二年生の秋 ~離さない想い 後編~


「もしもし?優里!今どこ?何してんだよ!」


 優里と電話をしている和樹が心配そうに声を荒げる。どうやら優里は走りながら電話をしているようで、状況がうまく分からない。

ともかくホテルに戻るよう説明していると、遠くから優里の姿が見えた。

大山先生も一緒にホテルから飛び出し優里に声をかける。


「大丈夫か!どうした!何かあったのか?」

「先生、みんな…。あの後、美月と一緒にお店に戻ったらもう史織里が店を出たって言うから周りを探してたの。そしたら裏の路地の方にいて、男の人数人に囲まれてて。私と美月が帰るよって史織里に声かけたんだけど、その人たちが凄い怒鳴ってきて…。」


 今までの人生で感じた事のない焦燥感や不安が一気に襲ってくる。

手のひらにじっとりと汗をかき、心臓が音をたて動悸が早くなってくるのが分かる。


「それで、二人は!」

「男の一人が史織里の手を思い切りグッて引っ張ったら、美月がその人に向かって注意し始めて…」

「美月が!?なんで!」


思わず大声を出してしまう。


「美月、昔からそういうのダメで友達とかに何かされると必ずどんな相手でも注意するっていうか、噛みつくっていうか。良く言えば凄く真面目なんだけど、言い過ぎて揉める時もあったの。ただ今回は本当にやばいと思ったからなんとか先生に言おうと思って…。ごめんなさい!陽太くん、本当にごめん…。」


息を切らしながら優里が涙を流し、こちらを見て話してくる。


「どこにいんだよ!店の近く!?」

「うん。まださっきのお店の近くにいると思う!ここから遠くないから走ればすぐだよ。」

「とにかく優里が無事で良かった!おい!陽太どうすんだ!」

「和樹…電話出れなくてごめんね。陽太くん、ごめんなさい!やっぱり史織里を一人で戻さなければ良かった…。ケガでもしたら…。それに美月が、美月に何かあったら私…。陽太くん、美月が…」


