第159話 イヴの世界



 ユリアが戦っている一方で、イヴの方もまた生徒達を圧倒していた。


 でもそれはユリアのようなものではなかった。



「う……くッ!!」

「どうなってるの!?」

「ここまでしてもダメなの!?」



 イヴが相手をしているのは魔法に特化した生徒。そのためほとんどが女子生徒なのである。


 そして彼女らは悲痛な声をあげるも、それはイヴからの攻撃を受けているわけではない。


 むしろ今のイヴには大量の魔法が降り注いでいる。四属性魔法に、無属性魔法。それら全てが膨大な魔素を込められて、イヴに集中している。



「……こんなもの?」



 ぼそりと呟くその姿は、余裕の表れだろか。


 イヴは右手で防御壁を張りながら、彼女達の様子をじっと見ていた。


 年齢で言えば、それほど差はない。2〜3歳しか違わないというのに、魔法の技量は明らかに違う。それこそ天と地ほどの差があると、見せつけられているのだ。


 この事実に心が折れてしまうものも、何人かはいたものの……それでも多くの生徒は何とか一矢報いてやろうと懸命に魔法を重ねがける。




「……うッ……くッ……」



 悲痛な声をあげるカレン。


 彼女は学院の中でも英才中の英才。その魔法の技量は現在の学院の中でも随一だろう。もちろんその自負は彼女にもある。その実力とカリスマ性。それに憧れない生徒はいない。



 だからこそカレンは自分の才能を信じて疑わなかった。ゆくゆくは自分も特級対魔師になれる。そう確信していたのだが……。



 ――こんなにも、違うものなの……!?



 心の中で驚愕を示す。初めはまだいけると思っていた。これだけの攻撃を受け続けるのは並大抵のことではないからだ。いかに特級対魔師といえども、数分も持ち堪えることはできない……そんな楽観的な思考は見事に打ち砕かれてしまった。



 イヴの防壁は完璧だった。受け続けているというのに、まるで何の変化もない。むしろ彼女達の攻撃の手が少し緩まっている。



「……そろそろかな」



 イヴは両手を左右に薙ぐと、その防壁を解除。


 瞬間、全ての魔法が無に還る。厳密にいえば魔素に還っていくのだが、イヴもまたユリアと同様に拡散ディフュージョンを使用している。


 しかしそれは別段、特別なことではない。


 生徒達の魔法の構成はイヴにしてみればあまりにもお粗末だった。


 介入できる要素が多すぎる。


 そもそも魔法とは魔素を心的イメージを通じてこの世界に具現化するものである。でもそれはただイメージすればいいというものではない。具現化する魔法の構成、さらには魔素形態の調整、固有領域パーソナルフィールドへの介入の有無。様々な要素が絡み合って、魔法は使用される。



 そのため同じ魔法を使っても、この世界に現れる結果は使用者によって違う。


 初級の魔法でさえも、イヴが使えばそれは上級魔法にも匹敵するほどの威力を出すことが可能になる。それほどまでに、実力は乖離していた。




「はぁ……はぁ……はぁ……」

「一人だけ、か。まだ……やる?」

「私は……まだ、まだやれるわッ!!」



 すでに他の生徒は魔法の過度の使用により魔素欠乏症になっている。


 もちろん後遺症は出ない程度にイヴは調整してある。


 その中でもたった一人、カレンだけが灼けるような双眸でイヴを見つめる。それは決してイヴに対して怒りを向けているわけではない。カレンはイヴを通じて自分自身を見つめていた。


 いつか自分もあそこにたどり着くために……今は、なすべきことをなすのだと。



 そうしてカレンはとっておきの魔法を繰り出すことに決める。



「――凍結領域フロストスフィア



 カレンは右手をそっと地面につけると、そう呟いた。


 その瞬間、彼女を起点として周囲に氷の世界が広がっていく。



広域干渉系スフィアを使えるなんて、やるね。なら特別に見せてあげる……」



 イヴもまたカレンと同様に、右手をそっと撫でるようにして地面につける。だが発動する魔法は凍結領域フロストスフィアではない。もちろんイヴは全ての広域干渉系スフィアを使用できるが、今選択するのは相手の広域干渉系スフィアを打ち消す魔法だ。



