第11話 特級対魔師:序列第一位



 二人に連れられて来たのは、小さな家だった。街の中心からは外れ、どちらかと言えばこの結界都市を囲んでいる大きな壁に近い場所。



「じゃ、俺たちはここで」

「頑張ってね〜、ユリアくん。また会えたら会いましょう?」

「え、ちょ……!?」



 そして僕はたった一人、置いていかれてしまった。え、これからどうしろと? 特に説明もなく連れてきて、放置。一体僕はどうしたらいいんだ……。そう考えていると、中からドタドタと音が聞こえてきてガチャと扉が開く。



「あぁ……これはこれは、お待たせしてすまないね。さ、ユリアくん。入って欲しい」

「え……その……お邪魔します」



 僕は言われるがままに中に入ると、そこは人が生活しているとは思えないほど簡素な場所だった。椅子と机だけがある。そして隅にはベッド。あとは何もない。人が暮らしている感じもしない。



「さ、紅茶だよ。どうぞ……」

「ありがとうございます」


 このメガネをかけた男性は誰なのだろう? 身長は170センチ半ばで僕と同じくらい。髪は長い黒髪を一つにまとめ、三つ編みにしている。


 そしてとても優しい顔で微笑み、声、挙動だけでもこの人の人となりがある程度分かる。と言っても、僕の主観でしかないがとても優しいと……そう思った。



「ごめんね、急に来てもらって」

「いえそれで……サイラスさんがいると聞いて来たのですが」

「僕がサイラスだよ。初めまして、ユリアくん」

「え……あなたがサイラスさんですか?」

「うん。驚いた?」

「その…失礼かもしれませんが、もっと強面な人を想像していました」

「ははは、よく言われるよ。他の特級対魔師にも、シャキッとしろとよく言われるよ」

「えと……本当に序列第一位のサイラスさんですか?」

「仰々しい地位だけど、一応そうだね。よろしく、ユリアくん」

「はい……」



 テーブル越しに握手を求められるので、ガシッと握手を交わす。とても細くて、薄い手だ。とても特級対魔師のものとは思えない。でもこの人が嘘を言う理由もないだろう。人の強さは見ただけでは測れない。それは僕も重々承知している。でもこの人類の中で最も強い人間だとは……思えなかった。それほどまでに、彼に対する印象はただの優しい人……というものだった。



「薄い手だろう?」

「そ、そうですね」

「ユリアくんはがっしりしている。それに厚みがしっかりとある。二年間も黄昏で生き抜いたのは伊達じゃないね」

「信じてくれるんですか?」



 普通は黄昏に二年も居たなどという話は、夢物語だ。もしくは、ただの妄想。でもこの人はしっかりと僕の目を見据えてそう言ってくる。


「悪いけど、君のことは調べたよ。二年前は第三結界都市で学生だった。成績は最下位。特筆すべき技能もない。筆記の方はまぁまぁだけど、戦闘技術が壊滅的。絶望的と言ってもいいね。パーティでは主にヒーラーとして参加。それが二年で特級対魔師レベルに成長する。あり得るわけがない。でも、黄昏で二年も生きたと言えば、信じられる。それに僕と君と同じさ……」



 そう言ってサイラスさんは右腕を晒す。



黄昏症候群トワイライトシンドローム、レベル5……」

「そう、特級対魔師はほとんどが黄昏症候群トワイライトシンドロームという病に侵されている。中には全くと言っていいほど影響のない人もいるけど、僕も君と同じさ」

「そう……ですか。それで、何か用事があって僕をここに?」

「君には13人目の特級対魔師になって欲しい」

「僕が?」

「そう、君だ。君にはそれだけの実力がある。自分でも分かっているだろう? 自身の能力の高さは」

「……それは」



 知っているとも。確かに僕は強くなった。でもやはりそれは、戦闘技術だけだ。心の強さは成長していない。僕はただの……ただの人間だ。黄昏で偶然生き残っただけの、ただの子どもだ。



「嫌なのかい?」

「僕にはその資格があると思えません……」

「ふむ。なるほど……いや、確かに急な話だ。でもこちらとしても君ほどの実力者を遊ばせておくわけにもいかないんだ。それで提案だが、第一結界都市への遠征に護衛としてついて行ってくれないか? と行っても学生の君が参加するには、学生選抜に残る必要がある。こちらとしても、君をいきなり護衛に抜擢するわけにもいかないからね。体面上、色々とあるわけだ」

