第121話 Liane's perspective 1:邂逅



「ふぅ……」



 一息ついて、背筋をぐっと伸ばす。私は黄昏危険区域レベル1にある第一拠点の中でも、最高司令部に身を置いて居た。この場では様々な指揮官が集まり、それぞれの小隊と情報交換を行ったり、こちらから指揮を送ったりもしている。



 そして全体の様子は、この室内にある壁に投影されている映像を見ればわかる。投影魔法は光魔法の一種だが、最近ようやく実験段階を抜けて実用段階に至った。この開発には私も昔から関わっており、ようやく実用化できてホッとしている。



 映せている範囲は今の所、危険区域レベル1~3までだけど将来的にはこの世界を全て映し出すことも可能かもしれない。原理としては私が知覚した魔素を魔法でこの場に転写している。リアルタイムの情報更新を常に行なっていて、それなりに私の負担になっているもそんな弱音を吐くわけにはいかない。




 この場は安全な場所で、私たちは前線の対魔師のように命をかけて戦っているわけではないのだから。気持ちとしては、この命を捧げる気概と覚悟はある。それでもやはり……この場は安全だということは間違いなかった。



「リアーヌ様、第一小隊から情報です」

「読み上げて」

「エルフの村では変化なし。ただし、潜伏しているユリア・カーティス中佐によると視られている気がするとのことです」

「……分かったわ。ありがとう」



 その情報を受け取って、私は自分の持っているメモに情報を書き込んでいく。この作戦、失敗するわけにはいかない。そのため、私はあらゆる情報をとりあえずメモにまとめるようにしている。それが有用なものかどうかは後で決めればいい。今はとりあえず、情報が欲しかった。



 今までと異なる黄昏に、それに亜人の存在。エルフたちは何を考えているのか。あの会議に出席した時も妙に物分かりが良かった。いや……良すぎた。こちらの提案を全て飲み込むことに違和感はないが、考える素振りはほぼなかった。


 ――ノータイムで答えてくるということは、もしかしてこうなることを予測していた?



「……」



 じっと紙を見つめる。トントンとペンを叩いて、思考を巡らせるも何も思いつかない。最高司令官である大元帥に相談してもいいが、もう少し自分で考えをまとめておきたい。



 私は少しだけ休憩をしようと思い、顔を上げる。その時、目に入ってきたのは投影されたモニターに映るベルの姿だった。それぞれの対魔師の固有領域パーソナルフィールドはすでに私が解析して、モニターに転写済みだ。おそらく、黄昏のかなり濃いところ、厳密に言えばレベル5に行かない限りは位置は捕捉できる。



「……ベル、あなたも頑張っているのね」



 はっきり言ってベルがいなければ私はここまでたどり着くことはできなかっただろう。彼女の支えがあったからこそ、聖人として覚醒できたし、こうして作戦司令部で指揮を取れている。今までずっと一緒だった彼女と別れてしまうのは、少し寂しいがそんな個人的な感情は今は抑えるべきだろう。

 


 そうして私は思い出す。自分が彼女と出会い、そしてどれだけ多くのものをベルに与えてもらったのかを。

 



 ◇



「リアーヌ。あなたは聖人になれる器なの」

「せいじん、ってなぁに?」

「聖人というのはね、すごい人間のことよ。この人類を救う鍵なる、そんな存在よ」

「ふーん」



 幼い頃からそんな話を聞かされてきた。人魔大戦以来の聖人の誕生。正確に言えば、聖人に至ることのできるかもしれない王族が生まれたのだ。私はそれはもう、大切に育てられた。しかしそれは甘やかされたわけではない。欲しいものはなんでももらえた。でも私はなにも欲することはなかった。欲しいものはなにか、それは未だにわかることはない永遠の問いだ。



 そして私はその一方で、2歳の時から教育が始まった。話すことはすでにできるし、思考もできる。いつも流石はリアーヌ様と言われたが、当たり前のことをしているのに褒められるのはなぜだろうと思っていた。



 そして3歳にして読み書きをマスターし、それからは様々な文献を読むようになった。この世界はどうして黄昏に支配されていて、どのような軌跡を経て今の結界都市に至るようになったのか。それは純粋な知的好奇心だった。すでに私の教育係の人間はいなくなっていた。もう教えてもらうことなど、ないのだから。



 後で知ったことだが、私の成長速度は異常らしい。王族の中でも私を気味が悪いと思っていた人もいたし、化け物と呼ぶ人もいた。そんな私の転機となるのは、5歳の時だった。




 そう。ベルティーナ・ライトとの出会いだ。




「私は……黄昏で戦う……必要があります……あなたと共に同じ……時間を……過ごす……暇は……ないのです」

「……はっきりというのですね」

「先日、尊敬していた……上官が……死にました。その敵討ちのためにも……私はいく必要があるの……です……」




 知っているとも。10年以上も共にいていた上官が亡くなった。それも彼女の目の前で。すでにそのことは情報として手に入れていた。さらにはこの部屋に入ってきた時の彼女の表情。私の面倒など見たくはない。早く黄昏に行って戦いたい。そんな様子が手に取るようにわかった。別に特別な能力は必要ない。相手の表情を見れば、そんなことは簡単に理解できた。



 その後、私はベルが死ぬ未来を見たと告げた。これは本当のことだ。10歳くらいまで、私は未来視が使えた。その中でもはっきりとベルが黄昏で死んでいくのをみていたのだ。



 そのような背景、さらには私に専属の護衛が必要だということで抜擢されたのが彼女だった。若干24歳にして特級対魔師にたどり着いた若き天才。曰く、人類最強の剣士。元々は彼女の上官の称号だったが彼が死んでしまった今、それはベルに引き継がれている。



 はっきり言って別に護衛など必要なかったが、まぁ私にも何があるかわからない。いた方がいいだろう。でも彼女はきっと、私をよく思っていない。どうせすぐに別の人に変わるだろう。私はそう考えてた。




「うううう……ぅうううう……む、胸が……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「いつもの……ことなので」



 私は王城内にある廊下を歩いていた矢先、突然心臓に急激な痛みを感じる。まるで心臓を直接握りつぶされているかのような痛み。正直言って、こんな痛みをずっと受け続けるくらいなら、死んだ方がマシだ。そう考えてしまうほどには、これは耐え難いものだった。



 でも、我慢できないものではない。この発作はもう幾度となく現れている。医者によると原因は不明だが、私の中に眠る能力がまだ体に収まっていないということだろうと言っていた。年が経てば治る。その希望だけが私の支えになっていた。



 それからは社交界に出たり、さらには勉強もした。きっと将来的には軍人になる可能性もある。ある程度の知識はしっかりと入れておくべきだ。私はベルがいながらも、ずっと同じような日々を過ごしていた。そしてベルとも少しずつ仲良くなっていた。彼女が言うには、そこまで頑張っている姿を見て感銘を受けたとうことだった。



 まるでアピールして彼女の心象を良くしたようで、私はなんとも言えない気分だった。これは当たり前のことで、誰かがしないといけないことなのだから。



 本当は同い年の友達を作って遊んだりしたい。街に出た時に、そんな子どももいるのだと知って私は羨ましくなった。でもそれはダメだ。私は、聖人として、王族として果たす役目があるのだから……。



「ねぇベル」

「なんで……しょうか」

「ベルは黄昏から解放されたらどうしたい?」

「……そうですね。登山が……したいです」

「どうして?」

「青空を一番……近いところで……見たいからです」

「そう。それはとてもいいことね」

「はい……」



 にこりと微笑むベルを見て、私は再度自分が成すべきことを再認識するのだった。

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