第20話 予兆


「え!? 特級対魔師!?」


 こんな小さな子が特級対魔師!? それよりも、六年? ということは僕よりも二つも年上なのか!? こんな小さな子なのに!?


「あんた今……このロリがどうして特級対魔師って思った?」

「いえ、滅相もございませんッ!」

「ふん。別にいいわよ、小さいのは仕方ないし……」

「いえ僕は好きですよ? とても可愛らしいと思います」

「え……ロリコン!?」

「ちょ、その認識は誤解を招きますよ!」

「嘘よ。で、ユリアはどうしてこんなところに?」

「いやただ散歩していたら、女の子が襲われていたので助けにと……」

「いいとこあるじゃない。と言っても、私が相手してたらあいつらはボコボコだってけどね」

「あはは……」



 やりかねない。僕はこの短期間でエイラさんの性格を理解していた。自由奔放、彼女はその言葉がぴったり合う人だった。



「それにしても、どうして僕のことを?」

「あぁ。ギルとクローディアから聞いたのよ。黄昏に二年もいた化け物がいるってね」

「ははは……化け物ですか。そんな大したものじゃないですけど……」

「あなた、時間あるでしょ?」

「まぁ……はい。夜のパーティまでは」

「私もそれに出るから丁度いいわ。付いてきなさい」

「どこにいくんですか?」

「私のお気に入りのカフェ。奢ってあげる」

「ありがとうございます、エイラ先輩」

「……先輩?」



 くるっと僕の方を振り向くエイラ先輩。え? 僕何か変なこと言ったかな?


「今……先輩って言った?」

「はい。僕は四年生ですし……都市が違えど、先輩ですよね?」

「あなた……いいッ! とってもいいわッ! 気に入った、ユリアのことは私が面倒見てあげるッ!」

「えぇ!? どうしたんですか、急に!」

「私こんな見た目だから、バカにされることが多くて……だから人の視線とかには敏感なのよ。あ、こいつは私をバカにしてるなって分かるの。でも、あなたはちゃんと尊敬した視線を送ってくるし、態度もしっかりしてる! 私のこと、先輩って呼んでくれるし、グッドよ!!」

「はぁ……そうですか」



 なぜか気に入られてしまった。でも、僕もこれから特級対魔師になる予定だ。仲のいい人がいるのはとてもいいことだろう。人間関係で変な軋轢は生みたくないしね。


「じゃ、行きましょう!」

「分かりました」



 そしてスキップでもしそうなぐらい軽い足取りで進むエイラ先輩の後を僕は追うのだった。



 ◇



「で、黄昏に二年もいたのは本当なの?」

「本当です。色々と大変でした」



 それから僕たちは近くのカフェにやってきて、色々と話をした。彼女は僕のことを信じていない訳ではなく、純粋な興味として黄昏のことを色々と知りたかったらしい。



「へぇ……すごいわね。一年で大陸を横断するなんて」

「……自分の方向音痴具合には辟易しましたよ、それが分かった時は……」

「で、また一年かけて戻ってきたと」

「今度はオーガの村で色々と支援を頂いたのですが、地図がどうやら正確なものじゃないようでさらに迷って……また一年かけて横断しました……いやぁ、あれは大変だったなぁ……」

