第12話 覚悟



 自室に戻る。今日は本当に疲れた。特級対魔師のギルさんと戦い、そして序列第一であるサイラスさんに出会った。人類最強の対魔師である人に認められているのは間違いない。だからこその、重圧。そして迫る学生選抜戦。


 学院にいる生徒は良くも悪くも、自分に自信がある人が多い。しかも、学生選抜戦に出るとなると間違いなく、実力と自信のある人材が出てくるに違いない。



 不安だった。実力的な意味ではない。精神的な意味だ。思えば、黄昏から戻って来て僕は何かよく分からない感覚に襲われていた。あの黄昏での生活が嘘のように平和。恐れることはない。ただ学院に行って、勉強して、帰るだけ。それだけで十分だというのに、僕は確かな焦燥感を覚えていた。



「……ただいまぁ」



 誰もいないのは知っている。でも第三結界都市で寮暮らしをしていた時から、これは癖のようなものだ。いないと分かっていても、言いたくなる。



 でも、今回は違った。室内に誰かいるのだ。



「え……」

「あ……」



 そうそこにいたのは、シェリーだった。しかも……裸の。いや厳密には前にはタオルをしているので全ては見えていない。それでも艶かしい肌と、髪から滴る雫はとても扇情的なものに思えた。



「え、ちょ……は!?」



 戸惑いを見せる僕だが、すぐに部屋を確認する。うん。隅っこの部屋だし、ここはまちがいなく僕の部屋だ。室内にある質素な家具も間違いなく見覚えがある。ならばなぜ……この部屋に裸のシェリーがいるんだろう……。



「違うの……ッ!」

「えっと、何が?」

「その……実はここに忘れ物をしていて……」

「えっと隣の部屋なのにここに忘れ物?」

「……ユリアがいない間、空室だったから物置代わりにしていたの。それで……」

「うん……」

「で、ちょっと物を運ぶのに汗をかいたから……」

「うん……」

「ついでにシャワーでもって……」

「いや、自分の部屋で浴びなよ」

「だ、だって! すぐに入りたかったんだもんッ!」

「分かったよ。分かった……でもとりあえず、服を着てほしい。お願いだ……」

「あ……」



 その声と共に、パサリとタオルが落ちる。僕はスッと目をそらすと、そのまま部屋の前で待機するのだった。



「い、いやあああああッ!!」



 その豊満な胸と、しなやかに伸びる肢体を見ることはなかった。うん、全くなかった。いや……本当だよ?




 ◇




「お騒がせしました……」

「いや別にいいよ。晩御飯もご馳走になってるし」



 僕はシェリーの部屋におり、こうして手料理を振舞ってもらっている。どうやら、シェリーは自炊派の人間のようで毎日料理しているとのことだ。



「美味しい?」

「むぐむぐ……美味い、美味すぎるよッ!」

「そう。なら良かった」



 メニューはハンバーグとコーンスープと付け合せのパン。しかし、パンもまた手作りということでかなり驚いた。シェリーの料理の技量にはただただ尊敬を覚える。僕の場合はサバイバル的なものしかできないので、純粋にすごいと思う。黄昏にいた頃は、焼くか煮るの選択しかなかったので非常に参考になる。



「ユリアは明後日の選抜戦に出るの?」

「出るよ……」

「意外、てっきりでないものだと思った」

「まぁ……色々あってね」



 本当は出る気は無かった。選抜戦は出ない学生もそれなりにいるが、それでも見に来るようで、一種のお祭り騒ぎになるらしい。二年前から恒例の行事らしいが、僕はちょうどその頃から黄昏にいたので知らなかった。


 毎年、第一結界都市に行けるのは各都市から数名のみ。そして黄昏を移動しながら、実戦訓練をして最後には王族に謁見できるらしい。


 王族。それは特別な血統を持つ人だが、詳細は明かされていない。彼らもまた、人類にとっての希望だと言われているがその詳細は分からない。知っているのはおそらく、側近の人間と特級対魔師のみ。


