二年生の秋 ~離さない想い 前編~
10月も終わりを迎える時期。
真夏はとうに過ぎ、朝と夜は肌寒さが体を覆う。
冬服に衣替えをして、カーディガンを着込む生徒も増えてきた。
桜高での二度目の秋を過ごす。
今年の文化祭は昨年に比べ二年生になったからか色々な出店も回れ、いつものメンバーで行動していた。
もちろん、美月と二人でも行動したかったが、楽しさの種類は違ってもやはりいつものメンバーは居心地が良い。
そして、最近はその中にに史織里が加わった。
美月とも仲が良いのは皆知っていて、そうなれば優里はまるで自分の親友の様に接する。
それが結果として、回りの人へ良い影響になることが多い。
明るい優里と史織里の相性も良い様だ。
最近はこの7人で仲良く行動している。
去年の文化祭と変わったことがひとつあった。
サッカー部の焼き鳥の売り上げが昨年の売り上げの倍になったこと。
これはおそらく桃子目当ての男子が沢山購入しに来たのが良かったのだろう。
当の桃子はそんなことも全く興味がなさそうに、
「桃子に会いに来てくれたの?ありがとう!」
といつもの様子だったが…
美月の美術部も昨年同様あまり集客は出来ていなかった。気にしていない素振りは見せていたが、表情は明るくはない。
でも、俺は去年からずっと決めていた通り、一人で美術部の作品を見に行き、色々な絵を見ては美月と話をする。絵を見た感想。絵のきれいさ。色の作りかた。その一つ一つを聞いては、楽しそうに話をする美月の表情を見れるのが嬉しかった。
一年生の多田も美月が嬉しそうに話す様子を見て喜んでいる。
その後は、美月と史織里と外へ出てみんなと合流し、出店をまわった。
文化祭実行委員になるという約束はまだ果たしていない。ちゃんと三年生で自分達が引っ張っていく時だと決めていたから。
去年とは明らかに違う楽しさを感じた文化祭は、今年もまたラストの花火を7人で見て締め、無事に幕を閉じた。
そして、俺たち二年生には一大イベントが待っている。
3泊4日の沖縄への修学旅行だ。
基本的にはグループ行動が中心で、それ以外は全体でのバス移動になる。
1日目には全体で観光地巡り。
2日目にはグループでの自主研修。
3日目は範囲は限定されるが、完全な自由行動の一日になる。
グループはクラス関係なく、6~8人程度で各自好きな友人同士で組む。
俺たちは当然だが、俺、和樹、駿、優里、みなみ、そして美月と史織里の7人組みになった。
全体行動での観光地めぐりも当然楽しみだが、やはりグループ行動でいつもの中の良いメンバーでの行動が目玉だ。
そして、もちろん最終日の自由行動。この日は美月と一緒に行動したい。
きっと美月は優里やみなみ、史織里と一緒に行動することが多いとは思うが、なんとか少しでも二人で行動できればな…と期待する。
そして迎えた修学旅行当日。
飛行機の座席は和樹と駿との3人並びの席。
初めての飛行機にテンションが上がり、飛行機の中でふざけるという、いかにも高校生らしい自分達に、先生からの注意が飛ぶ。
だが、それすらも楽しめるのが修学旅行の不思議なところだ。
注意されている姿を横目に見る美月はクスりと笑っていた。
那覇空港に到着すると、まずその暑さに驚いた。
10月も終わりだというのに、ブレザーを着ているとすぐに汗をかく。それほどまでに暑い。
日本とはいえさすがは南国だ。
コンベアで流れてくる荷物を受け取り、バスへ移動する。
クラス毎にバスは分かれており、その後は様々な観光地を巡る。
初めての沖縄に興奮する者、特にリアクションも無い者、基本的にいつもと変わらない者。各々の時間を過ごし、宿泊先のホテルへ戻りチェックイン。各自客室へ戻り荷物を置いた夕食。
食事はホテルのバイキング。グループでテーブルを囲む。
「お前そんなに取ってきて食えんのかよ!」
やたらと皿に食べ物を持ってきた駿を見て、口を出す。