優里の声からも焦りを感じる。

どうすべきか混乱しているなか、大山先生が優しく声をかけた。


「とにかく、おまえが無事で良かった。こっちに来て。後は先生達がそこに行くから、地図で場所を教えて!」


涙を流す優里をロビーに集まった生徒全員が不安げに見つめる中、先生が全員へ声を上げた。


「全員とりあえずここで待機して!ちょっと待つように!」


 何を考えれば良いか分からない。頭の中が真っ白になり、不安と恐怖と焦りと。自分が今までの人生で感じた事のない程の緊張と怖さが襲ってきた。

ホテルの入り口の自動ドアの近くに立ちすくみ、頭の中が真っ白な状態のまま周りを見渡す。

優里に付き添いながら歩く和樹の姿。

不安で泣いてしまっている生徒達。

先生に地図を見せながら説明をするみなみと駿。

自分がどうすれば良いのか分からない中で、先生の声だけが頭に響いてくる。


「…藤!…おい!齋藤!お前も列に並んで、落ち着いて待ってなさい。後は先生達で何とかするから。」


先生に背中を支えられ列に戻る為待機している生徒達の元へ歩く。

顔を上げてあたりを見回すと不安げな生徒達全員の視線が自分に集まっている事が分かる。

注目を浴びている理由は様々だろうが、もうそんな事はどうでも良い。


俺は、今この不安と恐怖を拭う為にはどうすれば良いか、どう動くべきか。自分の気持ちに従ったときに、選択肢が一つしか思い浮かばなかった。

列に戻る足を止め全身に力が入る。


「おい、齋藤。どうした?」


大山先生が顔をしかめこちらを覗き込む。


「すいません…。無理です。」

「ん?どうした?」

「美月の所に行きます。」

「おい、気持ちは分かるがここからは先生達で対処するから。」

「無理です。」

「…野木は大丈夫だから。ほら、齋藤もこっちにいなさい。」

「嫌です…」


完全にロビーが静まり返っている。和樹や駿がこちらに駆け寄る。


「おい、陽太。心配なのは分かるけど先生達の方が良いって。」


駿が心配そうにこっちを見てくる。


「…陽太…行くのか?」

「おい齋藤、何考えてるんだ!やめなさい!」

「先生…すいません。無理です。美月を迎えに行きます。」

「陽太くん…。」


みなみが心配そうにこちらに寄って来る。


「齋藤!いい加減に…」

「このまま二人に何かあったら一生後悔する!それに、それにもちろん史織里も心配だし助けに行きます!でも美月に何かあったら、俺…俺…。無理なんです!」

「陽太落ち着けよ!」

「うるせえ!このまま待ってらんねぇよ!後悔するならやって後悔した方がマシだ!それに、何があっても美月は俺が守る!」


気づけば手を力強く握り、全力でホテルの玄関へ走る。

先生の制止する声が聞こえるなかホテルを飛び出し、既に日が沈んだ夜の沖縄の町を走る。


ただでさえ暑い沖縄の夜は、繁華街特有の熱気とアスファルトの暑さが体を覆ってくる。

その暑さ以上の不安と恐怖で頭がクラクラとする中、夕方とは全く違う表情になった街をひたすら走った。幸いにも場所は分かっている事もあり場所の予想は付いていた。

息が切れるのも忘れ、ただひたすら走っていると向かいから誰かが走って来る。

史織里だ。


「史織里っ!!」

「陽太くん!」

「大丈夫か!?美月は?美月はどこにいるの?」

「私は大丈夫!ごめんね余計なことして…」

「そんなことより、怪我してない?」

「うん!大丈夫だよ。美月はまだお店の裏の路地にいる。私はなんとか走ってきたけど、美月は男の人達とまだ話してると思う!」

「まじか…。とりあえず史織里はホテルに戻って!俺は美月のところに行くから!」

「分かった…。でも大丈夫?」

「分からないけど、俺が守らなきゃ!他の誰にも守らせたくないんだ!俺が…」

「…陽太くん、やっぱり美月のこと…」

「とにかく行く!史織里も早く戻って!先生達も向かってるはずだから!」


そう言って向きを変え、また走りだした。

人ごみを分けながら走っているが、時折人にぶつかる。

ぶつかった衝撃に、過ぎていった後方から怒鳴り声も聞こえるが、もはやそんなのは関係ない。


心配だ。不安だ。もし路地裏に美月がもういなかったら…。怪我をしていたら…。それとも…。

考えなくても良い様な余計な心配ばかりが脳裏をよぎる。


(美月…美月…)


その想いを振りほどくように夢中で走っていると、優里が言っていた路地裏が見えてきた。

暗がりの中、数人の人影が見え、そこには3人の大学生風の男の前に立つ美月が見えた。


「修学旅行だろ?べつに今からどっか行こうって言ってるわけじゃねーじゃん。アドレス教えてって言ってんの。」

「そうだよ。なのに突き飛ばしてきてさぁ。さっきの子の事守ってたの?でもお前女だろ?本気だしたら俺らこえーよ?」


男が美月に近づきながら凄んでいる。

美月は後ずさりしながらも気丈に声を荒げていた。


「嫌がっている女の子の腕を無理矢理つかんで聞くんですか!痛がってました!そんなの男の人のやる事じゃない!」

「は?なんだお前?調子にのんなよ?」

「私の知ってる男の人は…不器用でもちゃんとはっきり言います!暴力ふるったり無理やりなんて最低です!いい大人なのに恥ずかしくないんですか!」


遠くからでも聞こえる美月の大きな声に迷いは無かった。


「あーこいつマジイラつくわ。」


そう言いながら男の一人が美月の肩をこづいた。


「…キャッ!」


声を出してよろめく美月を見た瞬間、俺の中で何かの我慢が途切れ、攻撃するという衝動が抑えられなかった。心臓の鼓動と共に頭が熱くなるのが分かる。目頭が燃えるように熱を持ち、身体中が強張ってくる。


「おい!」

「あー?」


息が切れているのにも関わらず、それ以上に感情が高ぶっていた。


「何してんだよ!やめろ!」

「何だガキ。お前誰?」

「えっ…陽太くん!?どうして…。」

「美月帰るぞ。皆待ってる。」

「おい勝手に何言ってんだお前。お友達か?」

「違う…。友達じゃ無い。その子は俺の…俺の彼女だ!何があったか分かんないけど、やめろ!」

「陽太くん…」

「美月、大丈夫?ケガしてない?」


そう言い美月の手を引き自分の後ろへ回らせる。男達の前に立っている自分の膝が震えているのを感じる。声も震えているかもしれない。なんせこんなことは初めてだ。喧嘩したり殴る勇気は無かった。でも美月を守る為ならなんでも出来る。今なら戦うことも出来る。心と身体がそう思った。


