第98話 王位継承




「よし、こんなものかな」



 宿舎の中の部屋を整理する。あれから僕の拠点は第一結界都市に移動となった。一度第七結界都市へと赴き、荷物をこちらに持ってきた。その際に第七結界都市の黄昏機動部隊の人たちがささやかな送迎会を開いてくれた。今回の移動するのは、僕、先輩、シェリーは特級対魔師なのでもちろんだが一級対魔師の人たちも第一結界都市にやってきている。その中にはソフィアもいる。彼女はすでに一級対魔師となり、特にエイラ先輩の強い推薦で今回の作戦に参加することになった。



「ふぅ……ちょっと疲れたな」



 一息つく。相変わらず部屋に物は少ない。僕の持ち物は特筆すべきものはない。強いて言うならば……本だ。エドガーさんに頂いた、黄昏についてまとめた本。そっと表紙をなぞる。それは正確に言えば本の体裁を保ってはいない。幾重にも重なる紙を紐で止めただけのものだ。



(エドガーさん……)



 あの時のことはまだしっかりと記憶に残っている。黄昏に追放された時のことはよく覚えているし、特に……あのオーガの村のことは記憶に深く刻み込まれている。魔族の中にも、人類に敵対していないものはいる。そして彼らは僕にとてもよくしてくれた。だと言うのに……あの村はすでに滅んでいるとクレアがいっていた。


 それはおそらく事実なのだろう。あの場で嘘をつく必要などないからだ。


 また死んでいった。僕と関わる人が次々と死んでいく。黄昏に行く前は、ただの学生でこの世界のことなど深く知らなかった。黄昏は厳しい場所である。その程度の認識だった。でも僕は知った。黄昏は容赦なく生物の生命を奪い、弱肉強食の真理で成り立っている。



「……」



 ふと窓越しに空を見上げる。赤黒い光を見て思うのは、これまでの軌跡。あの頃の弱い僕とは決別した。これからは特級対魔師序列零位として、人類の希望として、僕はその歩みを進める。



「よし……」



 全ての準備を終えて、僕は宿舎を出ていった。これから一週間は作戦会議、それに部隊編成などが決められる。僕も一部の会議は参加することになっている。序列零位としての仕事は、戦うことだけではないのだ。




 ◇




「……あなた、ちょっとよろしくて?」

「はい。何かご用事ですか?」



 会議室へ向かう途中に僕は急に話しかけられる。その身にまとっている衣装、さらには僕は以前に彼女の顔を見たことがある。僕と同じぐらいの長身に、縦に巻かれている金髪の長髪。化粧もしているのか、その容姿は皆が見惚れるものだろう。実際にあのパーティーでは多くの注目を集めていた。



「第二王女のグレーテ様ですよね?」

「えぇそうです。あなたは新しく序列零位になったユリア・カーティスですね。以前とはだいぶ印象が違いますけど」

「長髪でしたが、最近切りましたので」

「ふーん。ま、いいんじゃないかしら?」

「……恐縮です」



 第二王女。第三王女のリアーヌ王女とは仲が悪いとは有名な話だ。気性が少し荒いが、その美貌と圧倒的なカリスマから時期女王の声は大きいが……おそらく次の女王はリアーヌ王女で決まりだろう。数百年ぶりの聖人の誕生。彼女を王に据えない理由などはない。でもグレーテ王女の目はまだまだ野心に溢れているようだった。



「あなた、リアーヌとは仲が良いそうですね?」

「……仲良くさせていただいております」

「単刀直入に言います。ユリア・カーティス。私のものになりなさい」

「仰る意味が分かりかねますが」

「王位継承、分かっているでしょう?」

「あなたに助力しろと?」

「……口の利き方がなっていないようね。でもまぁ……良いでしょう。序列零位の手駒は是非とも欲しいの。もちろん良いわよね?」

「……」



 はっきり言って、彼女はこの世界を舐めている。王位継承が全く無駄とは言わないが、今はそんなことよりも黄昏で如何に戦うか……と言うのが重要だ。自分の地位ばかりに固執しているのがよくわかる。この手の輩は、権力の持った人間とはそれに縛られているものだ。王族、貴族、軍の上層部、その権力に固執する気持ちは分からなくもない。権力があれば、この都市で自由に生活をできる。それに有り余る財力を元に自分の生きたいように生きることができる。僕もそんな生活に全く憧れがないと言えば嘘になるが、今の自分には使命がある。だからこそ、そんなふざけた要求を呑むわけにいかない。



「失礼ですが、私は王位継承に関わる気はありません。それにお言葉ですが、リアーヌ第三王女は聖人として覚醒しました。あなたに介入する余地はないかと」

「……あなた誰に口を聞いているのか分かっているの?」

「権力闘争はそちらで行なってください。我々は黄昏攻略作戦のことで、手が一杯なので」

「良いの? あなたたちの作戦、こちらで妨害しても良いのよ?」

「……本気ですか。これからの作戦は、人類にとって大きな前進になります。だというのに、そんな私情で……」

「私情? 新しい女王の言うことが聞けないと?」

「はっきり言いますが、許容できる内容ではありません」

「はぁ……特級対魔師はみんなそう。全員が頭が固いのね、本当に」

「では失礼します」




 僕は会話をそれで打ち切りそのまま去っていく。僕らはこれから黄昏で戦うのだ。王位継承などに構っている暇はない。それに次の女王はリアーヌ王女で決定だ。そう、そう思っていたが……人間とはかくも愚かな生き物だと僕は今後知ることになる。

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