第53話 考察



 第七結界都市。そこでは、リアーヌがベルと共に現在の状況を整理していた。現在はリアーヌとベルは共に行動をとっている。それは護衛的な意味合いも強いが、それ以上にリアーヌはベルを信頼しているからだ。リアーヌは幼い頃からずっとベルが側にいた。そしてベルもまた、ずっとリアーヌのことを見てきた。そんな二人の信頼関係はただ言葉で定義するのは難しい。それほどまでに二人は互いを信じきっている。


 そして彼女たちが目下取り組んでいるのは裏切り者の件だ。リアーヌは魔素を知覚する特殊な特異能力エクストラを有している。一方のベルは諜報活動を得意としている。特級対魔師という地位から、ベルはその強さばかりが目立つが元々の性格があっているのもあり、彼女は人の行動、仕草、痕跡などを収集することを得意としていた。地道な作業になるが、それでもベルはリアーヌに頼まれたことはずっと続けていた。それこそが、自分にできることなのだと分かっているからだ。



「ベル、これは……違います」

「……こっちは?」

「……いや、痕跡はないですね」



 現在は二人で住んでいる家の一室で、ベルの収集してきた物品などからリアーヌが特異能力エクストラである元素感覚ディコーデングセンスを使用して調べている。


 元素感覚ディコーデングセンス。それはこの世界に存在する魔素を知覚する特異能力エクストラ。魔素とは魔法に使われるだけでなく、この世界を構成している要素の一つでもある。ユリアの有している黄昏眼トワイライトサイトは魔素を視覚で認識するものだが、元素感覚ディコーデングセンスは本質から異なる。それは、第六感とも呼ぶべきもので知覚するのだ。五感ではない、全く別の感覚。それは直感と呼ぶべきものかもしれない。リアーヌは直感的に分かるのだ。そこにある魔素がどのようなもので、そして誰から生じたものかさえ分かる。



 魔素は生物を介した場合、特有の痕跡が残る。リアーヌはそれをじっと探っているが、どうにも核心に至るものが発見できていないのが現状だった。



「ふぅ……とりあえず今日はここまでにします」

「……お疲れ様、です……紅茶を入れてきました……」

「いつもありがとうベル」

「いえ……」



 そう言ってリアーヌはベルが注いだ紅茶を飲むと、椅子の背もたれに体を預ける。思えば、こうして第七結界都市にやってきたのは色々と理由があるが、一番は逃げるためだった。自分は狙われている……そんな予感がしたのだ。それは特異能力エクストラなどは関係ない。ただの直感だ。ベルに調べてもらったが、リアーヌを害しようとした動きはない。それでも、第一結界都市にいてはいけない。今はまだ結界維持の仕事も彼女にはないこともあり、リアーヌはベルの護衛付きという条件でこの第七結界都市にやってきていたのだ。



「特級対魔師、全員調べたの?」

「はい……でも……」

「全員シロなのね」

「申し訳ありません……」

「いいのよ。簡単に分かることではないのは、分かっているから」

「……でも状況証拠としてはユリアくんの可能性が高いと……軍の上層部は考えている……ようです」

「第一結界都市を救ったのに?」

「マッチポンプの類の可能性もあると……」

「まぁ否定はできないわね。確かに黄昏に2年間いて、魔族の手先となり戻ってくる。タイミングもちょうどいい。ありえない話じゃない。彼がもしも、全てを偽り私たちの信頼を勝ち取るために行動をしているとすれば……ゾッとする話ね。私がユリアさんとエイラを信じているのも、あの襲撃を退けたのが主な理由だし……やはりもっと警戒すべきかしら……」

「今回、ユリアくんを出張させているのも……様子を見るのも兼ねているそうです。それに常時ではありませんが、彼には監視が付いています……」

「一番怪しい特級対魔師は、ユリアさんということね」

「上はそう考えています。でも……」

「ベルは違うと思うの?」

「……証拠はありません。ただ彼は違う……今回の件……特に結界の件はもっと昔から計画されていたと思います。あの魔物を引き連れてくるのは可能かもしれませんが、結界を解除するのは2年間も外にいた彼に可能とは思えません……」

「外に出て魔族の手先となり、元々結界都市にいる裏切り者と連絡を取っていたのかもしれないわよ?」

「彼にそんな時間は……ありませんでした……ユリアくんが戻ってきてからのおおよその行動を追いましたが、あまりにも短すぎます。戻ってきてから、中にいる裏切り者と合流して、襲撃を起こす。それもマッチポンプという形で……本当に全て計画されているのなら、見事ですが……少々、現実的ではないと……」

「そうね。でも上の人間は誰かをターゲットにしておきたいみたいね」

「……敢えてそうしているのかも……しれません……」

「情報が錯綜しすぎね。でも、私は手がかりを掴みかけている……それは分かっているの……」



 リアーヌには確信があった。それは彼女が結界を維持している聖域と呼ばれている場所で微かな魔素の痕跡を知覚しているからだ。偶然だった。その痕跡は今にも消え去りそうなものだった。以前までのリアーヌならば目にも止めなかっただろう。しかし、彼女の特異能力エクストラは進化していた。今では本当にわずかな痕跡も見逃すことはない。そしてあの時の魔素を頼りに、彼女は独断で捜査を進めているのだった。




 そして彼女の手は、確実に裏切り者の間近にまで迫っていた。だがそれを知るのは、まだ誰もいない……。





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