「──退廃的領域ゴシックスフィア



 退廃的領域ゴシックスフィア


 それはこの領域に入った生物の魔素を奪い取る広域干渉系スフィア


 以前にもイヴはこれを使用しているが、今回は相手を貪り食らう人形は出さない。今は相手の魔素を奪うことに特化し、この領域をカレンの凍結領域フロストスフィアにぶつける。


 それはもはや一方的なものだった。カレンの凍結領域フロストスフィアはイヴの退廃的領域ゴシックスフィアに飲み込まれていき……瞬く間にこの空間は暗黒の領域に支配されてしまう。


 そうしてカレンは魔素を完全に吸い取られてしまい、その場に倒れこむ。



「おっと……大丈夫?」

「はい……なんとか……」



 イヴはタタタ、と彼女のそばまで走っていくとそのまま抱きかかえるようにしてカレンが倒れるのを防ぐ。



「……特級対魔師の実力、この身で体験しましたが……すごいですね……」

「まぁ……そう思えたのなら、良かったかも。あなたは筋がいい。きっといい対魔師になれるよ」

「そうでしょうか?」

「うーん。まぁ多分……? 何事にも絶対はないしね」

「そうですか……でもいい経験ができて良かったです……」



 こうしてユリアとイヴによる指導という名の蹂躙は幕を閉じるのだった。



 ◇



「ユリアさん! 俺、絶対に追いつきますから! 待っていてください!」

「お姉様! 私も、私も絶対にすぐにそちらにいきますので」

『……』



 僕とイヴさんは一応指導を終えて、帰宅することになったのだが……妙に生徒に懐かれてしまった。


 いや僕もそうだけど、イヴさんもかなりえげつない方法で生徒達を蹂躙していた気がしたけど……でもまぁ、みんなのやる気が上がったのならいいことだ。



 僕らはそうして生徒達に手を振って別れると、そのまま帰路に進んでいく。



「イヴさん、どうでしたか?」

「……うーん。存外悪くはなかったかも。後輩達もああして成長してると思うと、私も嬉しい」

「そうですね。優秀な対魔師が増えるといいですね」

「でも優秀な対魔師ほど死ぬ確率は高くなる。優秀な対魔師は、早死にするか、長生きするかのどちらかしかない。魔物に殺されるか、それとも黄昏症候群トワイライトシンドロームに灼き殺されるか、のどちらか……」

「……だからこそ僕らが頑張らないといけませんね」

「うん……そうだね」



 にこりと笑うイヴさん。彼女はいつもぼーっとしているようで、感情の起伏がほぼないと言ってもいいだろう。でも最近はどこかよく笑うようになった気がする。



「イヴさん、少し変わりました?」

「え……どこか、変?」

「いや。よく笑うようになったな〜と思って」

「私、笑ってた?」

「はい。先ほど笑ってましたよ。それにこの前、ぬいぐるみの話をしていた時も嬉しそうに笑ってましたけど……」

「そうなんだ……私、笑ってるんだ」

「とても魅力的だと思いますよ。素敵です」

「……。ユリアくんはアレだね。本当にアレだね。みんながやきもきするの、ちょっとわかるかも」

「え? なんの話です?」



 じーっと僕を見つめるイヴさん。その視線の中には明らかに僕を責めるようなものが含まれている気がした。



「はぁ……自覚がないんだから、性質たちが悪いよね……」

「だからなんの話でなんですか……!?」

「はぁ……全くこれだから、全く」



 やれやれと言った様子で、手を横に広げ、首を左右に振っている。



「ちょっと、教えてくださいよ!」

「じゃあ今から私が走って宿舎まで戻るから、私よりも早く戻れたらいいよ」

「でもその条件だと、僕が有利すぎません?」

「ユリアくんはこの場で100秒数えてから来てね」

「それなら……いい条件なんですかね? って、もういないし!」



 イヴさんは僕との会話を終えるという意識は全くなく、気がつけば本気で駆け出していた。


 なんというか……最近少しだけイヴさんのことがわかって来た気がする……。


 と、そんなことを考えながら僕は100秒後に疾走するのだが……勝てると思った時にイヴさんに魔法による妨害を受けて負けてしまった。曰く、「魔法を使ってはいけないとは……誰も言っていないよ?」らしい。


 まぁイヴさんはそれはもう楽しそうに、ニコニコと笑っていたので今日はよしとしよう。


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