第99話 謎の天才



 いよいよ作戦開始は明日だ。これまでの日々で色々と準備を整えた僕は、もうすでに出発できるだけの覚悟も持ち合わせていた。黄昏での戦闘。それはきっと今までにないくらい厳しいものとなるだろう。そして……死者も必ず出る。今回は最低でも二級対魔師以上しか参加できない作戦だが、それでも死者は出る。特級対魔師でさえ、安全とは言えないのだ。



 僕は自室の中でそう物思いに耽っていた。黄昏に二年間いたといっても、僕は恣意的にそうされていたらしいので、おそらく知らないことも多くあるのだろう。自分の見ていることだけが、全てではないのだ。



 そして今日一日は特にすることもないので、本でも読んでいようかと思った矢先……ドアがノックされる。



「はいはーい。誰ですか?」

「ユリアくん……今……時間ある……?」

「ベルさん。何か用事ですか?」



 やって来たのはベルさんだった。そして彼女は予想だにしないことを口にする。



「会って欲しい人が……いるの……」

「? まぁ、今日は時間もあるので構いませんけど」



 すぐに軍服に袖を通して、そのまま部屋を出ていく。僕はベルさんの後ろを歩いている形だ。ふと窓越しに外を見つめる。黄昏は依然として存在しているのは当然だが、そろそろ本格的に冬がやってくる。もうかなり寒くなって来ている外の世界はどこか澄んで見えた。



「……ここ」

「会議室ですか。誰か待っているんですか」

「入れば……わかるよ……」

「分かりました」



 僕は入るように促されるので、そのまま会議室の扉を開ける。すると……中にいたのは子どもだった。まだ床に届かない足をブラブラさせているも、僕の姿を見るとすぐにこちらに駆け寄ってくる。



「あ! 来たんですね! うわぁ……本物だぁ……本物のユリア・カーティスだぁ……」

「えっとその、君は?」

「僕の名前はノア・バイルシュミット! よろしく!」

「う、うん……よろしくね」



 幼い少年。まだ10歳にも満たないであろう身体。髪の毛は僕と同様に真っ白で、髪型は至る所がブツ切りで自分で適当に切っている様がうかがえる。


 まさか……この子は新しい魔族の血を受け継ぐ個体なのか? 僕と同様に……。



「ベルさん、まさか……」

「ユリアくんの……考えていることはわかるよ……でもね、その子は違うの……普通の人間だよ……すでにリアーヌ様には見てもらってるから……魔素形態、固有領域パーソナルフィールドは魔族の要素は欠けらもない」

「ならどうして僕に? ベルさんの親戚とかですか?」

「……その子も明日の作戦に参加する」

「は!? じょ、冗談ですよね!?」

「冗談じゃ……ない。その子はね……天才なの。おそらく人類始まって以来の……真の天才。それは……頭脳だけじゃなくて、実戦的な技能も……同様。私がこの目で全て確かめ方から……」

「だからって……こんな幼い子どもを……」

「実は逆に脅されている……の……連れて行かないと、暴れるって……」

「暴れるっていっても、たかが知れているんじゃ……」



 僕がそう呟くと、ノアはにっこりと微笑みながら会話に入ってくる。



「ユリアさん。僕はね、三大難問の一つを解いたんだよ?」

「は? 三大難問ってあの?」

「うん。僕が解いたのは、永久機関。永続的エネルギー供給だけど……まぁ厳密いうと完璧じゃないけど、擬似的には成功しているんだ」

「……ベルさん、本当なんですか?」

「……本当。その子は……孤児院にいたんだけど、裏切りの件で各都市の人間に一斉調査が入ったの。その時に見つかったのが、ノア。彼はずっと一人で……研究をしていたらしいの。なんの実験器具も……なしに、自分の……魔法だけで。それで擬似的に永久機関を……生み出したところを……軍が発見して、今に至るって感じかな……」

「そうですか。しかし三大難問を解ける人間がいるとは……」




 三大難問。それは魔法により実現可能となるであろう未解決の難問。



 飛行(重力操作)