 だからこそ、選抜戦は盛り上がる。選ばれるということは、この人類を背負うに値する人間だと言われているようなものだからだ。



「そう言えば、シェリーは選抜に選ばれたことあるの?」

「……まだよ」

「それこそ意外だね。シェリーの実力なら、絶対に選ばれていると思った」

「私が強くなったのはここ一年だから」

「……昔から強いわけじゃ無かったんだね」

「そうね。ずば抜けた技量も特に無かった。だから私は努力に努力を重ねて、一級対魔師にまで上り詰めたの。そういう意味では、ユリアと似ているわね」

「意外な共通点だね」

「ふふ……そうね」



 そしてしばらく雑談をしていると、再び選抜戦の話に戻る。



「ユリアはあれ、見せるの?」

不可視刀剣インヴィジブルブレードのこと?」

「えぇ。あれが使えれば、絶対に残れるでしょ」

「……迷ってはいる。明後日は普通にブロードソードでも持ち込もうかと思ってるけど……」

「ユリアは目立ちたくないのよね? だって、あなたは私を打ち負かしたって転入初日に言いふらすこともできた。私も否定する気はなかったし。でも、あなたはひっそりと学院生活を送っている。虐めまがいのことをされても、受け入れてる」

「気がついていたの?」

「みんな知っているわよ。あなた、なんて言われているか知ってる? ガリ勉の女装野郎よ?」

「おぉ……それはまたすごい評価だね。でも別に間違ってないからなぁ……女装はちょっと違うけど」

「見返してやろうとか、思わないの? あなたが受け入れてるから黙っているけど、正直むかつくのよね。同じ人間を攻撃して何になるの。私たちは、黄昏で戦うためにここにいるのに……」

「それは分かっているけど……まだ現実感がないというか……あの黄昏の世界はそれ程までに強烈すぎた。僕はあの生死を彷徨う世界が全てだった。だから今は……また戸惑ってる。それに虐めの件もそうだけど、僕はみんなに怖がられるのが怖い。僕の持っている力はそういうものだと……思う」

「ばっか、じゃないの!!?」

「え……?」



 ガタッと椅子から立ち上がるシェリー。その目は憤怒に満ちていた。



「あなたの力は恐怖の対象じゃないわッ! 尊敬すべき代物よッ! 黄昏の世界で二年も生きて、地獄のような日々を生き抜くために身につけた、言葉じゃ表現できないほどの凄いものよッ! だから……だから、そんなに人を怖がらないで……少なくとも、私はあなたを尊敬しているわ」

「シェリー……」



 ぎゅっと僕の手を握ってくれる。それが確かな人の温かみを伝え、僕は生きているのだと実感する。



 ただ僕は怖かったのだ。黄昏人となって、異形の力を身につけて、人とはかけ離れた存在になった。普通の人間は、黄昏が毒になる。一方の魔族は、黄昏が力になる。でも僕は……黄昏によって力を手に入れた。だからこそ思う。僕は人間ではなく、もはや魔族に近い存在なのではないかと。今までは見ないふりをしてきた。知らないふりをしてきた。この右腕を見るたびに、僕は自分が何者なのか分からなかった。



 でもシェリーは言う。僕の力は尊敬すべきものだと。嬉しかった。やっと誰かに、認めてもらえた気がした。帰ってきてよかったと思えた……初めてそう思えた……。



「シェリー、僕の右腕を見て欲しい」

「それって……」

黄昏症候群トワイライトシンドローム、レベル5。いやそれすら超えているかもしれない。もう一年以上もこの状態だから。だからこそ、僕は自分が人間ではなく、異物になったと思っていた。シェリー、僕はまだ人間なのかな?」

「……人間であるかどうかはそんな、外側で判別するものじゃないわ。人間とは、その心の在り方よ。魔族と立ち向かう意志があるのなら、人類のために戦う意志があるのなら、人としての心があるなら、あなたは間違いなく人間よ」

「そうか……いや、僕は誰かにそう言って欲しかったのかもしれないね。でももう、進む時だろう」

「……覚悟は決まったの?」

「あぁ。僕は人間だ。人類のために、戦うよ」

「少し可笑おかしな言葉だけど、あなたが私たちにとって……黄昏を切り裂く光になってくれたら……なんて、ちょっと詩的かしら?」

「僕は好きだよ。そのポエム」

「ちょ!? ポエムって言ったら途端に恥ずかしいじゃない!? やめなさいッ!」

「ははは……ポエマーだね。実はノートにまとめていたりとか?」

「なぜそれを!? 見たの!?」

「え……まじ?」

「カマをかけたわねえええッ!!」



 他愛のないやり取り。だけどそれはどこか心地の良いものだった。



 さぁ覚悟は決まった。行こう、進もう、その先の彼方へ。

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