「で、あなたもあるんでしょ?」

黄昏症候群トワイライトシンドロームですか?」

「えぇ。私はここ」



 そう言ってエイラ先輩は胸元のボタンを外して、ちらっとその中を見せてくる。


「ちょ!? 公共の場ですよ!」

「別にいいわ。全部見せるわけじゃないし。ほら、みなさい」


 僕はささやかな胸は気にせず……全く気にせず……そう、気にすることなく……彼女の胸に刻まれている刻印を見た。


「……レベル5ですか?」

「ユリアもでしょ?」

「僕はここですね」


 そして腕をまくると、僕もまた腕に刻まれている刻印を見せる。


「うわ……それってどこまであるの?」

「肩まであります」

「それってレベル5、超えてるんじゃないの?」

「恐らくは。それにリアーヌ王女に診てもらいましたが、僕は完全に黄昏と一体化しているようです」

「なるほど……そういうことね。伊達に二年もいないっていうことね。それよりも、リアーヌと会ったの?」

「はい。第七結界都市から護衛をしました。それにしても、エイラ先輩は、仲がいいんですか? リアーヌ王女と」

「ん? あぁ……幼馴染よ。私の家ってちょっとした貴族だから」

「貴族ですか……そういえば、第一結界都市にはいるんですよね」

「しょーもない連中よ。ほんと、バカ。自分たちの血にしか誇りを持っていないゴミばかり……」



 辟易したような感じでそう吐き捨てる。


 第一結界都市は特別な場所で、王族だけでなく貴族もまた存在している。数はそんなに多くないはずだが、普通の人間よりも格式が高いのは自明だった。


 そのあとは他愛のない話をして、解散することにした。



「さて、そろそろ行きましょうか」

「はい」

「じゃ、私は一旦家で着替えるから。また会いましょう、ユリア」



 そして僕は宿に歩いて戻っていた。ちょうど暗くなってきて近道のためにひと気の少ないところを歩いていた。結界都市では対魔師による犯罪がゼロではないので、それなりに防犯対策などはある。例えば、魔法を感知する術式が組んであったり、それを感知すると通報される……などのものだ。ただし、それは全域にあるわけではなくやはり死角というものは存在する。この場所はちょうどその死角。若干いやな予感がするも、僕はそのまま進んでいた。


 そんな矢先……急に後ろから拳が振るわれるのを感じた。


「……ちっ、テメェ本当にユリアなのか?」

「ダン……どうして」


 予感的中。そこにいたのはダンだった。きっとどこからか着けてきたのだろう。


「さっき一緒にいた女……あれって特級対魔師のエイラだよな? 特徴的だからすぐに分かったぜ。で、お前……どうやって媚を売ったんだ?」

「……別に。ただ偶然で会っただけだよ」

「嘘だな。確かにちょっとは身体技能は上がったみたいだが、お前が特級対魔師になれる訳がない」

「……もうやめよう、ダン。僕はもう、あの頃の僕じゃないんだ……やめてほしい」

「テメェ……俺をそんな見下した目で見ていいと思っているのか?」

「……」



 見下している気は無い。ただただ、悲しかった。彼は変わらずにいる。ずっと同じままだ。でもそれは僕も同じなのかもれない。僕たちが変わったのは、その戦闘技能だけだ。ダンは強くなったし、僕も強くなった。


 だが、僕はきっともう……ダンよりも強い。それは今の攻撃を見ても明らかだった。



「ユリアッ! テメェっ! そんな目で俺を見るんじゃねええええッ!!」



 ダンは腰にあるブロードソードを引き抜き、僕にそれを振りかぶる。でも遅いよ、ダン……遅すぎる。そんなスピードじゃあ、黄昏の奥では生き残れない。せいぜい、安全圏より少し出たところが限界だろう。


 完全に感情的になっているダンの攻撃は単調すぎた。これなら別に能力を使う必要もない。



「……なッ!!?」



 僕はその剣を指先だけで掴み取り、そのまま彼の手首を捻ってその場に剣を叩き落とす。


「ダン、これが現実なんだ……もう、やめてほしい」

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!! ユリアが俺よりも強いだと? そんなこと、ありえねぇえええんだよおおおおおおッ!!」



 今度は魔法。しかも後ろの方を見ると、そこにはレベッカとアリアもいた。彼女たちは周囲に結界を張って人払いをし、さらにはダンの魔法のサポートをしようとしている。



 どうして、君たちはそうなんだ……どうしてッ!!



「……もう、終わりにしよう」



 僕は黄昏眼トワイライトサイトを発動。そして魔素を知覚すると、不可視インヴィジブルを使ってその魔素を妨害するようにして、発動。すると、そこにあった魔素は搔き消える。それと同時に、結界も完全に消える。


 3人とも魔法が消された反動で、その場に尻餅をついていた。



「もう僕には関わらないでくれ……」



 最後にそう言って、僕は去った。


 そして彼が人を殺しそうなほどの視線で僕を見ていたのは、間違いなかった。それでも……僕は逃げた。こんな時どうするべきなのか……それが分かっていなかった。だから逃げた。もう関わりたくない。彼たちを見ていると昔の自分を思い出して嫌になる。法的な措置を訴えかけようと考えているも、僕は迷っていた。そもそも証拠は僕の証言だけだし、嘘と言われればそれまでだ。僕の実力を見て本当に黄昏にいたと信じてくれている人もいるが、それもまたただの状況証拠に過ぎない。


 黄昏にいた、というのは僕の記憶の中にしかないのだ。


 そしてそんなことを考えても、いつかダンたちとは向き合う必要になるかもしれない。こうしてここで再会して、このまま終わり……というわけにもいかないのだろう。


 きっとそれは運命なのだ。だからこそ、僕は過去と決別する必要がある……そんな気がした。

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