3.遊戯開始。

「簡単なゲームです。JOKERを5枚引く前に、MARIAを5枚引いたら、あなたの勝ちです。」


ん?


あまりにも単純に、淡々と言われたので、理解できなかった。


「僕が並べます。」


えっと、MARIAを引けばいいのね?


え?何?こんな簡単なの??


と、いうか、簡単すぎじゃね?


「…。」


「簡単だと思ってるでしょ?」


そりゃそうだ。


「え?いやぁ、ま、そうですね…。」


「ふふ。」


音音が、不敵な笑みを含ませた。


「これ、僕、負けたことないんです。」


いや、運ゲーだろ。もしくはイカサマ。


「はぁ。」


並べ終わる。


ピラミッド状だ。


MARIAとJOKER、それぞれ5枚ある。合計10枚あるから、4・3・2・1と、4の底辺の部分が、私の方を向き、1の頂点の部分が、音音を向いている。


「さ、MARIAを引いてください。JOKERを5枚引く前に。」


「え、あ、はい。」


引いてください。と言われてもなぁ~。


「あの、確認なんですけど。」


「はい。」


「5枚、JOKERを引いたらどうなるんですか?」


音音が、また不敵な笑みを再現した。


「あなたの人生を、降りてもらいます。」


いや、それがわからんのよ。


「え?あなたと、付き合う?ってことですか??生年月日、ましてや、生まれた時間まで一緒だっていう、あなたと。」


「だれも、そんなこと言っていません。」


ピシャリと止められた。


「あなたが、JOKERを5枚引いた場合、あなたは、あなたの人生を降りてもらいます。」


「え?毒殺?」


「だれも、そんなことを言っていませんよ。」


ちょっとだけ、語気が強くなった。


「死ぬわけじゃないです。人生を降りるんです。」


うーん。今日一番の疑問だ。


「例えば?」


「そのままの意味ですよ。あなたはあなたの人生を降りるんです。」


質問を変えてみよう。


「MARIAを5枚めくったら?」


「彼のことを忘れる方法をお教えします。」


音音は、一貫している。ぶれない。


絶対的だ。音音は、絶対的に存在している。


何も迷っていない。


私はどうだ?