「俺らは、ただアドレス知りたかっただけ。それを教えてくれないから単純に聞いてただけじゃん。彼氏くんも何?俺らとやりたいの?」

「嫌がってんだろ!女に手上げてまで聞きたいのかよ!こいつに、こいつにもう一回でも触れてみろ…」

「触れたらなんだよ!」

「触れたら…。許さないぞ!」

「やばっ!ウケる!なんだこのガキ!ハハハッ!」


何を言えば良いか分からない。

自分が本当にカッコ悪い。


「美月帰ろう!先生達も来るし…それに警察も呼んでるから!」

「は!?マジかよ!おいやべぇって!そんなおおごとにしてんのかよ!」

「もういいよ!行こうぜ!他の女当たりゃあいいじゃん!」

「ほら!美月!早く行こう!」


咄嗟に警察が来ると嘘をつき、男達が会話をしているうちに美月の手を握り走りだした。

追ってきている様子はない。

全力で走りたかったが、美月に合わせたスピードで夜の沖縄の街を走る。


時折後ろを振り返り、握っているこの手がちゃんと美月の手なのか確認をしてしまう。

まだ美月じゃないかもしれないと不安が襲う。

確認しなくても、この手は美月に決まっているのに。


「はぁ、はぁ…陽太くん!早いよ!」

「はぁはぁ…」

「陽太くん!大丈夫だよもう…!止まって!」


美月の足取りが重くなり、それにつられて俺も走る足を徐々に止め立ち止った。

正面からゆっくりと後ろを振り返り、ジっと繋いだ手を見つめる。

多分痛いほど力強く手を握っていたと思う。

だけど握ったその手は、俺が握っている力よりもずっとしっかりと、美月が強く握っているのを感じた。


ゆっくりとその手から視線を外し、美月の顔を見つめる。息を切らしながら顔を赤くした美月が口を開く。


「陽太くん…。どうして…。なんで戻ってきてくれたの?」

「はぁはぁ…。離さない…。」

「え?」

「絶対にこの手…離さねぇから!」

「陽太くん…。」


その瞬間美月の目に涙が浮かんだ。


「手じゃなくても離した俺が悪いんだ。離したくないから。だから、今は離さない!何があっても!」


唇を噛みながら目に溜めた涙が美月の頬に溢れる。

俺はまた振り返り前を向いた。


さっきよりも強く手を握って…

さっきよりも少しゆっくりと…

さっきよりも大切に…

ホテルへの道を戻った。





そこからはあまりよく覚えていない。


たしか、途中で迎えに来ていた大山先生、和樹や駿に鉢合い、状況と事の成り行きを説明したこと。

ホテルのロビーに入るや否や、待機していた生徒達から一斉に注目を浴びると共に、どよめきと歓声に似た声が上がったこと。


それを先生がなだめた事は覚えている。


無事に全員が揃い、点呼を取って各自客室へ解散。

俺達のグループはいわゆる事情聴取に近い先生達からの説教を受ける事になった。


もちろんその中心は俺。当然だった。


女子4人は状況を説明し、美月と史織里は残されて詳しく内容を説明していた。

俺達男子は日頃の行いもあってか完全に説教気味だ。和樹と駿には悪い事をした。


ただ、まずは無事だった事を先生達も安心しており、美月と優里、史織里の保護者にも連絡し、俺の親にも連絡がいった。


「ともかく、野木と久能になにも無かったのが良かった。」

「でも、大山先生!それは陽太くんが来てくれたから…」

「それとこれは関係ない!先生達は行くなと言ったんだ!今度は齋藤に何かあったらどうする!お前達全員の安全を守るのが先生達の役目なんだぞ!」

「先生…。俺が悪いんです史織里は被害者だし、美月は正しいことをしたまでです。本当にすいませんでした…」

「…齋藤。今日の事は状況が状況とはいえお前の行動は全員を不安にさせたんだぞ。それも踏まえて他の先生達とも話したが…。明日の自由行動。お前は駄目だ。俺達と宿泊先のホテルで待機しなさい。いいな。」

