第10話 人類最後の希望



 ばしゃああ、と再び頭上から水が注がれる。もう慣れてしまったが、その頻度が多くなっている気がする。



「はぁ……冷たいなぁ……」



 中庭を歩きながらそのまま進んでいく。どうやらこれをやっているのは同じメンバーらしく、遠目から僕を見てニヤニヤしている。おそらく、何も反抗しないからエスカレートしているのだろう。ここら辺で、少し説教の一つでもしてやりたいが僕は何より目立ちたくなかった。



 多分、自惚れかもしれないけど僕はこの学院でもかなりの強さを持っている。黄昏で二年間生きるというのはそういうことだ。でもその強さを誇示したくない。それは孤独になりたくないという理由からくるものだった。正直、言って黄昏での二年間は孤独だった。毎日死に怯え、ただただ苦痛の日々だった。だからこそ、今は誰かと関わっていたい。


 もし、僕がこの力を誇示すれば人は離れていくだろう。シェリーを見れば、良く分かるが彼女の場合は孤独に慣れている。でも僕は結局は弱い人間だ。いくら戦闘技能が上がろうが、その心は二年前とそんなに変わっていないのかもしれない……そう思うと、僕はこの状況を甘んじて受け入れるしかなかった。




「……ふぅ……疲れたぁ……」



 放課後。と言ってももう夜だ。黄昏ではなく、暗闇が支配する時間だ。月明かりは存在するも、それでも暗いものは暗い。僕は図書館で遅くまで勉強をしていたが、そろそろ帰ったほうがいいと思いそのまま出ていくが……。



 見られている?



 そう感じたのは気のせいではない。野生の獣に見られているような、そんな感覚。既視感がある感覚。それは黄昏で出会った魔族と同様か、それ以上のものだ。



 まさか、結界都市内に魔物、魔族がいるのか?



 僕は最悪の状況を想定しながら、視線を追うようにして外に出ていくのだった。



「……ここは」



 やってきたのは公園。何の変哲もない場所である。しかし、あの視線は僕をここに導くようにして連れてきた。罠かもしれないという思いはあったが、あれほど殺気の込めた視線を無視できるほど僕は平和ボケしていなかった。結界都市に戻ってきて、少しだけ平和享受していたが思い出してきた。僕は、僕たちはあの黄昏と戦って、土地を取り戻し、光を取り戻す必要があるのだ。



「……ッ!!」



 背後に殺気。というよりもそれは、突然出現した。刹那的な出来事だが、僕はそのまま体を伏せるようにして丸めると前に転がっていきとりあえずは距離を取る。僕の頭上を通り過ぎて言った剣筋は明らかに異常なほど鋭いものだった。



「……ほぉ、今のを避けるか。情報どおりだな」

「人間……?」

「さて、お手並み拝見とこうか」



 目の前にいる男性。それは知らない人だった。でも、一目で強いということはわかる。黒髪短髪、それに顔には髭を蓄えており、考えるに30代くらいだろうか。だが特筆すべきは、分厚い筋肉に覆われた体に、持っている大剣を鋭い速さで振り回す技量。大剣を持つ対魔師はいる。だが求められる技量は異常なほどに高い。確かに一撃は重いが、取り回しが悪すぎる。魔物との連戦を考えれば、ブロードソードが最も効率がいい。だというのに、この男はこの大剣……おそらくバスタードソードだろうが、それをまるでブロードソードのように軽やかに振るわれた。



「誰だ……?」

「それは終わってから話してやるよぉおおおッ!!」



 眼前。再び、バスタードソードが振るわれる。あまりにも速い。これほどの速さを実現する肉体性能、さらには剣技にはただただ感嘆するばかりだ。


 バスタードソードは両手でも片手でも使用できる長剣で、1.2~1.4メートルほどの長さが普通だ。でもこの男のそれは1.5メートル以上はある……いや、ということは、クレイモアか? リーチが長すぎるし、慣性制御も使っているのか切り返しが速い。



「……ッ」



 舌打ちをして、僕は胸ポケットに入れているナイフを取り出すと不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動。そして真正面からその剣を受け止める。



「ぐ、うッ!!」



 僕の不可視刀剣インヴィジブルブレードは細い。それはナイフを起点としているため、縦には伸びるが横幅を変えることはできない。何よりもスピード重視、それが黄昏で生きる鉄則だった。だからこんな重量を受け止めるのは、あまりなかった。魔物の中にはとんでもない大きさのものがいて、戦ったこともあるがそれと同等ぐらい重い。でも僕はその時も……なんとか真正面から受け切った。