 転移(量子テレポーテーション技術)

 永久機関(永続的エネルギー供給)



 この三つを総称して魔法三大難問と称するのだが、すでに転移は実現可能だとわかっている。それはクローディアや他の魔人を見ればわかる。しかし飛行と、永久機関に関しては長年の研究でも成果は出ておらず永遠に解決できないとまで言われている代物だ。


 それをこんな子どもが解決したのか? しかも永久機関となればそれは本当に偉業だ。これからのエネルギー問題に終止符が打たれるのだから。



「それで……ここからが本題……」

「だいたい予想はつきますが……」

「この子の面倒を、作戦中に見て欲しい」

「……正気なんですか? そういうということは、軍の上層部も承認しているんですよね?」

「もちろん。ノアは……現存する広域干渉系スフィアは全部使えるし……それに、永久機関も使える……実は特級対魔師にしようとする動きもあるの……」

「……今回の作戦の実績を見て、そうしようと?」

「そう……やっぱり特級対魔師を3人も失ったのは大きすぎた……だからこそ……優秀な人材は……どんな年齢であれ……採用する……方針になった……私も少しどうかと思うけど……本人もすごいやる気だし……それに、ここ数日……一緒に黄昏で戦闘したけど……一級対魔師レベルには……優に達しているから……」

「……そうですか。分かりました」



 僕は表面上は了承する。確かに戦力は多ければ多いほどいい。それがたとえ10歳であろうとも、使えるのなら使うべきなのだろう。本来ならば若者がここまで台頭するのは異常事態だと思う。今の特級対魔師のメンバーを見てもほぼ若い人たちで構成されている。でもそれは一つの悲しい事実があるせいだ。



 そう……すでに上の世代の人々は数多く死んでいるのだ。つまりは若者が台頭しなければならないほど、僕たち人類は追い詰められていることを意味している。ならばこのような状況も……飲み込むしかないのか。そう整理して、僕は改めてノアに話しかける。



「ノア、でいいのかな?」

「うん! ユリアさんにはずっと憧れてたんだぁ……」

「どこかで会ったことある?」

「ううん。でもね、その中身が美しい。僕はね、この世界で最も美しい生き物はユリアさんだと思う」

「……まさか、その眼は」

黄昏眼トワイライトサイトっていうんだよね?」

「そうだけど、まさか中身まではっきりと見えるの?」

「うん! 見えるよ!」

「そっか……いや、それは……」



 凄まじい。僕も黄昏眼トワイライトサイトを有しているが、相手の中身まで見えるようになったのは覚醒後だ。それまではただ魔素の動きを知覚するだけのものだった。僕の所感としては今の黄昏眼トワイライトサイトはリアーヌ王女の天眼セレスティアルアイに近いと思う。それが意味するのは、やはりその能力は人間の枠を超えているということだ。しかしどうして、ノアがその能力を持っている? 僕もまた彼を黄昏眼トワイライトサイトで見るも……完全に人間である。


 魔人でもなければ、聖人でもない。いったい彼は何者なのか。僕はその疑問に支配されつつあった。



「……うわぁ、やっぱりそうだ! ユリアさんも視える人なんだね!」

「そうだね。僕も君と同じだ」

「僕はね、ずっと気味悪がられてた。見ないものが視えるっていうと、みんな僕をいじめるんだ。気持ち悪いって……でも、ユリアさんは見える! それに前にあったリアーヌ王女も見えるって! すごいねここは! 僕と同じ人がいるなんて!」

「そうだね……僕も君と同じさ」

「あはは! 嬉しいなぁ……僕と同じ人がいたんだぁ……」



 おそらくノアは孤独だったのだろう。孤児院の中で過ごす日々。だがその能力はすでに特級対魔師に届き得るもの。ならば彼の居場所は……やはりここしかないのだろう。悲しい現実だが、僕が……いや僕らが彼の居場所になろう。なんの因果かはわからないが、これも運命だと受け入れて。



 こうして僕らは新たに天才を加えて、作戦に臨むことになる。

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