第13話 学生選抜戦、開始
そして時はやってきた。今日は第一結界都市への遠征をするための、学生選抜を決める日だ。日程としては数日に分けてやると思ったが、一日で終わらせるらしい。今は演習場に50人以上程度集まっている。一学年に100人生徒がいて、六年生なので全体では約600人。十二分の一程度の数だが、それは例年よりも少ないらしい。どうにも年々参加者が少なくなっているというか、ハードルが高くなっているみたいだ。
「みなさん、初めまして。今回の選抜戦は私が担当することになりました。特級対魔師、序列第一位のサイラスと申します」
その声を聞いた瞬間、周囲にざわめきが広がる。
「あれが序列第一位……」
「人類最強の男か……」
「流石の貫禄、でも少し普通って感じもする……」
感想は様々だったが、今日は以前会った時よりも雰囲気がある。スーツを身につけているのもそうかもしれないが、僕には彼が何かを期待してるような……そんな気がした。
「ではまずはそうですね……数が多いので、減らしましょう」
ちなみに毎年やってくる特級対魔師は違うようで、今回が偶然サイラスさんだったようだ。そのため、試験内容は多岐に渡る。対策を立てようにも、その人の裁量で決まってしまうのでこちらとしては、何にでも対応できるようにする……というのがシェリーから聞いた話だ。
「このトラックをトップの方が四分の三ほど走ったら私がスタートします。それで私よりも早くゴールできれば、とりあえず一次試験は合格です。もちろん、強化魔法の使用はオッケーです。私も使いますので」
再びざわつく。だが今回は試験参加者というよりも、これを見にきている野次馬の方がざわついているようだった。
「ねぇ、ユリア。これってかなり有利じゃない?」
「……いや油断は禁物だ」
そう、ここにあるトラックは一周200メートルのもの。つまりは残り50メートルになったら、サイラスさんはスタートするのだ。普通ならばあり得ないものだ。追いつけるわけがない。でも人数を減らす、というからには間違いなく脱落者が出るのだろう。
そしてそれぞれがスタート位置につく。嫌なことに僕をいじめの標的としている奴らが、隣に固まっている。さらにはニヤニヤしながらこちらを見ているからには……やってくることは容易に想像できる。でも妨害行為をするなとは言われていない。
だがもう甘んじるのは止めよう。今の現状に、自分自身に恐れるのは、もう終わりにする必要がある。
「はい。ではよーい。スタートです」
少し気の抜けた声でサイラスさんがそういうと、全員が地面を蹴りその場から駆け出す。予想通り、隣にいた奴らは僕を囲みさらには服を引っ張って転倒させようとしてくるが……そんな程度じゃ、僕は揺るがない。
「え……は!!?」
「おい、どうなってるんだ!?」
「分からない……あいつは、ガリ勉じゃないのか!?」
瞬間、僕はいつものようにスイッチを入れるとそのまま全身を強化して、大地を踏みしめる。先ほどは中間グループにいたが、もう少しでトップグループに入りそう……いや、このままぶっちぎりでいける。
もう一段階ギアを上げると、半周する頃にはすでに僕はトップだった。それを見て、周囲の学生と見にきている生徒が何やら騒ついている気もするが、今の僕には何も聞こえない。今、音はいらない。ただ体を動かして、誰よりも早くあのゴールにたどり着くだけだ。
そしてサイラスさんのスタート位置である四分の一まであと数歩。僕のせいでハードルが上がっているだろうが、黄昏に行くということは、この程度の身体技能がなければ話にならない。
「では、スタートしますね」
サイラスさんはそう言って、地面を駆け抜けた。すると、たった数秒で半周しすでに後続を捉え……そのまま彼は後続を次々と飲み込んで行く。
だがその間に僕は余裕でゴール。そのあとにシェリー、それにソフィアさんも続いてゴール。
「うおおおおッ!!」
僕を虐めているであろう主犯格の男子生徒。あとは彼だけだった。彼は最後の雄叫びをあげて、後ろから迫り来るサイラスさんから必死に逃げている。