「…はい。分かってます。」

「先生!そんな!陽太くんは私を迎えに来てくれたんです!だったら私もホテルに残ります!」

「そうです!もともとは私が戻ったから…。」


美月と史織里が必死に弁解をしているが通るはずもない。


「…それとこれは違う。齋藤。分かったな?」

「はい。すみませんでした。」

「んじゃあ、もう遅くなるから全員部屋に戻りなさい。」


ロビーから移動し、エレベーターに乗る為ホールで上階から下がってくるエレベーターを待つ。

いつもの雰囲気ではあり得ない様な無言の時間が流れる。

誰も口を開こうとしない。

エレベーターが到着し乗り込む。無言の7人は各自宿泊する階のボタンを押し、扉が閉まるのを待つ。

6階に到着し女子が降りていく。


「じゃあ、また明日ね。」


優里が元気無く呟く。


「おう…。またな!」

「お疲れ様!ゆっくり休んでね!」


和樹と駿が精いっぱいの明るさで話す。


「おやすみ~!お疲れ様!」


みなみはいつも通りの笑顔で返事をしてくれた。

駿がエレベーターをなかなか閉めようとはしない。きっと俺が口を開くのを待っているんだろう。そう思った。

だが、言葉は出ない。それに感づいたのか駿が閉めるボタンを押した。

ゆっくりとエレベーターの扉がしまっていく。

そのまま上に上がり、8階のフロアで止まった。俺たちは客室へ向かいカードキーを差し込んだ後部屋に入った。


「あーーー!疲れた!お疲れさんっと!」


和樹がベッドにダイブする。


「俺もー。楽しかったけどやばい一日だったな!」


荷物を置きながら制服のネクタイを緩ませ、駿が声を出す。


「…んで…。どういう感じだったのよ!陽太!良いネタ話あんだろ?」


ニヤニヤしながらベッドにあぐらをかく和樹が、カチューシャを外しながらこっちを笑顔で見てくる。


「そうそう…陽太!聞かせろよ!」


和樹のベッドに駿が飛び乗り顔をのぞかせる。


「お前ら…ネタって…。」

「は?ネタだろ!桜見から遠く離れた沖縄の地で齋藤陽太先生の言いつけに背き現地の大学生と喧嘩!撃退して無事女子を連れ戻す…。やばすぎだろ!聞かせろよ!」

「うんうん…。絶対楽しい!」

「今日は寝かせねぇぞ!」

「お前ら…あのな、俺めちゃくちゃダサかったんだぞ!足とか震えたし、声も震えてたかも…。」

「いや、そりゃそうだろ。相手どんな奴だったか知りてーの!」

「ゴリラみたいだったんじゃね?」

「ゴリラって…ハハハッ!んなわけねぇじゃん!」


 理由も分からない落ち込みと、ずっと張りつめていた緊張が少しずつ無くなっていくのが分かった。

そこからはあった事を一部始終全て話て3人で夜遅くまで騒いだ。

不思議な事に、その日は先生の巡回も無く、ずっと話しても笑いが尽きない程盛り上がった。

でも、美月の彼氏だと嘘をついた事と手を離さないと言った事は、2人には言わなかった。



次の日

朝食の会場へ向かいグループ毎に座る。

最終日は自由行動だ。ホテルを移動して午後からはそのホテルを拠点に周辺を自由に散策できる。お土産のショッピングや様々な体験を行う施設。ホテルのプライベートビーチもあるらしい。

