第14話 己が価値を示せ
「ではまずは、ユリアくんとキースくんですね。どうぞ、前に」
サイラスさんが名簿のようなものを見ながらそう告げると、僕は彼と向き合うようにして相対する。じっと睨み合うも、僕はなぜかサイラスさんに呼び出される。
「ユリアくん、ちょっといいですか?」
「はい、なんですか?」
そう言って僕はサイラスさんの方に近づいて行く。
「はい。今回の試合ではこれ使ってね」
「え!? でもこれ……鉛筆ですよ」
「うん。僕の予備のやつね。あげるよ」
「その残りの試合、全部ですか?」
「うん。だって君、普通にナイフ使ったら一瞬で終わるだろう? 他の学生の力も見たいからね。それに系統外魔法の中でも、無属性の幻影魔法がオリジナルだよね、確か」
「はい、そうですけど……」
「なら工夫次第だね。あ、指も使ったらダメだよ。その鉛筆だけね。それと長さも一定にね。伸ばしたり、短くしたりするのは無しで」
「わ……分かりました……」
そして僕は削りたての鉛筆を頂いた。木の棒よりも細い、ただの棒切れ。何かを書く以外の用途などないはずだが、今回はこれが僕の武器になってしまった。
今の会話は周囲には聞こえていないはずだが、周りの人たちは僕を見てギョッとする。キースはすでにクレイモアを構えているのに、僕はちっぽけな鉛筆を持って立っているだけ。普通は意味がわからないだろう。いや、僕も意味が分からないけど……それでも、やってみるしかない。
「では、開始してください」
僕は今回は先手必勝で行くことにした。おそらくあのクレイモアをこの鉛筆を起点にした
それにおそらく、あれは個人用に微調整したものでやや刀身が長い気がする。でも彼の体格を考えると、それでちょうどいいのだろう。さっきの試験で見るに、瞬発性と言うよりは一騎当千、一撃必殺を得意としていそうだ。
「はッ、鉛筆で向かってくるだと! そんなブラフに引っかかるかよッ!!」
もちろん、彼だけでなくおそらくシェリーとサイラスさん以外はこれはただの囮と思うだろう。でも僕に四大属性の魔法は使えないし、系統外魔法も無属性に特化している。だから、この鉛筆をメインにしてその他の技能で勝つしかない。指を使えれば、戦術の幅はさらに広がるのだが、なまじ鉛筆は最悪だ。むしろ素手の方がいいだろう。五本の指先と、それに僕は脚も起点にできる。それを上手く使って奇襲もできるのに、鉛筆では腕の振りや手首の返しのせいで軌道が丸見えだし、何よりも細い。
攻撃を受ける……という選択肢はない。だからこその、攻め。守りに入った瞬間、僕は負ける。
「ハァッ!!」
自分らしくもないが、雄叫びをあげてそのまま鉛筆を起点に
「なに……!? 何が起きたの?」
「おい、あの鉛筆何か仕込んでるのか?」
「いや……何も見えないが……」
「あれってどうなってるんだ? キースが防御したぞ。何もないのに……」
今の瞬間、キースはこの鉛筆の延長線上にやく1.5メートルの見えない刀身があることに気がついた。もちろん、可視化はできないし、僕も感覚で把握している。気がついたのは野生の勘か、それとも僕に対する認識を改めたのか。
「……訳わからねぇが、見切ったぜ。次は取るッ!!」
来るか……。まぁ、それもそうだろう。タネさえ割れてしまえば、ただの細い剣と仮定して戦えばいい。それに見えないと言っても、体の運び方、手首の返し方を見ればある程度刀身は把握できる。本来は刀身の長さを変えることで対応したいが……それも出来ない。
でも、やすやすと僕はこの
「おらッ!! くらえええッ!」
なんと物騒な……と思いながら、その攻撃を躱して僕は突くようにして一閃。
「……シッ」
「ぐ、ぐうッ!!」
外してしまったが、軽く皮膚を切り裂くことに成功。何よりもこの鉛筆は細いというデメリットはあるが、攻撃の発生が早いし、取り回しもいい。総合的に見れば、二年間使ってきたナイフこそ至高なのだが、これも悪くないな……そう思いながら僕はさらに慣性制御の魔法も重ねて発動。
そして無限とも思える、剣戟が開始される。
「ぐぐぐぐ、ぐおおおおおッ!!」
「……」
なんとか捌いているキース。彼もそれなりの実力者のようで、何とかこの剣戟に付いてきている。だが流石に相性が悪い。この近距離ならば、僕の
「おいおいおい、キースが負けるのか?」
「あいつ、二級対魔師でシェリーに次ぐうちエースだろ?」
「でも……圧倒している。ユリアが、あの鉛筆の見えない剣で圧倒しているぞ」
「す、凄まじい……」
すでに周囲の声は聞こえないほどに僕は試合に入っていた。この没入する感覚は懐かしさすら覚える。
「こいつッ! あんまり調子に……乗るなッ!!」
苦し紛れか、キースは魔法を発動。そして僕とキースを挟むようにして、氷の壁が生成される。だが魔法特化しているわけでもないので、僕はそれを悠々と
「くそッ、くそッ、くそッ、くそッ、ありえねぇ……ありえねぇ……俺が負ける? 二級対魔師である俺が、負ける? 負けるのか? クソおおッ! ふざけるなあああああああああああああああッ!!!」
後方に下がるようにして、次々と氷の壁を生成するキース。すでにクレイモアは振るっていない。だからか、流石に魔法の発生が早い。ここまで逃げに徹されると、流石のこの鉛筆を起点とした
「……止むをえないか」
ボソリとそう呟くと、僕は
学術名称は、Extra Sensory Perception which comes from magic.
つまりは、魔法から生じる超感覚的知覚。これは対魔師の中には魔法の影響もあって、特殊な知覚能力を手に入れる個体がいるというものだ。そして僕が持つ、
「……
それはこの世界を別の知覚で認識するもの。主に用途は、この世界に漂っている
この灼けるような
「なぁ……ッ!!!?」
そして
「負け、認めてくれるよね?」
「……まだ、まだ俺はあああああッ!!!」
もちろん、ここで負けを認めるような人間ではないと知っているので、思い切り鳩尾に回し蹴りを叩き込む。
「……あ、ああ……あぁ……」
最後にそう言って彼は意識を手放した。
「勝者、ユリアくんだね……っと」
サイラスさんはそう言いながら、名簿に僕の勝利を書き込む。
そして静寂……からの、大きな拍手が僕を包み込む。
「すげぇ、すげぇ、すげぇ! 勝ったよ! あのキースに!」
「しかも圧勝ッ!!」
「彼って何者なの!?」
「もしかして、この学院で一番強いのって彼?」
「あの噂も本当なんじゃ……!!」
「すげぇよ。やっぱ噂は本当だったんだ!」
まさかの拍手喝采。僕は自分の実力が認められたことに、唖然としていた。
「ほら言ったじゃない。心配するなって」
「……シェリー」
「あなたのその強さは、尊敬に値するものよ。この学院に籍を置いている者なから分かる。どれほど途方も無い努力の末に、その力を手に入れたのかを……ね」
「そう、みたいだね」
空を見ると、どこまでも灼けるように真っ赤に広がっている。いつもの黄昏の光景だ。でも今日はどこか澄んでいる……そんな気がした。
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