ちなみに、残りの人間は抜かされてしまい、その場に信じられないようなものを見た目で座り込んでいる。
そして
「……はい、では合格は12名ですね。10人以下に出来ると思いましたが、いやはや第七都市の皆さんは優秀ですね」
ニコリと微笑むサイラスさんは、微塵たりとも疲れていない。僕たちは動きやすい戦闘服に着替えているというのに、彼はスーツ。それでもこのトラックをたったの数秒で駆け抜けた。本気の僕でもここまでのスピードが出せるかどうか……。この速さだけで判断するのはどうかと思うが、以前抱いていたただの優しい人という印象は無くなった。
「おい、なんでガリ勉が残ってるんだ?」
「でもあの女装野郎、一位だったぞ?」
「一級対魔師のシェリーさんよりもだいぶ先にゴールしてたよな」
「はぁ……はぁ……ユリアくん、尊いよぉ……」
周囲が僕を見て色々と言っているも、もう気になりはしなかった。僕は前に進むと決めた。だから、もういいんだ。他の人に怯えなくても、たとえ怖がられても、僕は……誰かのために、この力を振るうと決めたのだから。
「はぁ……はぁ……はぁ……ユリア、速いわね。私、ごほっ……本気だったのに、余裕で抜かされちゃった……」
「まぁこれぐらいは必須技能だからね」
「しかも息切れしてないし。ぐぬぬ、やっぱ悔しい……」
二人でそう話していると、やってきたのはソフィアさんだった。
「やほ、やほ〜。二人とも生き残ったんだね〜」
「ソフィアさんもね」
「げ、ソフィア」
「もう、シェリーってばそんな顔しないでよ〜」
「いつもベタベタしてくるから鬱陶しいのよ」
「コミュニケーションの一種でござるよ〜」
「ちょ!? 離れなさい! 今汗かいてるから!」
「あらあら。乙女ですなぁ〜」
「いや……あなたもでしょ……」
「それにしてもユリアくん。心境の変化でもあったの? みんな見てるよ、君のこと」
「もう覚悟は決めたよ。シェリーに色々と助けてもらったしね」
「ふーん。へーえ」
ニヤニヤと笑いながら、シェリーを見つめるソフィアさん。それを勘違いしたのか、シェリーはボッと顔が赤くなる。
「べ! 別に変なことはしてないからね!?」
「うん……その反応でしていないのは分かるけどさぁ」
「……ふん」
ガヤガヤと二人が騒いでいる最中、こちらに誰かが近づいてくる。それはあの主犯格の男だった。刈り上げた髪に身長は180センチ以上はある。それに服越しでも分厚い筋肉に覆われているのがよく分かる。二年前の僕だったら、ただ萎縮していただけだろう。
「おい……ユリアだったな」
「これはいつもお世話になっています」
ぺこりと頭をさげる。もちろん、嫌味と皮肉を込めてそうしている。もう彼に屈する僕ではない。そのイラつている目を真正面から受け止める。
「俺の名前はキース。よく覚えておけ。それにしてもお前、逃げ足だけは速いみたいだな」
「えぇ。あなたよりも、ね」
「お前……年上に対する態度がなっていないな」
「年齢だけで偉いと勘違いできる脳みそは素晴らしいですね。もちろん、年上の方は尊重しますよ。内面が伴っている人には……」
「言うじゃねぇか、ガリ勉女装野郎が」
「いやこれ女装じゃないですよ」
「うるせぇ! 女みたいな髪と顔しやがってッ!」
「ははは……なんだか、悪口にキレがないですね」
「はッ、見てろ。おそらく次は実戦だ。お前は落ちて、俺は残る。じゃあな、ガリ勉」
「まぁ……そうなるといいですね」
「……チッ」
最大限煽ってみた。僕だって感情がないわけではないのだ。今までの冷水シャワーのお返しはしないといけない。それに僕が反抗してきたからなのか、彼の目には少しだけ動揺が見て取れた。でもまぁ……今まで虐めてきた奴が急に自信満々に歯向かってきたら、嫌だよね。そりゃ。
「では次は……総当たりのリーグ戦をしましょう。勝率上位3人を第一結界都市に連れて行くことにします」
サイラスさんが告げる内容。それは最終試験内容だった。
実戦形式のリーグ戦。つまりは残り12人で総当たり戦だ。
そして、僕たちの戦いが始まるのだった。
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