全員私服姿で座席に座るが、俺は制服のままだ。

不思議と自由行動が出来ないことが不満だったり辛かったり、そんな気持ちは一切無かった。

女子4人と向かい合うが、なんとなく気まずそうにしているのが分かった。


「おいおい!元気なくね?今日自由行動だぞ!テンション上げてけよ!」

「そうだよ!これがメインだろ!」


和樹と駿が大声で盛り上げる。


「だって…。陽太くん行けないじゃん。」

「おい!優里!お前まで元気なくす必要なくね?」

「だって…優里が戻ろうって言ったから。」

「優里、俺そんな事気にしてないし、あの時戻ろうとしたのは当然だろ?気にすんなって!」

「うん。」

「陽太くん…。本当にごめんね?」

「大丈夫だって!史織里こそ大丈夫?俺は気にしてないからさ!」

「でもさ…。」

「もう…しつこいよ!大丈夫だって!」

「そうそう!それに単純にあれは先生の言う事聞かなかったこいつが悪い!」


和樹に頭をポンポンと叩かれながら笑われる。


「うるせーな!逆に他の奴らができねぇ思い出出来たわ!」

「思い出とかって…ウケる!陽太くんがあんまり気にしてなさそうで良かった!」

「良いねぇ優里!俺達は今日はゆ~っくり自分達がしたいことしようぜ~!」

「んじゃあ、買い物~!みなみは何したい?」

「う~ん…。その時にしたい事する!」

「みなみらしいな!」


全員が盛り上がっていく中、美月だけ下をうつむいている。

俺が率先して声をかけるべきだ。

昨日走っている時以来しっかりと会話をしていない。


「美月。大丈夫か?」

「え?…う、うん。大丈夫。」

「昨日押されたとこ痛くない?」

「全然大丈夫。ありがとう…。」

「美月は今日はどうするの?」

「決めてない…。あのさ、陽太くん!」


下を向いていた美月が突然顔を上げ、こちらを見る。


「えっ…何!?」

「あの…」

「んじゃあ、みづは今日は私とデート!史織里とみなみも、みんなで沖縄の色んな体験しにいこうよ!今日は全員はぐれないように!」

「おっいいね!そうしようぜ!」

「みなみサーターアンダギー食べたい!」

「うん!行こう行こう!史織里も行くでしょ?」

「う、うん!行く!美月は…?」

「えっ…私…。」


イマイチ乗り気じゃないのは見て分かった。

俺は全力の笑顔を作って美月へ向ける。


「行ってこいよ!楽しそうじゃん!思い出作らないと!」

「でも…。」

「良いから!いっぱい写メ撮ってきてよ!あとで見せて!楽しみにしてるから!」

「うん…。じゃあ…行く。」

「よし決まりっ!!楽しみだな!やりたい事やろうぜ!」


なんとかいつもの雰囲気に戻り、朝食を済ませバスに乗る。

2時間程移動をしてから3日目の宿泊先のホテルへ到着した。

荷物を運び、部屋へ置いたらいよいよ自由行動だ。

全員がロビーに集められ、再度先生から昨日の報告と、時間厳守に関して念を押される。


驚いたのは他の同級生や友達から昨日の自分の行動が「凄くカッコ良かった」や「男らしかった」と言われた事。

間違った行動でも褒められることもある様だ。


ホテルの入り口へ皆を見送りに行き、隣には大山先生が付き添っている。


「じゃあ、皆楽しんでな!」

「おうっ!お前も先生と楽しめよ!」

「いや…さすがにそれはきちぃ。」

「なにっ!齋藤!」

「ハハハ!先生と2人きりも楽しそうじゃん!」

「うるせぇな!早く行けよ!」

「うん!ありがとう陽太くん!」

「ごめんね陽太くん!いってきます!」

「いってきま~す!」

「…美月もいってらっしゃい!」

「うん…。いってきます!」


空元気かもしれない笑顔で手を振る私服姿の美月を見送り、先生とホテルのロビーへ戻る。

幸いにも、このホテルには沖縄の歴史資料館が併設しており、まずはそこに行く事になった。

自由行動ほどの魅力は無いが、時間つぶしには十分すぎる。

先生と2人。資料館を回る。

なんだかんだ大山先生は俺を退屈させないように笑わせてくれた。

生徒指導だから怖いときもあれば厳しい時もあれば、うざい時もある先生だけど、一番生徒思いな先生だ。


時間はあっという間に過ぎ夕方が近づいてきた。

ホテルの中のレストランに先生が行こうと言うので入る。

ビーチが見える窓際の席につき、コーラを頼む。

先生がご馳走してくれるらしい。

店員がコーラとアイスコーヒーをテーブルに置き、ストローを差す。

晴れた沖縄の空と青い海がとても美しく、自然と笑顔になる。


「先生、ご馳走さまです!」

「おう。気にするな。」

「なんか、本当にすみません…。先生も拘束させてしまって。」

「ったく!本当だよ!ゆっくりしたかったのに!」

「ですよね…。」

「まぁ…なんてな!結局生徒の事見なきゃならないから、実はこっちの方がゆっくり出来てるんだ!お前のお守だけだからな。」

「なんすかそれ!」

「ハハハ!そうだそうだ…齋藤。お前に聞きたい事がある。」

「はい?なんですか?」


先生はアイスコーヒーを一口飲み、外の海をジッと見た後、前屈みになりながら小声で話してきた。


「なんで昨日、野木の所に戻った。」

「え…?」

「俺達が止めてもお前は頑として譲らなかった。そして全力で走って行った。この件、俺の個人的な気持ちとしては、本来野木と加藤と久能に責任があると思ってる。なのにお前はリーダーだから責任があると言いながら3人に責任は押しつけなかった。そして自由行動が無くなったのに不満そうな顔一つしていない。それどころか笑顔。どうして戻ろうと思ったんだ?」

「いや…それは…。」

「これは俺の個人的な質問だ。」

「…すいません。任せられなかったんです。」

「任せられなかった?」

「はい。先生達には。もちろん、現実的には俺なんかより先生達の方が良いのは分かってます!だけど、あの時は自分が行かなきゃって…。史織里が心配で…。あと…。」

「野木が心配だったんだろう?」

「…はい。守らなきゃって思ったんです。」

「ふーん…。そうか。」

「はい。」

「なるほどなっ…!だから笑顔なんだな。」

「え?どういうことですか?」

「無事に野木を守れたからだろ。現にお前は野木を守ったじゃないか。」

「いや…そんな…。」

「ハハハ!若いってのは良いな!実は、昨日あの後野木が部屋に来たんだ。その前にお前らから話を聞いていた時とは違った話をされたんだ。」

「な、何を言われたんです?」

「何焦ってるんだお前!お前が全力で守ってくれたって話だ!他にも色々言われたが、ともかくお前が戻った理由が分かった。」

「そうですか…。」

「それとな、昨日野木の親御さんに連絡をした時に親御さんから話があった。」

「なんですか?」




~昨日 夜20時半~

「…ということでして、美月さんは無事に戻りましたので、お父様にはご心配おかけしました。」

「いえ、かえってすみませんでした。一緒にいた子は大丈夫でしたか?」

「ええ。ちょっと男子生徒が1人勝手に現場に向かってしまって、行かないように指導はしたんですが、聞かず…。でもその生徒も無事ですので。」

「男子生徒?それは…陽太くんですか?」

「えっ!?ええ、そうですが、ご存知ですか?」

「まぁ、娘から良く聞く友人の一人です。彼が助けに行ってくれたということですか?」

「ええ、そう言う事になります。あまり良い行動とは言えませんが、良くやってくれました。」

「そうですか!陽太くんが…。彼にお礼を言っておいてください。きっと先生方も彼に厳しく指導すると思いますが、親としては感謝しています。そして、もしなにか罰則があるのなら、少しだけでも軽くしてあげてください。」

「ええそのつもりです。夜分遅くにすみません。」

「いえ。明日もよろしくお願いします。」




~沖縄~

「ということで、野木のお父さんから感謝の言葉があった。どういう関係かは分からないが、えらくお前を買っているようだったな。」

「お父さんが…そうですか。良かったです!」

「…と、言うわけで今からお前の自由行動を許可する。」

「は、はぁ!?何ですか突然!」

「だから、許可すると言ったんだ!」

「でもそれはまずくないですか?」

「まずいな。だからちゃんと決まりは設ける。このレストランから見えるビーチはこのホテルのプライベートビーチだ。俺はこのレストランで休んでるから俺の見える範囲がちょうどこのビーチになる。このビーチの中ならば自由にして良い。」