謎の「婚前処女」と書かれた、謎の進一郎と同じ生年月日(時?)を持つ、


謎の人。


そう考えると、進一郎も謎なのかもしれない。







笑いの趣味が合う。というのは、結構私の中で、大きなウェイトを占める。


彼は、M-1、R-1,キングオブコントの歴代の優勝者を空で言えていた。


「2004の南海キャンディーズは、神がかっていた。」


「2009の東京03は、人生の最後に見たいコントだ。」


「あれ、知ってる?ほっしゃん。さんって、優勝する前年度の準決勝でやったネタを、全く一言一句変えずに優勝したんだんだよ!」


ただ、よく知ってんねー。


と、半分尊敬、半分呆れて言うと、


「まだだ。まだまだだよ。」


彼は本当に、学識というか、知識の深さがすごい。


私は、ほとんど本は読まなかったため、現代文、英語の点数は壊滅的だ。


ほぼ数学の5.0で、推薦を入ったぐらいだ。


ただ彼は、すごい。ものすごい。


絶えず、大きめのノースフェイスのリュックサックには、5冊入っている。


「3冊以上、持ってないと、不安なんだよね~」


意味がわからないが、不安なんだね~と、話を合わせていた。


ドライブのときも、赤信号のたびに読んでいた。


よくマニュアル車でできるな。と感心しながら、見ていた。



「私にオススメの本ってある?」


と聞いたことがある。


「それは、奈々をもっとよく知ってからだよ。」


「どういうこと?」


「例えば、ツァルストラはかく語りきを勧めたいんだけど、多分、奈々は、2ページも読めない。」


「えーうそぉー。」


「赤と黒も長すぎるし、ドストエフスキーなんてもっての外だ。」


「えー。」


3作品出たと思うが、何も知らない。どれも何語なのかも知らない。


「う~ん、強いていれば。」


「強いていえば?」


「ぐりとぐらかな。」


「それは、さすがに読んだよ!」


「じゃあ、なんで、チーズ食べるの?最後に。」


「えー。」


「じゃあ、なんで、ぐりぐらのふたりだけしかいないの?」


「うーん。」


「そうやって、哲学っぽく捉えれば、絵本も立派な読書になるんだよ。」


「へー。」


二人で、図書館へ行き、ぐりとぐらを読んだ。


「例えば、この世に、奈々と俺しかいなかったら、どうする?」


「ん?どうだろう?」


「ぐりぐらは、寂しいのかもね。」


「かもね~。」


「俺は、奈々と俺しかいなかったら、寂しくないな。」


「なぁ~に言ってんのよ!!」


「しー。声大きい。」


ここは、図書館だった。



***



ここは、鳳凰の間だった。


目の前に10枚。裏面は、なにか住所が書かれている。QRコードも。


あ、名刺って言っていた。


ここから、MARIAを探せばいいのね。


あれ?最初運ゲー、クソゲーかと思ったけど、だんだん楽しくなってきた。


「これ、何を質問してもいいんですか?」


「はい。」


「この、並び方は、なにか意味があるんですか?」


にまぁ~っと笑った。音音。程々にしろよ。


「世の中に、意味のないことなんて、ありません。」


急に占い師ぶってんな。


とりあえず…。


4・3・2・1の私から見て、4の左から2番目を手に掛けた。


「JOKER」


うげ。


幸先が悪い。


「あと、4枚。同じものを引いたら…。」


「私は私の人生を降りる。」


「その通り。」


児玉清か。今は、谷原章介か。


ある意味、パネルでアタックされているんだが、


25枚もない。たった10枚だ。


1枚JOKERを引いたので、残り、引かなければならないMARIAは、5枚。


引いてはいけないJOKERは、4枚。


焦るな焦るな。


4・3・2・1の3に手を伸ばす。


さっき引いた、4の左から2番目の右上。3の中央を引いてみる。


「あ。」


「おめでとうございます。MARIAですね。」


やった。小声で心の中でつぶやいた。


段々と、クソゲーから、せがれいじりぐらいにはなってきた。


「あの、質問なんですけど。」


「はい。」


「イカサマ。してませんよね?MARIA1枚。JOKER9枚とか。」


「いいえ。MARIA5枚。JOKER5枚です。最初にお見せすればよかったですね。」


あたた。と右手をおでこに合わせている。


イカサマを疑う私を疑った。



整理しよう。


これは、このゲームは、蜘蛛の糸だと言っていた。


私が、JOKERを5枚(あと4枚)引けば、私は私の人生を降りなければならない。


もし、MARIAを5枚(あと4枚)引けば、私は彼のことを忘れられる。


整理しても、あまり納得がいかない。腑に落ちない。


とりあえず、残り8枚の中から、MARIAを4枚引けばいい。


う~ん。


「一つ、質問していいですか?」


「はい。いいですよ。」


「その、カードは見て並べましたけど、どこに何があるかは、わかります?覚えてます?」


「わかりますよ。」


そうか、アトランダムじゃないな。


なにか規則性があるはずだ。


せがれいじりがDQ5にランクアップした。


「その、音歌さんの目の前にあるカードは、MARIAですか?JOKERですか?」


「JOKERです。」


間髪入れずに答えた。


「え?嘘ついてもいいんでしたっけ?」


「いいですよ。」


「じゃあ、引きませんよ。そのカード。JOKERだし。」


「いいですよ。」


音音の目はまっすぐだ。ずっと。


多分、JOKERなんだろうなぁ~。


と思いつつ、意識は、残りの4・3・2ではなく、1のみに注がれている。


エイヤッ!


1を引いた。


「だから言ったじゃないですか。」


JOKER。


無常にも、嘘をついているのではないか。と疑った、自分をやっぱり疑う。


「あの、根底から覆すかもしれませんけど。」


「はい。」


「これって、占いなんですか?」


「う~ん。占いといえば、占いですし、占いじゃないと言われれば、占いじゃないです。」


なんじゃそらそりゃわけわからん。


「ただ。」


ただ?


「あなたを救うには、これしかないんです。」


う~ん。わけがわからない。


とりあえず、残り4:3で、JOKERが少ない。


私の人生を、降りなければならなくなる。


MARIAを救い出さなければ。


4・3・2・1の列の、2の列に手を掛けてみた。


音音は、何も表情を変えない。


右?左?


