第51話 エイラの日々



 目が覚める。エイラは朝は苦手な方で、いつも起きるのに苦労する。



「う……うう……眠い……」



 ぼーっとした状態だが、それでも寝坊するわけにもいかない。今日は黄昏での戦闘がいつものように待っているのだ。それに今まで寝坊など一度もしたことがない。エイラは昔から几帳面な性格で、集合時間などもきっちりと守る人間であった。そのため、どれだけ億劫でも朝の時間を無駄に過ごすことはない。



「よいしょ、っと……」



 ベッドから降りると、彼女はまずシャワーを浴びに向かう。朝が弱い彼女にとって、目覚ましのためにシャワーを浴びることは重要である。そして衣服を脱ぎ捨て、かごに入れる。



「変わらない……」



 ボソッと呟くエイラだが、これはいつものことである。彼女は毎朝、自分の成長具合を鏡で確認している。だが身長も伸びていなければ、胸も大きくなっていない。女性として魅力に欠けているのは知っている。それでも、エイラはいつかその日が来るのだと信じている。



「はぁ……家族はみんな大きいのに、どうしてかしら……」



 そう言いながらシャワーを浴び始める。エイラの家族、特に女性陣は色々とサイズが大きい。それは身長、プロポーション全てにおいてだ。身長などは男性に近いし、胸も平均は優に超えている。エイラは思春期になってから、そのことをずっと疑問に思ってきたがそう考えてもどうしようもない、と最近は少し諦め気味になってきていた。



「……よし」



 シャワーを浴び終えて、軍服に着替えると髪を結う。これがいつものエイラのスタイルだ。彼女は一通りの準備を終えると、そのまま軽く朝食をとるために食堂に向かう。






「……むぐむぐ」



 無論、一人である。エイラは軍属になっても、親しい人間を作ることはなかった。否、作ることはできなかった。しかし何事にも例外が存在する。それは、ユリア、シェリー、ソフィアの3人だ。あの3人だけはエイラにとって特別な人間だった。いつからそうなったのかはもうあまり覚えていないが、気がつけばそれなりの仲になっていたのだ。



「せんぱーい。おはよーございまーす」

「あぁ、ソフィア。おはよ」



 朝食をとるのは大抵一人だが、時々こうしてソフィアがやって来る。彼女は顔が広く、友人も割といるようで色々な人間と一緒にいるのを見かける。わざわざ自分のところに来なくても……そう思うエイラだが、別に無下にする理由もないので何かを言ったりはしない。



「今日は黄昏ですか?」

「そうね」

「そういえば、ユリアとシェリーどうしているでしょうね」

「……」

「もしかして、すごいことになっていたり」

「……あの二人はそうならないでしょ。特にユリアが、ね」

「はは、ですよねー」



 追い詰められている世界だからこそ、人間は子孫を残さなければいけない。そのため、特に恋愛をすることに規制はない。軍の中でも夫婦になる人間はそれなりにいる。だがしかし、ソフィアとエイラは気がついていた。あのユリアにはそんなことは微塵も頭にないのだと。得てして、この手の話題は女性が興味を持ちやすいものだが、シェリーは不器用なのかからっきし。ユリアの方は朴念仁を極めている。状況は動きようがない、というのが二人の結論だった。



「じゃ、私は行くわね」

「はい。月並みな言葉ですけど、頑張ってください」



 エイラはそう言うと、黄昏に向かうのだった。




 ◇




「ふぅ……」



 いつも通り、第七一特殊分隊での戦闘を終えた。現在はユリアがいないので、それほど深くまでいかない。補充をしようにもユリアの代わりがいないからだ。


 今日の戦闘も終わって帰ろうかという時、隣にいるルナ・グレイ中尉が彼女に話しかけた。



「相変わらず凄いですね、リース少佐」

「……今まで言う気は無かったけど、別に少佐呼びしなくてもいいわよ。私の方がだいぶ年下だし」



 ルナはずっとユリアに対しても、エイラに対しても、階級をつけて呼んでいた。それは距離を取りたいと言うよりも、純粋な尊敬から来るものだった。ルナは自分が優秀な人間だと昔から自負があった。学生の時に二級対魔師となり、そのまま軍属に。そして彼女は順調にキャリアを進め、現在は中尉の地位にいる。佐官になるのはもう少しかかるが、自分なら特級対魔師も夢ではない。そう思っていた……。