「遠征……ですか?」

「実は今、王族の方が各都市の視察に回っている。この第七結界都市で最後だけど、第一結界都市に戻るために護衛がもう少し欲しい。今は各都市から優秀な人材を精査しているところなんだ。それに、後続を育てるためにも黄昏を超えて別の結界都市に行くことはとても貴重だ。今後、高位の対魔師として生きて行くのなら、都市間の移動はさらに多くなる。さて、どうする?」

「……」



 もともと、僕は立派な対魔師になるという目標があった。でもそれは遠い目標だから、ずっと夢を見ていられた。心地よかった。夢を見るというのは、とてもいいことだ。夢のために頑張れる。前に進める。どんな苦しい状況でも、立ち向かえる。でも僕は違った。僕はただ……夢を見ることで現実から逃げたかったのだ。


 そう、僕は逃げていた。そしていざ……自分が人類最後の希望と評されている特級対魔師になれると知って……手放しに喜ぶことはできなかった。



 僕には何が足りないのだろうか?



 でも、それでも、迷っているとしても僕は……進みたいと思った。人類は人魔大戦に敗北してから何も進んでいない。後退もしてないし、前進もしていない。ずっと旧態依然のままだ。そんな状況に僕が……僕に、何かできるなら……やってみたい。


 心の準備ができてからじゃ遅い。進みながら、迷いながら、惑いながら、苦しみながらも、僕は……。



「……人類はそろそろ進まないといけない。後続も十分に育った。今こそ、反撃の時なんだ。この世界の土地を、そして光を取り戻す時だ。協力してほしい」

「……分かりました。護衛の件、了解しました」

「学生選抜は確か、明後日からだ。飛び入りの参加も許可している。ちなみに、試験官は僕がする。特別扱いはしないけど、君なら残れると信じているよ」

「ご期待に沿えるように……頑張ります」

「君とまた逢えることを楽しみにしているよ」



 僕とサイラスさんはそこで話を打ち切って、寮へと戻った。



「……特級対魔師かぁ」



 ここまで来たという実感はなかった。ただガムシャラに生きて来て、戻って来たら急に特級対魔師になれと言われる。喜びよりも戸惑いが大きい。いや、喜びなどない。僕にあるのは、自信のなさだけだ。


 こんな自分に人類を守る資格があるのか? 

 

 人類最後の希望と呼ばれるほどの、人格を備えているのか?


 そう考えれば考えるほど、自分がちっぽけな人間に思えてくる。僕はただ……仲間に見捨てられ、黄昏に二年間いただけの子どもだ。そういう評価しか、今の僕にはできなかった。



「ユーリーアーくん!」

「うぉ……て、ソフィアさん? どうしたのこんな所で」

「こんなところって、ここ女子寮じゃん」

「あ……それもそうだね。ごめん、すぐに部屋に行くから。男が彷徨いていたら嫌だよね」

「お父さん……」

「え?」

「お父さん、強かったでしょ?」

「まさか……」

「うん。ユリアくんのこと、お父さんにちょっと話しちゃった」

「ギルさんはソフィアさんのお父さんなのか……」

「でも家にはあまりいないけどね。都市間の移動が多いし、黄昏での戦闘も多い。今はちょうど帰って来てるけど。で、ユリアくんのこと話しちゃいました。てへ……」

「てへ、じゃないよ……全く」

「で、特級対魔師になるの?」

「……勧誘はされたよ。でも迷ってる」

「迷う? それだけの力があるのに、何を迷うの?」

「……ソフィアさん?」

「君には力があるんだよ? それを人類のために振るわない理由はないでしょう? あいつらを、魔族を皆殺しにできる力が君にはあるでしょ?」

「……皆殺しなんて無理だ……それに、魔族の中にはいい人もいるよ」

「嘘ッ!!」

「……どうしたの、ソフィアさん」



 どうもさっきから様子がおかしい。なぜ彼女は、僕を特級対魔師にしたがるのか。何か特別な理由でもあるのだろうか。



「ごめん……もう行くね」

「うん……」



 そこに残ったのは、夜の静寂だけだった。

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