「折角だから、元取らないと!」
「積立てた金だろ。欲張んなよ!」
「てか、沖縄の飯って、なんか全然違うな…。」
「和樹は和樹でもっと食えよ!」
「いや…俺部屋帰ってからカップラ食うわ!」
相変わらずの二人に反し、女子は楽しんでいる様だ。
「…でさ、首里城って言うから大きなお城かと思ったら、門が有名だったんだね!知らなかったから超面白かった!」
「優里はずっと写真撮ってたじゃん。」
「みなみは見てただけでつまんなくない?」
「うーん…。楽しかったよ。でも暑かったからみなみ疲れちゃった。」
「美月と史織里は?どこがおもしろかった?」
「私は…やっぱり首里城かな!でも結局バスの中が一番おもしろかった!ゆったんが笑わせるんだもん!」
「本当皆すぐ笑うからおちつけ~って思ったよ!」
いつも会話の中心にいる優里は皆を楽しませてくれる。和樹と合わさると余計そのパワーが大きくなり、影響力のある二人だなと日々感じる。
テーブルに向かい合って男子と女子で並んで食べている。俺の向かいは美月だ。
というか、あえて向かいに座ったのだが…。
「優里さ、明日のグループ行動でどういう段取りにするか決めた?俺達特に行きたいとこないからさ!」
「え、んじゃあどうしようー。そしたら後でご飯食べたらロビーで語ろう!」
「オッケー!ほら、陽太も駿もさっさと飯食えよ!」
和樹は優里と話し、駿はひたすらに食事を食べている。
みなみと史織里はどうやらハブとマングースの話をしている様だ。
その話を聞きながらゆっくりとお茶を飲んで微笑んでいる美月に話しかける。
「美月は…?今日、どこが楽しかった?」
「ん?んーとね…。バスから見た景色。かな。」
「け、景色?どういうこと?」
「なんか、沖縄の建物って、屋根っぽい屋根がないじゃない?平らって言うか…。後やっぱり当たり前にシーサーがあったりとか…。普段の私たちの生活とは違った魅力が凄くあって、それが楽しかった!」
美月の感性はやはり凄い。普通ではそんな事気にもしない事だがそれに気付きをそれを魅力と感じることができる。きっとこの能力が絵にも写るんだと思った。
だが、同時に驚いたのは、本当に自分も同じことを考えていた事だった。
合わせたつもりもないし、合わせようともしていないが、おそらく美月と一緒にいる時間が長くなるにつれて、彼女に近い感性が生まれているのかも知れない。そう感じた。
「俺もそれ思った!なんか新鮮だったよね!」
「うん!それが凄く楽しかった!」
笑顔を見せる美月を見て安心し、和樹が声を大きくする。
「んじゃあ、明日の打ち合わせするから、後でロビー集合な!」
「は!?後でって何時?消灯時間までに部屋に戻らないと言われるぞ?」
「それにあんまり遅いとみなみ眠くなっちゃう…。」
「俺も飯食った後だとめちゃくちゃ眠いもん!」
「眠いなら無理しなくて良いんじゃない?みなみと駿は部屋で待ってれば良いでしょ?」
「皆心配性だなー!大丈夫だって!でしょ?優里。」
「うん大丈夫!今が19:15分でしょ。お風呂入って20:30位に待ち合わせて、消灯が22:00頃だから一時間は話せるじゃん!そんだけあれば十分だよ!」
「だろ!だったら大丈夫じゃん!」
笑顔の優里と和樹が話す中、心の中では(風呂上がりに会うのか…)等と思ってしまい、何故か恥ずかしくなり、美月を見る事が出来ない。
食事を終え、各自ホテルの部屋へ向かう。
エレベーターに乗り、女子は4階、男子は5階のフロアに宿泊しており、先に女子が降りる。
また後でと別れ、男子のフロアへ降り部屋の鍵を開けて部屋へ入る。
「あー食ったー。」
「駿、お前食い過ぎ!風呂いけんの?」
「もちろん行く!」
「んじゃあ行こうぜ!大浴場!」
全員でタオルや部屋着を持ち、大浴場へ向かう。
浴室へ入ると同級生がすでに入浴している。服を脱いで、浴室へ行く。