 そんな矢先、補充としてやってきたユリアとエイラ。彼女は特級対魔師に出会うのは初めてだった。幸か不幸か、今までは同じ隊になることは無かったのだ。



 そして知った。自分よりも10歳近くも年下だと言うのに、自分を優に超える存在がいるのだと。ユリアの場合は近接戦闘を主としているので、一概に比較はできないが、同じ後方で魔法を使って支援するエイラにはただただ唖然とした。これが同じ人間なのか? ルナは初めてエイラの魔法を見た時そう思った。特級対魔師とはいえ、まだ10代。私でもまだついていけるはず……浅はかにも、彼女はそう考え、心を折られた。



 だがルナはそこで諦めなかった。エイラを自分よりも上の存在として認知し、盗めるものは盗もうと決めたのだ。



「ですが……」

「あなたも年下のこんな小さな子どもに敬語とか嫌じゃない? 私が言うのも難だけど、別に気にしないから」

「……」



 一見、突き放しているようにも思えるがエイラの顔が少し赤くなっているのが見えた。その瞬間、ルナは悟った。特級対魔師とはいえ、まだ10代の子どもに変わりはない。確かにその強さはこの人類の中でも屈指のものだが、心もまた成長しているとも限らないのだ。いや、そこは年相応なのだろう。特にエイラは不器用だ。そう思い始めると、何だか遠い存在であった彼女が近い存在に思えてきた。



「じゃあ、エイラって呼んでも?」

「いいわよ。私はルナって呼ぶから」

「ふふ……」

「どうしたの?」

「いや別に……ただちょっとね」



 ルナはまだ顔を赤くしているエイラを見て、微笑ましい気持ちになった。




 ◇




「エイラ、一緒にお風呂行きましょ」

「えぇ……」



 基地に戻ってきて、ルナはエイラにそう告げた。裸の付き合いもまた、距離を縮める手段の一つである。ちなみにエイラは自室の小さなシャワールームでいつも済ませている……が、先ほど距離を縮めた手前ここで断るのも悪いかと思い了承するのだった。



「……じー」

「何?」

「……じー」

「ちょ、ちょっとどこ見てるの?」

「あなた、細身だと思ったけど……胸あるのね」

「……割と戦闘の時は邪魔だけどね」

「そう。そうよね、持っているものは皆んなそう言うのよ。ふふふ……」

「……」



 大浴場の中でエイラと隣り合わせで入っているルナだが、人間らしい面を見て色々とエイラに関して悟ると同時に、話題を変えることにした。



「そういえば、カーティス少佐とは仲がいいの?」

「まぁそうね。第一結界都市で会ってからの短い付き合いだけど、それなりにね」

「てことは……そう言うことなの……?」



 ルナもまた普通の女性としての感性を持っている。エイラとユリアが仲がいいのは一目でわかる。これはもしかすると、もしかするのかもしれない。彼女はそう期待していたが、話はそう単純ではない。



「……どうなのかしらね。とりあえず、ユリアが朴念仁なのは確かだけど……私たちにはこれがあるから」

黄昏症候群トワイライトシンドロームか……」



 ルナもまた、黄昏症候群トワイライトシンドロームに侵されているがエイラほどではない。彼女の胸を見た時には、かなり驚いたものだった。



「これがある以上、今後どうなるか分からない。今はそんなことを考える暇はあまりないわね」

「……あまりってことは、ちょっとは考えたり?」

「……」

「図星ね」

「もうっ! うるさい、うるさい!」



 改めて、ルナはエイラの可愛さと言うものに気がつくのだった。

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