「え…まじすか?」

「ああ。折角の沖縄だ。少しくらいは楽しめ。」

「ありがとうございます…。でもなんで…。」

「いいから!俺の好意だと思え!」

「はい…。」

「ほら!行ってこい!」

「はいっ!」


コーラを飲みほし先生へ一礼してレストランを出て、制服姿のまま外へ駆け出した。

沖縄の熱い風と波の音。空の青さと海の美しさ。その全てをビーチで直接感じる。

靴を脱いで裸足になり、砂浜を歩くとその暑さが足の裏に伝わり、よりこの沖縄の雰囲気を文字通り肌で感じる事が出来る。

風と波の音を聞きながら、ズボンに砂がつくのも気にせず砂浜にドカッと腰を下ろす。

あたりを見回すと、数名の宿泊客がいるだけで、あとは誰もいない。


 徐々に日が落ちていく海を眺めながら、さっきの先生の話を思い出し、自分でも何故こんなに落ち着いた気持ちなのか分かった。

自分の手で美月を守れたから。

今までの人生で、誰かのために身体を張り、守るなんて事はしてこなかった。

むしろ守りたいと思える存在に出逢う事が無かった。

その存在である美月を自分が守る事が出来た。

その気持ちが何よりも嬉しかったんだ。


波の音が心地よく耳に入る。

沈み始めた太陽は夕日の色に変わり、空がオレンジ色に染まっていく。


「やっぱ夕日もキレイだなぁ…。」


思わず独り言をつぶやく。

すると遠くから大きな聞き覚えのある声が聞こえる。


「おー!陽太!ここにいた!」

「いたいた!よしっ合流!」


思いがけない声に振り返ると、そこには夕日の中裸足で歩いてくる和樹と駿がいた。


「和樹?駿!?おまえらなんでいんの?」

「なんでって、自由行動だからビーチに来ただけだけど?プライベートビーチのあるホテルなんて行くっきゃないっしょ!沖縄来たなら海は行かないと!なっ駿!」

「そりゃそうでしょ!沖縄来て海にこないのは駄目!」

「いや…だからって…」

「いいから!…いつだって一緒だろ俺達は。」

「そうだよ。陽太は間違った事してないんだから!まだ修学旅行は終わって無いぞ!」

「家に帰るまでが修学旅行だし!」

「たしかに!!」

「…なんだよ。」


そう言いながらズボンをまくり上げ波打ち際へ走って向かう二人を目で追い、嬉しさと恥ずかしさが込み上げてきた。


「ちょっとちょっと!テンションあがりすぎ!優里達も行く!」


和樹達を追うようにして優里とみなみ、史織里が同じ様に裸足になり駆け足でやってきた。


「え、皆も来たの!?」

「うん!だって沖縄=海でしょ!!」

「陽太くん今日は私達のせいで一日無駄にさせちゃってごめんね。でも、ここなら皆で遊べるよ!」

「でも足だけね!さすがに足だけ!」


そう言いながら優里と史織里は和樹と駿の元へ走って向かった。

座りながら皆を眺めている俺の隣にみなみがしゃがみ込む。そしてニコニコと笑顔で顔をのぞいている。


「陽太くん、泣くのー?」

「いや…そりゃ泣きそうだけど。」

「ふーん…。泣きそうなんだ!てか、やっぱり砂浜って暑いんだね。足の裏も熱い。」

「みなみも裸足なんだ。」

「うん。靴に砂入るの嫌だし。今日は私服だったからサンダルだったけどねー!」

「じゃあサンダルでも大丈夫だったんじゃない?」

「みなみも海に入りたいし!」


そう言いながらニコリとまた笑顔を見せる。


「そうか…。」

「今日も皆でずーっと陽太くん何してるかなーって話してて。本当に仲良しだね!結果的にビーチに来て皆一緒になれるなんて!」

「そういえばさ、おかしくない?俺、今日一日先生と一緒だって言われてて、自由になれたのついさっきなんだ。それなのになんで皆知ってるの?」

「あーそれはぁ…。えーっとぉ…。さーて!何故でしょう!」

「えー?」

「答えは自分で考えてください!」

「何だよそれ!」


ケタケタと笑うみなみが、突然ふいに耳元へ小声で話しかけてくる。


「あ、それと…昨日の陽太くん。凄くカッコ良かったよ!美月と史織里の事迎えに行ったの。あんなに皆の前で言い切るなんてね!」

「あ、いや…あれは勢いというか…。」

「ふふっ!ちゃんとお話するんだよ!モヤモヤしてるのは陽太くんだけじゃないんだからねー!」


そう言うと、持っていた買い物袋からしぼんだままのビニールボールを取り出し、小走りで皆がいる波打ち際へみなみは走って行った。


