第120話 不穏



「……」



 ベルは思い出していた。あれからもう、十年。十年も経過したのだ。自分はここまでしっかりとやれているのか。少佐の思い描くような特級対魔師になることができたのか。



 あれからベルは彼の後を継ぐように、特級対魔師に至った。そして同じ序列2位にもたどり着いた。今となっては序列一位だ。さらには剣姫という二つ名もついた。それに、人類史上最高の剣士とも。確かにベルは超近接距離クロスレンジでの戦闘は人類の中でも最高峰。加えて、屠っている魔族の数は確かに人類の中でもトップクラス。魔人を撃退だけでなく、あれからの十年の間で魔人を殺したことさえもある。



 その実績から、彼女は人類最強の剣士。そう評されている。そのことは彼女も知っている。だがやはり、ベルの脳内に残る剣戟は少佐のものだった。



「少佐……私は……」



 ツゥーっと、涙がこぼれ落ちる。今までこんな風に感傷に浸るなど、あまりなかった。少佐がいなくなってから3年はただ我武者羅に、5年経過してからはその死に慣れてしまった。むしろ、彼がいない日々が普通になった。そして10年経った今は、何を思うのか……。



 彼がたどり着くことのない場所にたどり着いたベル。この黄昏を攻略するという確かな意志を持って人類は進み始めた。彼の死は、決して無駄ではない。彼女の心の支えとなり、そして彼の伝えた剣技はベルの中で生き続けているのだから。



 でも……ベルは比べてしまっていた。あの時の少佐と、今の自分。本当に私は、少佐に近づくことができているのか。ちゃんと後続の対魔師たちを導くことができているのか。



「……」



 彼女はもう一度、自問自答をするとそのまま黙って去っていった。




 ◇



「ユリアさん! おはようございます!」

「……うん、おはようアリエス」



 僕は再びアリエスの家に宿泊していた。あれから一週間が経過。僕らは黄昏危険区域レベル1からレベル3まで探索していた。レベル4に進もうにも、この周囲の魔族をある程度は削っておく必要があるからだ。だがやはり、数が異様に少ないのだ。まるでどこかにいった、または死んでしまったのかのように、魔物が存在しない。



 上の判断としては、まだ進軍はしないということだった。でもそれは理解できる。この状況はあまりにも異質過ぎるからだ。



 そんな中で、僕ら第一小隊はエルフの村で視察と称して彼らの暮らしを観察することになった。でも名目はそうなっているも、本当のところはその裏に隠れている真意を見出すことにある。本来ならば、特級対魔師である僕、ベルさん、先輩、さらにはノアなどの実力者はそんな仕事をする必要はないのだが念のためにこの場にやってきている。



 万が一、エルフたちが裏切っても対処できるように……。あの件を経て僕ら人類は特にそのことに関しては敏感になっているからだ。




「朝は軽いものでいいですか?」

「うん、ありがとう」

「いえいえ。いつもやっていることなので!」



 それでなぜ僕は彼女の家に泊まっているのかということだが、これもまた視察の一つ。名目上はそうだ。しかし実際のところは、彼女の調査となっている。



 アリエス。エルフの中でも屈指の魔法力を有する少女。あとで村のエルフの人たちに話を聞いたが、この圧倒的な魔法力は生まれつきらしい。エルフは、生まれた瞬間に魔素の保有量である程度その才能を測ることができる。彼女はエルフの歴史の中でも最高峰の魔素を保有しているらしい。



 ――理屈としては、理解できる。しかし……。



 僕はまだ疑っていた。彼女だけではない。このエルフという亜人全てを。仮にこれが杞憂で終わるなら、それでいい。だがこの疑念が払拭されるまでは、僕はこの場に居続ける必要がある。