あくまでも勘違いの内容に話しておくが、男子は実は隠したい気持ちが強い。そこまで何にせよ自信は無く、誰かにわざわざ見せる様なものでもない。
ともかく、体と頭を洗い、3人で湯船につかる。桜高のサッカー部には合宿が無いため、こんな機会も無い。
他の同級生ともふざけた話をしたり、時たま女風呂に声をかけたり。高校生らしく、楽しみながら体を温める。
男子生徒が盛り上がっている中、1人大浴場の露天風呂に浸かる。
空を見上げると、花見坂で見る星とは違う星空を見上げながら浸かっていると、和樹がふいにやってきた。2人だけで湯船に入り空を見上げる。
「陽太、最近どうよ。」
「え?なにが?」
「いや、彼女とか欲しくねーのかなって思ってさ。」
「と、突然だな!なんだよ。」
「お前、気づいてないの?意外とお前モテてんだよ?」
「いや、知らねーよ…。てか、なんで?」
「なんでって中学の時から女子から言い寄られてたじゃん。結構声掛けられたり。でもお前自体あんまり興味なさそうだったから、結果的に付き合ったりとかも無かったかもだけど。まぁでも話かけるなオーラは半端無かったもんな陽太は。」
「そうだったっけ…。覚えてないな。」
「マジで?お前罪な奴だね。特にほら、あの一個下の後輩の。スラッとしためっちゃ人気だった美人の子。バレー部のさ。あの子から好意持たれてたって有名だったじゃん。」
「全然覚えてないわ」
「確か今年入ってきたよな。一年生に…」
その瞬間俺は、無意識のうちに思い出していた。
あの雨の日。川の瀬駅で出会った無性に気になってしまった女子生徒を。確か同じ中学だったはず。そして、彼女は俺の名前を知っていた。
「なぁ、その子って名前なんて言うの?」
「え?梅澤だよ。梅澤愛美。後輩の中でもめちゃくちゃ人気で有名だったじゃん。それでも、なんかお前の事気にしてて、他の男子寄せ付けなかったらしいぞ。なんでそんなにお前を気にしてんのかな!」
「…ああ。そうなんだ。なんでだろうな。」
俺はその話をしてから梅澤の事を思い出した。中学時代にも確かに会話をした事がある。そして、高校に入ったあとも、どことなく気になってしまっているのも事実だった。美月を考える余裕が一時消えてしまうほど、梅澤を考えている。
不思議な気分で、その後和樹が話している事は一切頭に入ってこない。
何故だか、ふと、梅澤とまた話してみたいと思っていた。
「んじゃあ、俺は先にあがるぞ!」
「ん?ああ。俺も行く。」
そう言いながら腰を上げると、露天風呂の入り口から出ようとする和樹が足を止めた。
「てかさ陽太、お前美月ちゃんとどうなのよ。」
「え?どうして!」
「好きなんじゃねぇの?」
「べ、別に!」
「ふーん。まぁそれなりに俺もお前との付き合い長いからさ。なんとなく分かんだけど、明らかに雰囲気違うぞお前ら。」
そう言って露天風呂から出ていく和樹を見つめながら、湯船にまた肩までつかる。
和樹が何気なく行った「お前ら」という言葉が、美月も他からはそう見られているのか、一体どう思っているのかという不安と期待が入り混じった。
大浴場から上がり、そのままロビーへ向かう。自販機で飲み物を買い、ソファーで座っていると女風呂から美月と優里が歩いてきた。
学校にいる時もすっぴんでいる事が多い美月だが、お風呂上りの髪が濡れているその姿は、明らかに特別感があった。
「先に来てたんだ!よしっ!話しよー!」
優里がそう言いながら、タオルで頭をゴシゴシと拭く。
美月も髪を気にしながら会話に参加している。そんな美月の姿はなかなか見れるものではない。無性にドキドキし、視線を外す事が出来なかった。
「ん?どうしたの?陽太くん…。」
「いや…なんでもない。」
「えー…。なんかあるなら言ってよ!」
「あのー…。み、みなみは?あと史織里は?二人はどうしたの?」
「あーあの二人は眠いから部屋でゴロゴロするって言って来なかった!うちとみづだけで!」
「うん!二人はお風呂入って部屋戻ったよ。」