あっけに取られ、皆の所へ行こうかどうかボーッと迷いながらも、今この瞬間、皆の姿をもう少し眺めていたいなと思い、もう一度砂浜へしっかりと腰を下ろした。


気づいている。美月がいない。

きっと気まずいのか顔を合わせたくないからか。

ちゃんと話したい。昨日の事を。

このままモヤモヤしていたら、これから美月とずっと本心で話せない気がした。


何故か波の音が、さっきよりも大きく聞こえてきた。

ポケットに入っていた携帯を開き、美月に電話をかけようとするが、いつもよりも発信ボタンを押すのに時間がかかる。

少ししてから緑色のボタンを押し、耳に押し当てる。

数回のコール音が鳴った後、電話はつながった。


「…もしもし。」

「もしもし…。美月?」

「うん…」


電話に違和感を感じる。受話器からは波の音が聞こえ、美月の声は押し当てている耳と反対側の耳からも聞こえてくる。

後ろを振り返ると、そこには皆と同じ裸足姿で携帯を持っている美月が立ちすくんでいた。


「美月…いたの?」

「うん…いた…」

「な、何してんだよ!怖いよ!突然後ろになんかいたら!」

「ごめん。なんて声掛ければ良いか分からなくって…。考えちゃって。」


電話を閉じ、ポケットにしまう。

何を話そうか頭の中でいちいち考えてしまい、うまく言葉が出せない。

遠くではしゃぐ和樹達を見ながら考えるのを一度止め、純粋に美月へ声をかけた。


「美月も海行くの?プライベートビーチなんて凄いよな!俺も先生に許可してもらって、ここでなら自由にしていいってさ!皆来てくれて良かったわー。美月も行ってきなよ!俺も後で行くし。」


笑いながら話していると、美月がこちらへ来てスッと隣に腰をかけた。


「…海は?」

「…陽太くんと話したくて。」

「ああ、今日行ってきたところとか?それなら後で夕食の時にでも…」

「違くて。他の事、話したくて。」

「…昨日の事?」

「それもだけど…なんか話してたいの…」


いつになく弱々しい声の美月に無性に切なさを感じる。体育座りをしながら夕日の沈む海を眺めて、少ししてかは美月がそっと口を開いた。


「昨日は…本当にごめんなさい。心配してくれてたのに勝手に戻って。しかも私が変にあの人達に立てついたから面倒くさくなっちゃって…。」

「いいって。気にしてないよ。それに戻ったのも、なんか美月と優里らしいじゃん。友達思いでさ。」

「でも、そんな余計な事したから陽太くんに迷惑かかっちゃって。」

「大丈夫だって。俺は。美月だって怖かっただろうし、よくあんな風に立ち向かえるよな。」

「昔からなの…。許せない時は向かっていっちゃう…。でも今回は途中で怖くなって。」

「そうだよな…。」

「本当は不安で、怖くて…」


そう話しながら言葉に詰まる美月に目をやると、大きな目に涙を浮かべ、口をギュッと閉じていた。


「で、でもさ!俺なんてダサかったでしょ!俺も怖かったし、あんな事なかなか無いからさ!何言えば良いかわかんなくなっちゃった!」

「そんなことないよ!本当に…。怖くて一人であの人達と話してる時、陽太くん助けてっ!ってずっと心の中で思ってた。他の人じゃなくて陽太くんなら助けてくれる。絶対に来てくれるって…。」

「…。」

「だから来てくれた時、びっくりしたし驚いたけど、本当に嬉しくて想いが伝わったんだって思って…」

「だって…守りたかったから。」

「…うん」

「俺が美月を守らなくちゃって思ったから…。気づいたら走ってた。」

「皆から聞いた…。先生に止められてたのに来てくれたんでしょ?」

「それは俺が悪いんだ…。」

「違うよ!…そうかもしれないけど違う!だって助けに来てくれた。守ってくれたよ!」


語気を強くしながら勢いよく俺の顔を見つめ、じっと眼を見る。その真剣な表情に何も言えなくなってしまう。


目に浮かべた大粒の涙が、夕日に照らされ輝きながら一筋零れた。

美月の涙を見たのは、これが初めてだった。

好きな人の涙の重さは、今まで生きてきたどの瞬間よりも胸にきざまれ、良い涙なのか、感動なのか…。

理由と原因は分からなくても決して気持ちの良いものでは無いとこの時感じた。


「そうだよ…。守りたかったんだ。だから嘘でも彼氏だって言った。手も握った。嫌だったかもしれないけど、てかそうだったらごめん。ただ、手を握って連れて行きたかった。絶対に離したくなかったから。」