 身体強化をさらに引き上げる。肉体は悲鳴をあげ、皮膚が自壊し裂ける。限界を超える強化は体を崩壊させる。でも、今はそんなことも言ってられない。



「……やるな。俺の剣を真正面から受け止めたのは、お前が二人目だ」

「それはどうも……」



 何故か褒められたので素直に受け取ってしまったが、僕の両腕から血が流れていた。あまりの重量に耐えかねて、腕の方が壊れてしまいそうだったがそれでも受け切った。でもそれは今回だけだ。あとは全てを受け流して、あの首を取る。



 スッ……とスイッチを入れる。これは狩りをするとき特有の感覚だ。あの黄昏で生死をかけた戦いをするときになる感じ、所謂ゾーンに入ると言うものだ。


 そして僕は集中して、相手との距離感を測る。距離にして、十メートル前後……不可視刀剣インヴィジブルブレードの射程はいけるか? 伸ばすこともいけるが……ここはあれで行こう。



 そして地面を思い切り蹴り出して……駆ける、駆ける、駆けるッ!!



「速えぇなッ!!!」



 ブンと大剣を振るうも、僕は体を低くしてそれを躱す、そして不可視刀剣インヴィジブルブレードを下から喉めがけて突き刺すようにして一閃。だがそれは大剣による防御で防がれてしまう。ならば……。


 そう考えて、左手の小指から不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動。



「くそッ!! 指先からも発動できるのかよッ!!」



 見えている? それに発動できる? 前者は相手は何か知覚系の能力を持っていると仮定。しかし後者は良くわからない。僕の不可視刀剣インヴィジブルブレードことを知っているのか? 一体どこで? 


 そしてどうやら僕の不可視刀剣インヴィジブルブレードは見えているようで、僅かに躱されてしまう。しかしたとえ見えていたとしても、次は取れると確信していた。僕はそのまま慣性制御を使って不可視刀剣インヴィジブルブレードを切り返し、腕を切り裂くように振るうも……次の瞬間、目の前に氷の壁が生成されたのだ。


 たまらず後ろに下がってしまうが、殺気が一気に落ち着いた。張り詰めた雰囲気が緩和して行くのを感じる。この人は一体……?



「そこまでよ、二人とも。やり過ぎよ、ギル。もう少しで殺されるところだったじゃない」

「はッ、まだまだ。俺はまだ奥の手がある」

「それはこの子も同じでしょ。明らかに今の、腕の一本は飛んでいたわよ」

「ぐ……まぁ、やばかったのは確かだな……」



 急に氷の壁が現れたと思ったら、現れたのは女性。灼けるような真っ赤な髪をしており、その立ち振る舞いはどこか上品なものだった。でもこの人の顔どこかで……。


「あ……確か、シェリーとの試合を見ていた人ですよね?」



 僕は自身に治癒魔法を施しながら、そう尋ねた。今はもう殺気はない。だからこそ、いつも通り穏やかにいく。



「あら? 覚えていたのね、ユリアくん」

「えっと……お二人は?」

「俺はギル。特級対魔師だ」

「私はクローディア。同じく特級対魔師よ」

「え……」



 ポカーンとする。思えば、あの技量はただの対魔師のものではなかった。僕ももう少しで本気で殺し合いをするつもりだったのだ。でも、一級対魔師であるシェリーには勝っているから、本気なる相手といえば特級対魔師しかいない……そう考えると少しだけ腑に落ちた。



「黄昏で二年も生きた……俄かには信じ難いが、この実力を見るにマジっぽいな。おいクローディア、お前戦闘時間どれくらいだ?」

「さぁ……千時間は超えてるんじゃない?」

「俺もそれくらいだが……二年というと、こいつは一万七千時間以上は黄昏にいたことになる。さすがに俺たちの十倍以上の強さを持っているとは思わねぇが……お前のいう通りだったな」

「だから言ったじゃない。強いって」

「だからもう少し詳しく言えよ」

「だって私も彼の本気、見たかったんだもーん」

「何がだもーんだ。アラサーのババアが」

「ちょ!? まだ27歳ですけど!?」



 と、二人のやりとりを呆然と見つめると再び声をかけられる。



「さて、お前は合格だな。あいつに会わせてやるよ」

「だ、誰にですか?」



 ギルさんがそう言うも、あいつとは? 一体誰のことだ……?



「特級対魔師、序列第一位。人類最強の男、サイラスだ」



 そして僕は人類最強の特級対魔師と直接会うことになるのだった。

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