第122話 Liane's perspective 2:あなたとの日々



「きゃ……!」

「あら。リアーヌ、いましたの? 小さいから見えませんでしたわ」

「……」



 私は一応すでに学校に行く必要はないほどには、知識を備えていた。しかし人との交流を持つためという理由で学校に行っていた。まだ幼いながらにも、私は人と交わることに重要性を見出ししていたからだ。知識だけでは足りない。私にはもっと学ぶべきものがある。



 でも、私が学校で学んだのは人間の醜悪さだった。



 学校で私は完全に浮いていた。友達などいない。王族という理由もあるが、何よりも私はその容姿から敬遠されていたようだった。当時はあまり意識していなかったが、人間離れした完全に左右対称な顔に全てのパーツが綺麗に整っている……客観的にも、そして主観的に見ても私は美しい容姿をしているのだろう。だがそれが、いじめの対象となった。



 しかもその主犯は、姉であるグレーテお姉様だった。高飛車で、人をアゴで使うようなこともすでに幼い頃から行なっている。当時から取り巻きの人間が何人もいたのだ。それはある意味才能かもしれないが、私にはなかなか堪えた。



 聖人。そしてわずか6歳にして、大人と同等かそれ以上の知識を有する子ども。周りの貴族の大人にはよく褒められたし、軍人の人も同様に褒めてくれた。だが周りの子どもはそんな異質な私が気に食わなかったのだろう。いじめはそこまで深刻なものではないが、それでもずっとネチネチと続くそれは確実に私の心を抉っていく。



 特別な人間。そう評されているも、心は普通の人間なのだ。何も感じないわけではない。私は寝る前には、よく枕を涙で濡らしていた。もちろんそのことは誰にも言わない。言えなかった。王女であり、特別な存在である聖人の私がいじめにあって枕を涙で濡らしているなどみっともない。なまじ精神的な成長が早い私は、それを恥だと思っていた。




「リアーヌ様……学校はいかがでしたか?」

「今日はすごく楽しかったわ! 友達ともたくさん遊んだし!」

「……そう、ですか。それなら何よりです……」

「うん!」



 ベルとは学校以外の時間ではずっと一緒だった。私が学校にいる間は黄昏で任務を行なっているようだが、大抵は私の方を優先してくれている。嬉しかった。誰も支えになる人間はいないと思っていたから。母は忙殺されていてなかなか会えないし、父親は顔も見たこともない。それに姉と兄は私には無関心か、敵意をむき出しにしているかのどちらか。妹、弟もいるが全く会うことはない。おおよそ、正常な家族とは呼べなかった。



 ベルだけだった。客観的に見れば、ただの護衛。だが私にとってはそれ以上の大切な存在だった。話せるだけでも、十分だった。私の様子をニコリと微笑んで聞いてくれる彼女が好きだった。ベルは確かに話すのがあまり得意ではないが、その分聞くのがとても上手だった。それに相手の機微を察するのが得意なのか、彼女との会話はとても楽しかった。



 そんなある日、私はベルにあることを指摘される。



「それでね、学校でね……」



 今日もいつも通り、虚構を話す。楽しいことなどありはしない。もう学校など行きたくはない。解放されたい。そう思いながら、私は脳内で生み出した楽しい学校生活とやらを語る。もうこの嘘も慣れてきた。ベルには申し訳ないが、今日も同じように……そう思っていたが、急にベルの表情が鋭いものになる。



「ど、どうしたのベル」

「……もう、無理しなくても……結構です」

「何を……何を言っているの?」

「……学校、楽しくないのでしょう……?」

「……そんなことは、今日も友達と!」

「……もういいんですよ。無理しなくても……」

「う……」



 私は自室でそっとベルに抱きしめられる。そう。彼女にはお見通しだったのだ。私の語る虚構など、彼女にはお見通しだった。抱擁され、確かな温もりを感じる。そうして私の凍てついていた心が溶けていくような、そんな感じがあった。



 温かい。人の温もりを感じながら、私は涙を流していた。




「う……うぅぅううう……本当は、学校で友達なんていないの。学校ではみんな私を無視するか、グレーテお姉様が中心になって私をいじめるの……」

「やはり……そうでしたか……」

「もう嫌だよぉ……私は普通に生きたいだけなのに……うぅぅ……」

「いいんですよ。今日は泣いても……大丈夫です」

「うううう……うわああああああああああああああ……」



 私はこの日、おそらく人生の中でも初めて泣いたと思う。それと同時に誓った。この涙はこれで最後にしようと。私はこんなことで立ち止まってはいけない。前に、前に進む必要がある。人類のために、この世界のためにも。



 この経験を経て、私は学校を辞めることになった。その代わりに、飛び級のような形なるが対魔学院に入学することが決定した。それから先の生活は比較的穏やかなものだった。



 対魔学院でも友達はできはしなかった。みんな、私を遠巻きに見てまるで腫れ物を触るような扱い。それでもここではいじめなど起きなかった。ただ一人ぼっちなだけだった。それならば、以前よりもはるかにマシだった。



「今日はいかが……でしたか……?」

「今日は一人でずっと図書館で勉強していたの。あのね、実は魔物には……」



 いつものようにベルに今日あった出来事を報告する。と言っても誰かと話したり、遊んだりすることはないので、私が一人で学院の中で何をしていたのかということを話すだけだった。



 私は対魔師として最前線で戦うことはできない。それはこの体に制限があるからだ。魔法は使えるし、才能はあると思う。でもそれに体が耐えきれない。そのため、私は後方で作戦指揮官になるための勉学を積んでいた。黄昏ではどのように戦うべきなのか、このようなケースではどう判断するのが適切なのか。それをずっと勉強していた。



 その話をベルにする。そして彼女は最前線で戦っているので、より実践的な会話ができた。最前線ではこういうことがある、その時はこうしてほしい。逆にこのような指示は良くない。それを詳しく教えてくれた。



 それと魔族の生態についてもベルは教えてくれた。確かに座学で学ぶことも重要だが、やはり魔族と直接対峙して幾多もの数を屠っている彼女の話はとてもタメになった。



 そうして毎日を過ごす内に、私はもう10歳になっていた。



「誕生日、おめでとうございます……!」

「ありがとうベル」



 私の私室で二人だけで誕生日を祝う。もちろん王城でパーティーは行われたが疲れただけだった。貴族の人からたくさんプレゼントをもらい、祝辞をもらった。それでも私が一番ほしいのは、ベルとのささやかな時間だった。



「これは、私からの……プレゼントです」

「ありがとう、ベル」



 毎年プレゼントはもらっていたが、今回は少し特別だった。



「ペンダント?」

「はい……自分で作りました」

「嬉しい……本当にありがとう、ベル」



 それは既製品にも劣ることはない出来のペンダントだった。私はそれをすぐにつけると、軽く微笑む。



「どう? 似合ってる?」

「はい……とても良く、お似合いです」

「ふふ。これはずっとつけるわね」

「ありがとう……ございます」



 ベルも私につられたのか、ニコリといつものように微笑む。もう彼女と出会って5年が経過したが、この5年はものすごく濃密な日々だった気がする。それもこれも、全てベルに出会ったおかげだ。本当に、本当に心から感謝している。



「ねぇベル」

「はい」

「ありがとう、ずっと私の側にいてくれて」

「……これからもお側にいます、リアーヌ様」

「えぇ。よろしくね」



 もう、発作が起こることはなくなっていた。

 

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