「嫌じゃないよ!嬉しかったよ!私だって…離したくなかったし離されたらどうしようって思ってたよ…。」

「泣くなよ。頼むからさ。俺女の子のこと泣かせた事無いし、どうすれば良いか分かんねぇし。たださ、美月の泣き顔は見たくないよ。」

「うん…ごめんね。」

「大切だからさ。美月の事は本当に…。なんて言えばいいか分かんねぇけど。少なくとも笑顔でいて欲しいんだ。」

「大切…?私が?」

「うん。美月が。」

「そっか…。凄く嬉しい…」

「そう言ってもうと俺も嬉しい。」

「ねぇ…陽太くん…。」

「…なに?」


美月がじっとこちらを見つめ何かを言いたそうにしている。

どうしてか、無性にこの時間が怖かった。

何を言いだそうとしているのか、少しだけ想像できたから。

でも、美月からは聞きたくなかった。ワガママだろうけれど、もし俺が想像している事だとしたら、それは俺から美月に伝えたい言葉だったからだ。

少し悩んだ表情を見せ、口をギュッと結んだ美月はもう一度下を見て、


「いや、なんでもない。本当に…ありがとう…。」


そう震える声でそっと呟いた。

想像していた事とは違っていたが、それにほんの少し安心した。

俺は前を向き、呼吸と気持ちを整えたあと出来る限りの大声を出した。


「ほら!もう泣くのは終わり!元気出せ!」


そう言うと美月は涙を手で拭い、息を吐いた後笑顔で俺を見つめた。


「だって本当は怖かったんだもん!不安だったし。でもね、一番はすごくすごく嬉しかったの。助けに来てくれたのが。守ってくれたって思ったのが。だから泣いちゃった。」

「そうだよな。怖かったよな。でも、もうあんな無茶すんなよ?女の子なんだし。まぁ美月らしいけどね。」

「そう?」

「うん!バカ真面目!」

「そうかなぁ…」

「ハハッ!自覚ないのか!俺なんて不真面目だから損ばっかだぞ!」

「確かにそうかもね!でも本当に今日はごめんね…。せっかくの自由行動なのに。」

「正直さ、残念だなって気持ちないんだよね!ぶっちゃけ美月が無事だった事の方が嬉しいし、それで今日がこうなったなら全然気にしないよ。」

「…本当に優しいね陽太くん。」

「そうかなぁ…。当たり前だと思うけど。」

「あのさ…。いつか沖縄にまた来たいな!」

「あーそうだね!卒業しても皆で金貯めて今度は全部自由行動だし!」

「うん…。でも皆でじゃなくて…。」

「え?」

「二人で来たいなって…。」

「俺達?」

「うん…。今日の埋め合わせ…。修学旅行の続きしたいなって。」

「いや、でもそれだったら皆でさ…。」

「だって、本当は今日陽太くんと二人で色々行きたかったから…。私のせいだけど、私のしたかったことも出来なかった修学旅行になっちゃったから。だから、いつか叶えたい夢の一つにしても良い?」


あまりにも唐突に言われた言葉。

でもそれは冗談ではないとすぐに分かる程真剣な表情で伝えている美月を見て、どういう事か理解をするまで時間がかかったが、単純な想いとしてまた二人で来たいと心から思っていた。

俺は、高鳴る心臓の音が、美月へ知られない様に、この波の音で消えてほしいと願いながら笑顔で答えた。


「俺も絶対叶える夢の一つにしておくから。」

「うんっ!」


最後はお互い少し恥ずかしくなったが、いつもの笑顔で顔を見合わせる事が出来た。




きっと、器用な人や慣れた人はこういう時に告白ってするんだろうな。

「好きだ」って。

「大好きだから守りたかった」って。

なんで伝えられないんだろう…。

こんなに好きなのに。

大切なのに。


でも、きっと好きとか、付き合いたいとか、そういう感情以上のものが、美月には向けられている。

そう自分の事ながら感じていた。


砂浜から立ち上がり、背伸びをする。夕日が沈んでいき空にはキレイなオレンジ色が広がる。

波の音と沖縄の風。遠くから聞こえる自分達を呼ぶ声が心地よく聞こえる中、隣に座る大好きな子の存在を感じ、心から安心する。


「さぁ~て…。んじゃあ海にでも入るか!行こう!」


そう言い、座っている美月へ手を伸ばす。


「ほら行くぞ!美月!」


美月はニコリと笑ってその手を掴んで立ちあがる。


「うんっ!一緒に行く!」


立ちあがるまで掴んでいた手のぬくもりは、優しく思いやりで溢れていた。


今度この手を握れるのはいつなのか…。

一瞬だけよぎったその思いをすぐに打ち消し、二人で波打ち際へ歩き出した。

和樹達へ近づいたころ、少し後ろを歩く美月が、皆に聞こえるほどの大きな声で叫んだ。


「また守ってね!私は陽太くんに守ってもらいたいから!」


さすがに恥ずかしくなり、冗談を言おうかと思ったが、この際気にはしなかった。

俺はそれに負けないくらいの大声で返した。


「当たり前だろ!絶対俺が守るよ!」


和樹は満面の笑顔を浮かべ優里と顔を見合わせている。駿は恥ずかしそうに顔を抑え、史織里は小さく拍手をし、みなみは手を振っている。


それぞれタイプは違う7人だが、このグループで過ごして良かった。


どうして俺が今日自由になったのが分かったのか。

誰も教えてくれなかったが、もしかすると大山先生が事前に伝えていたのかもしれない。

そう勘ではあるが推測した。




修学旅行最終日。今までで最高の時間を過ごした。

沖縄の空は桜見と同じ様な美しい茜色に染まり、海に陽が沈んでいく。

街は違くとも見ている空に違いは無かった。

それは、きっと皆と一緒にいるから。

皆と見ている空だから。

そして、美月と一緒にいる空だから。


ポニーテールを揺らしながら、オレンジに光る水しぶきの中ではしゃぐ美月の姿に、俺の心は揺らぐ事のない永遠の確信を感じた。


若いガキの自分にもこれが本気なんだということが俺なりにだけど、ハッキリと分かった。


彼女を離したくない。彼女への想いを絶対離さない。

彼女を心から愛しているんだと。





”三代目J SOUL BROTHERS flom EXILE TRIBE RAINBOW”

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る