っても攻撃性のあるものではなく、黄昏眼トワイライトサイトで見る限りは精神干渉系魔法なのは間違いない。



 これがもしかして、噂に聞く魅力チャームという魔法なのだろうか。



「わ、私の魅力チャームが効かないの!?」

「おぉ。やはり魅力チャームでしたか。これを使う種族はサキュバスしかいないので、勉強になります」

「ユリアのやつ完全に分析モードに入ってるな」

「面白いから静観していようぜ」

「そうだな」



 ということで二人は完全に黙って見ていることを選んだらしいので、とりあえず僕が相手をしてみる。



「ちょ……ちょっと待ちなさい。いいこと……待つのよ……待つの……よッ!!」



 瞬間、そのサキュバスは尋常ではない速度で移動し始めた。


 逃げ足の速さは流石の亜人。人にはなかなか出せない速度だ。


 しかし……。



「おっと……ちょっと待ってください。乱暴はしませんよ?」

「はぁ!? はぁ……!? ちょっと待って、あんた本当に人間なの!?」

「……厳密な定義は難しいですが、一応種族としては人間で在りたいと思っています」



 その後、僕は彼女に並走しながら色々と説得を試みるも……先に体力が尽きたのはサキュバスの方だった。



「はぁ……はぁ……はぁ……まじ? 人間ってこんなにも高性能なの? 話が違うんだけど……」

「なんかすいません……で、お話を聞いてもらっても?」

「あ! もしかして私を……襲う気なの!?」

「え?」

「男3人で、私をどうしようっていうの!?」

「いや。その……生態系として、襲う側なのはあなたなのでは?」

「それは魅力チャームが効いている時の話よ! あんたみたいな化け物には屈するしかないのね……くっ!! 優しい顔して、やることがえげつないわねっ!! でも体は許しても、心までは許さないんだから! それに外でやるのも……ちょっと怖いし……」

「えーっと。待ってください。僕は話がしたいだけなんです。とりあえず敵対の意志はありませんよね?」

「ないけど……でも、その……私サキュバスだし……捉えて拷問とかしない?」



 サキュバスが心配そうに僕を見つめる。ここは安心させるためにも、優しい言葉を……。



「おいユリア。いつもみたいに拷問はしないのか? お前の専売特許だろ?」

「ぎゃー! やっぱりそうなのね!? 犯されるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」

「ちょっとスコットさん! 余計なことは言わないでいいですから!!」

「ははは! すまん、すまん! ちょっとそのサキュバスが面白くてな!」

「ぎゃああああああああああああ!! いやだああああああああああああああああああああああ!! こんなところで純潔を散らしたくないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」



 逃げ回るサキュバスを追いかけて、僕は奮闘した。というよりももう面倒なので、魔法で拘束してさらには上にのしかかって物理的に縄でも縛ることにした。きっと大丈夫と語りかけても、もう無駄だろうから。


 僕は嫌がる彼女を縄で捕縛していると、聞き慣れた声が耳に入る。



「あら、ユリアじゃない」

「ユリアさん?」

「ユリア? って……え?」



 そこにやってきたのは、先輩、リアーヌ王女、シェリーの3人だった。



「いやだあああああああああああああああ!! 犯されるうううううううううううううううううううう!!」



 馬乗りになり、嫌がる彼女を縄で縛る僕。

 

 うん……アウトだよね。


 ということで、見事に誤解が炸裂するのでした……とほほ……。


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