第100話 黄昏危険区域:攻略作戦、始動



 とうとうこの日がやってきた。人類が本格的に黄昏を攻略しようという日が。今まではことごとく失敗に終わってきた作戦だが、今回の入れ込み具合は人類史の中でも最高だろう。何よりも今回の作戦では、戦力が圧倒的に違う。過去の中でも二級対魔師以上の数は最高。それに加えて特級対魔師もかなりの戦力が揃っている。



 さらに特筆すべきは、4人の存在だ。僕、シェリー、エイラ先輩、さらにはリアーヌ王女。うち3人は僕を含めて魔族の血を取り込んでおり、リアーヌ王女は王族の中でも稀な聖人として覚醒している。



 もはや状況がそうしろと言わんばかりに、僕たちは促されるようにして黄昏で戦うことになるのだった。




「ユリア、おはよう」

「おはよ。シェリーはよく眠れた?」

「……実はあまり眠れていないわ。緊張しちゃって……」

「僕も同じく」

「でもなんだか元気そうね」

「気が張ってるから……かな?」

「どうして疑問系なのよ」

「うーん。自分でもよく分からないっていうのが正直なところ。緊張と興奮で眠気が吹っ飛んでるんだと思う」

「でもそうよね……今回の戦いで、今後の人類の命運が分かれるから……」

「後世にこの作戦が成功と残るか、それとも失敗と残るか……考えるだけでも憂鬱だけど、やるしかないさ。それに僕たちはもう特級対魔師で人類の代表たる存在なんだ。仲間に不安な姿は見せてはいけない……と思う」

「さすがユリア、心意気が違うわね。そういえば、確かユリアも今回登壇して話すのよね?」

「……う、うん。総司令官の後に出て話す予定だよ」

「うわ……もし私がすると考えると、吐きそう……おえ」

「や、やめてよ! 僕も緊張するんだから!」



 そう二人で騒いでいると、後ろから見慣れた人がやってくる。



「あんたたち……こんな日も元気ね」

「ち、違うんですよ先輩! シェリーが脅かしてくるから!」

「ちょっと!? 私のせいって言いたいの!?」

「二人とも静かにしなさい。もうすぐ作戦前の演説なんだから。それに今回は市井の人もくるのよ」

「「はい……申し訳ありません」」



 と、二人で深く反省をすると僕たちはそのまま集合場所へと集まる。しばらくするとそこには膨大な数の対魔師たちが揃う。全員に二級対魔師以上で、今回の作戦に参加する人たちだ。僕は純粋に彼、彼女たちには尊敬の意を表する。こういうと不遜な言葉かもしれないが、特級対魔師が死ぬことは確率としては低いだろう。その一方で、一級対魔師と二級対魔師の人たちは僕らに比べれば死ぬ可能性は高い。



 むしろ、今回の作戦で犠牲者が一人も出ないと思っている楽観的な人間はいない。皆、自分の死を覚悟してこの場に集まっているのだ。もちろん僕も同じ意識だ。あの青空へとたどり着くためならば、僕らは死して尚……進む覚悟が必要なのだ。



 そういう世界で僕らは生きているのだから。



 そして僕ら特級対魔師は最前列で整列する。横にズラリと並ぶ新しい特級対魔師たち。僕らこそが、人類の希望であると誇示しなければならない。無様な姿など、晒すわけにはいかないのだ。



 

「諸君、ここに集まってくれたことを心から感謝する」



 演説が始まった。目の前で登壇して話しているのは、総司令官だ。今回の作戦での最高指揮官である。特級対魔師ほどの戦闘力はないが、その大局を読む技量で幾度となく人類を救ってきた偉大な人物だ。



「黄昏にこの世界が支配され、もう150年の時が経過した。その間、人類はこの局地で数多くの血を流してきた。ここにいる者の多くは、家族、仲間の死を経験しているだろう。そして我々はその死を乗り越えて、この場に立っている。対魔師の諸君よ。君たちの存在を誇りに思う。これから君たちが向かうのは、黄昏だ。人類が未だ攻略の糸口すらつかめていない、あの黄昏なのだ。その脅威はすでにその身を以て知っているだろう。愛する人が、家族がいて逃げたい者もいるだろう。しかし君たちのような存在のおかげで、我々はこうして今も生きながらえている。これまでの犠牲は数多くあった。その犠牲は全ては礎となり、我々が引き継いでいく。黄昏から人類を解放するという意志は、死して尚……受け継がれてくのだ。諸君、改めて言おう。私は君たちを誇りに思う。そしてこう最後に告げよう……黄昏から解放される時が、来たのだとッ!! 人類は今こそ、立ち向かうのだッ!! 確かな明日を掴むためにッ!!」