「はい。簡単なものですが」

「ありがとう」



 朝食を出されると、それをもいただく。人間の食料もある程度こちらにすでに供給されており、こうしてこの村でもいつものような食事をとることができている。



「それにしても、大丈夫なんですか?」

「? 何の話?」

「ユリアさんが私の家に泊まっていることです。またエイラさんに怒られてしまうんじゃ……」

「あぁ大丈夫だよ。うん」

「そう、ですか? ならいいですけど……」

「……」



 目を逸らしながら、僕は朝食をそのまま食べていく。実はここに至るまでは簡単な話ではなかった。エイラ先輩とは、まぁ……色々とあったのだ。




 

 ◇




「はぁ!? ユリアがあの女の家に泊まる!?」

「うん……これは決定事項だから。すでに理由は向こう側に……伝えてあるから……」

「理由って何よ」

「表向きは視察……後は文化的交流とか」

「本当は?」

「彼女の調査。それとエルフ全体の裏切りの……可能性、それにあの……魔法力は……見過ごせない」



 エイラ先輩、それにベルさんと僕は第二拠点に呼び出されて今後の方針を伝えられた。そして先輩は怒った。まぁ……でもそれは至極もっともなものだと思う。だって、いくら調査とはいえ女性の家に男が泊まるのだから。



「わかった。理由はわかったわ。で、なんでユリアなのよ」

「彼女が……一番……心を許しているのは……ユリアくんだから……」

「はぁ!? そんなの本人に聞かないとわからないじゃない!?」

「聞いたの……」

「は?」

「誰か来るなら、ユリア君が……いいって……本人の許可も、それに村長の許可も出てる……」

「その女、ユリア狙ってるんじゃないの? アリエスとかいったわよね。ちょっと可愛いからって調子乗ってるんじゃない?」

「先輩。そんな、アリエスはそんな人じゃ……」

「ユリアは黙っていなさい。男にはわからない女の世界の話だから」

「……はい」



 一蹴。僕の意見は却下らしい。まぁ……先輩にはどうにも頭が上がらないので、どうすることもできないのだが……とほほ……。



「エイラちゃん……わかってるでしょ……最悪の場合、ユリアくんなら……確実に対処できるって」

「殺すの?」

「……流石にそこまでは……しないけど……何かあったら、拘束ぐらいはするかも……」

「まぁユリアに勝てるやつが、そこらへんにいるとは思えないけど……」



 改めて先輩は僕の方を向く。じーっと僕を見上げるようにして、注意を促して来る。



「ユリア。いいこと。何もしてはダメよ」

「何も……ですか」

「そうよ。いっている意味……分かってるわよね?」

「手を出すな……という意味合いでしょうか」

「そうよ。あの美貌にクラっときても堪えるのよ。いいこと」

「もちろんです。僕らは黄昏を攻略するために、ここにいるんですから。そんな余裕はありません」

「……分かってるならいいわ」

「はい。肝に命じておきます」



 最後に、「本当にわかっているのよね? ねぇ?」と念を押されまくったが僕は毅然としてその問いに頷いた。先輩はきっと、僕一人で大丈夫なのかと心配してくれているのだろう。でも僕は一人でもやれるし、やるしかない。それが特級対魔師序列零位ということなのだから。



 ◇



 ということで、今に至るわけだ。向こう側も僕を受け入れてくれ、今は村の人の顔と名前も覚えたし彼らがやっている作業なども手伝っている。



 農作業や、他にも動物の狩りなど。この結界の中は黄昏の影響はそれほどないのか、しっかりと植物は育つし、動物たちも生きている。多くのものは、黄昏に侵されてしまい魔族化するのだがここではそういう訳ではないようだ。



「アリエスちゃん、よかったわね。こんないい人が来てくれるなんて」

「はい! ユリアさんはとってもいい人なので、助かっちゃいます!」

「ははは。それならよかったかな」



 周りのエルフの人たちも歓迎してくれているようで、そんなことを言ってくれるも……僕は感じ取っていた。それは視線だ。獲物を狩るような視線ではない。同情、憐憫……そんな類の感情が込められているような視線。



 ここで一週間程度過ごしている実感だが、裏切りというほど……何かをしているようには思えなかった。でも隠していることはある。そんな感じだった。



 僕はその違和感を見つけ出すために、ここでの日々を過ごすのだった。




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