確率論で言うと、2分の1だ。


もしかしたら、2の列には、JOKERだけしかなく、


2分の2。左右どっちを選んでも、同じかもしれないが。


私から向かって左を引いた。


「よし。」


MARIAだった。


「おめでとうございます。」


3:3。だんだんシビれてきた。


「こっからですよ。面白くなるのは。」


わかっている。実感が湧いてくる。



規則性。を考える。


なんでも、数Aの確率。というものが生まれた経緯は、


カジノで必ず当たる、確率。ゲーム理論をもとにしている。


と、誕生日云々が書かれていた、教科書のコラムで書いてあった。


4・3・2・1の、4と1に、JOKER。


3・2に、MARIA。


いや、待てよ。


音音と出会って間もないが、こいつは性格が真っ直ぐだ。


まさかな。


4の列全部、JOKERか?


私にJOKERを引かせる。


私だったら。私が音音の立場だったら。


結構、狡い、ずる賢いことをするかもしれない。


だとすると、かなり、リスクは必要となってくる。


この規則性に気づいたら、必ず、JOKER。音音は負ける。


「…。」


私がなにかに気づいた。事に気づいたのか。音音は、少し、音が少なくなった。


「私、気づいたかもしれません。」


「…。なにを?」


怪訝な表情で、音音は私を見る。


「多分、真ん中に集中しているでしょ。MARIA。」


急に下唇を噛む音音。


「やっぱね。なんか、やさしいもん。音ちゃん。あえて、ちゃん付け失礼。多分、性格も真っ直ぐだし、裏切りとかないよね。」


「えぇ、まぁ。その、そうですね。」


謙虚な音音を、初めて見た。


「じゃあ、一気に行きますね。」


ぱーんぱーんぱーん!


2の右。3の左・右を開いた。


「僕の負けです。」


すべて、MARIAだった。


やった!


「いやはや、このゲームで、僕、負けたことないんですけどね。」


MARIAに救われた。


何より、この私の洞察力、すごい。


「では、奈々さんの中の、彼の記憶を削除しますね。」


あぁ、そうだった。


勝利の雄叫びを上げる瞬間、間際だった。


「あ、はい。お願いします。」


「はい。もう、いませんよ。」


…。


……。


はい?


「ですから、もう、いませんよ。」


いや、だから。


「ですので、もう、いませんよ。」


「あの、」


続きを言おうとして、何を言おうか、寸前のところで、言葉に詰まる。


あれ、何言おうとしたんだっけ。


「あれ、なんなんだ。ゲームしましたよね。」


「はい。」


「私、勝ちましたよね?」


「はい。勝ちましたよ。」


「そもそも、なんでゲームしたんですっけ?」


「あなたが、彼を忘れたいといったので。」


「はい?」


彼?誰のことを言っているのだろう?


「彼。って、誰ですか?」


「大丈夫ですね。」


「いや、彼って。」


「大丈夫ですよ。」


「私、彼いましたっけ?彼氏的な。」


「うんうん。MARIAが効いている。」


「え?なに?怖い。」


私は、婚前処女だ。38年間。


彼氏は一度たりともできたことない。


「え?なんで、私、ここにいるんでしたっけ?」


「なんか、悩みあったっぽいっすよ。ほら。」





『悩み:彼のことが忘れられない。』





丸文字で書いてある。たしかに私の文字だ。


「いや、私、彼氏なんてできたことないですけど。」


うんうん。音音は、おどおどしてない。おどおどしているのは、私の方だ。


「このままだと、平行線ですね。水掛け論です。」


うん。わけがわからないよ。


「あなたは、MARIAであり、JOKERだったんです。」



「産みの親であり、破壊の神である。」


??


「その分岐点に立っていました。」


???


「その水先案内人を、僕がやっただけです。」


「いや、核心ついてくださいよ。」


いらいらが募る。


「あなたは、彼氏がいた。と話していた。少なくともこのゲームをする前まで。」


「え?」


「いた。ということにしてください。」


????


「で、彼氏を忘れられない。といったので、ゲームをしました。」


「はぁ。」


「で、あなたは、勝ったんだ。JOKERを5枚引く前にMARIAを5枚引いた。華麗に。」


「うんうん。…で?」


「で、JOKERを引いていたら、あなたはあなたの人生を降りなければなりませんでした。」


「あ、それは知ってます。いまいちよく理解できないけど。」


「でも、MARIAを引いた。だから、彼のことを忘れることができたんです。」


「いや、ですから、彼氏はいませんって!」


なんかの宗教?催眠術?新手のマルチ商法?


音音も、落胆を超えて、辟易としていたが、


「わかりました。このゲームの話をしましょう。」


音音は、思い口を開いた。


私は、固唾をのんで、音音の発言を待った。

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