 瞬間、対魔師たちの声が湧く。全員が声を上げ、そして誓う。世界を支配している黄昏を必ず、必ず破壊するのだと……。



「さてそれでは、ここで対魔師を代表して挨拶をしてもらおう。特級対魔師序列零位、ユリア・カーティス。ここに」

「はい」



 凛とした声を発する。すでに何をいうかは心に決めている。あとはそれを感情に乗せて紡ぐだけだ。僕はゆっくりとその歩みを進め、登壇すると自分の想いを発する。緊張して手は震えているも、それをぐっと抑え込み僕はまっすぐ全ての人を見つめて、言葉を紡いだ。



「この度、特級対魔師序列零位に任命されました。ユリア・カーティスと申します。さて、ほとんどの方はご存知だと思いますが、私は二年間黄昏にいました。危険区域レベル10にいたこともあります。その経験から言えることは、黄昏の世界は皆さんもご存知の通り、弱肉強食。強いものが生き残り、弱いものが死んでいく。それだけです。それだけのシンプルなルールで構成されているのが、この世界なのです。今回の作戦では前人未到である黄昏危険区域レベル5まで進行する予定となっています。もちろん、我々特級対魔師が先行しますが……正直言ってそこで何が起こるかは分かりません。上手くいくかもしれない、しかし失敗する可能性もあります。過去にはレベル4で魔人と遭遇した例もあるからです。それでも、そんな過酷な状況でも我々は進む必要があるのです。今のままでは旧態依然としたままの現状維持で何も変化はありませんでした。しかし我々には、結界都市を安定させることができたことで、少しずつ外の世界に目を向けることができるようになりました。人間には確かな力があります。魔族にも対抗し得る、力があるのです。そして……これまでの幾億もの人の死を乗り越え、我々はたどり着くのです……この黄昏の果てにある、青空に。改めて、特級対魔師序列零位として誓いましょう。この先にたとえ、どれほどの地獄が待っていようとも私は人類の希望として最前線で戦い続け、必ずや、人類に青空をもたらすのだと――」



 それから先は何を言ったか覚えていない。僕は考えてきた内容を話したが、それでも足りなかった。この想いを、人類を黄昏から解き放つために自分には何ができるか、そんなことを考えながら進んできた。



 僕は数年前はただのちっぽけな少年だった。そんな僕がここまできた。人類の希望の中でも、最高の地位にたどり着いた。それはもちろん、僕の努力だけで達したものではない。先天的なものが多いなど、とうに知っている。この存在が悪意から生まれたのだと、とうに知っている。だがそれでも、これから先……何を成していくのか。それは今の僕の意志が決めるのだ。確かな未来への足跡は、今の僕らが決めるのだ。



 たとえこの作戦で失敗したとしても、人類は何度だって立ち上がる。今までもずっとそうしてきたのだから。ならば……僕はこの黄昏を切り裂く光になろう。人類を照らす最上の光に、僕は――。






「頑張れー!!」

「頼んだぞー!!」

「人類を、これからの世界を頼んだぞー!!」



 そして作戦開始。僕らは行軍を開始した。先頭は特級対魔師の面々。そして道の左右には数多くの人たちで溢れていた。流石に他の結界都市の人も全て来ているという訳ではないだろうが、さすがにこの量は第一結界都市以外からも来ているのだろう。



 僕らは手を上げながら、その声に応じる。皆、願っているのだ。黄昏から解放され、この世界で自由に生きるのだと。もうこの局地で怯えるようにして暮らす日々に終止符を打とう。その役目は、僕ら対魔師のものだ。ならばその責務を果たそうじゃないか。



 この手に、確かな明日みらいを掴む時がやってきたのだ。




「ユリア、大人気ね」

「先輩、茶化さないでくださいよ」

「演説よかったわよ」

「……それならよかったんですが」

「ねぇユリア」

「なんですか?」

「この作戦が終わったら、大事な話があるの。聞いてくれる?」

「……先輩、そんなこと言わないでくださいよ。それ……危ないやつですよ」

「大丈夫よ。だってユリアが守ってくれるでしょう?」

「……そうですね。守りますよ。この手から溢れる命は一つだって、逃しませんから」

「その意気よ。さて行きましょうか」

「はい」



 歩みを進める。確かな意志を、想いを抱いて、僕らは進んでいく。幾億の屍の上に成り立っているのが僕らだ。そしてその現実を見つめ、屍を踏みしめて進んで行くのだ。



 こうして人類の命運をかけた戦いが、幕を開けた――。

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