「そっか!んじゃあ俺たちだけで決めちゃうか!」
和樹と優里を中心に明日からの行動を話し合う。
駿は眠いのか話しは上の空。俺と美月は話を聞きながら時折り意見を言い、皆で予定を決めた。
朝から優里と和樹の念願である国際通りを散策、美月と史織里が希望していた琉球ガラス作りをして、美ら海水族館へ。ホテルへの集合時間は19時だ。
その間も基本的に7人での行動になる。仲が良いメンバーで行動するとは言え、美月と一緒に歩く沖縄は緊張感があるが、何よりも楽しみが勝っている。
「じゃあ、そんなところで明日朝の9:00にロビーな!」
「オッケー分かった!」
そう言いながら優里は席を立ち、和樹は駿の手を引く。
「…ねぇ陽太くん。」
「ん…?どうしたの?」
「明日さ、琉球ガラス一緒に選んでくれる?」
「え?どうして?」
「パパにお土産買おうと思って!どんなのが良いか聞いたら陽太くんに聞いてみろって言うから!」
「あ、そうなんだ。良いよ!俺で良いなら!」
「良かった!ありがと!」
制服とは違う普段着というか部屋着の美月は、明らかにいつもとは違う雰囲気を持っており、その無防備さから一言一言話すたびにドキドキしてしまう。
「陽太、部屋戻ろう!」
「俺飲み物買ってから帰るわ!」
「あー…分かった。んじゃあ俺の分も買ってきてー!」
「は?自分で買えよ!後で金払うから!眠いから先行くわー。俺コーラね。」
「なんだよ!」
ロビーの隅にある自動販売機コーナーへ向かい小銭を入れようと財布を開く。
何を飲もうか考えていると、後ろから美月がやってきた。
「陽太くんなに飲むの?」
「え?俺はお茶かなぁ。和樹にコーラ買ってくれって頼まれてさ。」
「私も優里にお茶頼まれちゃった。似た者同士だよねあの二人!お似合いだ!」
「うーん…。まぁそうかもしれないけど。」
「でも…、頼まれちゃう私たちも、似た者同士だね!」
「あ…なんかそう言われると嬉しいな。」
その一言を言われ、顔を上げると美月がこちらを覗き込みながら笑っている。
あたりを見回すと同級生が数名いるだけで、後は一般の観光客だけだ。
あまりに自然になっていたが、美月と二人になれる瞬間が当然になってしまっている自分に驚いた。無意識とはいえ、以前はもっと一瞬一瞬が嬉しかったはずで、どうすれば二人になれるか考えていたのに。
俺は自販機でコーラを買い、自分のお茶を買った後に、優里の分のお茶を買った。
「美月は何飲む?」
「え?いいよ!自分で買うし。」
「優里のも買ったからさ。美月は何が良い?」
「あ…んじゃあ…。私もお茶。」
「色々あるけど…。」
「陽太くんと同じのが良い。」
ボタンを押し、お茶をとる。美月にお茶を二本渡す。
「はい。これ」
「ありがとう」
「良かったら、少し座る?」
当たり前になっていた時間が急に愛おしくなり、ソファーを見ながら声をかけ誘う。だが、それすらも以前の様な緊張感が無く、自然と誘えている自分がいた。
「うん。んじゃあちょっと休んでいこうかな!」
ソファーに隣同士で座り、お茶のキャップを開ける。
何を話そうか妙に迷ってしまう。
「でもやっぱり沖縄暑いな~。桜見は秋なのに、こっちは半袖じゃないと汗かくもんね。」
「うん。こんなに暑いとは思ってなかった。明日も天気良いらしいよ!」
「マジか…。やべーなぁ。どこ楽しみ?」
「うーん…。琉球ガラスは史織里と楽しみにしてたし、国際通りもこっちのファッションとか見れるしお土産買えるし!でもやっぱり水族館かなぁ。」
「俺も水族館は楽しみ!めっちゃくちゃでかい水槽あるんでしょ?興奮しそう!」
「良い絵のヒントになるかもだし、楽しみ!」
明日の話をし、次の日への期待が膨らむ。
そろそろ消灯時間が近づき、生徒も自分の部屋へ引き返していく。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか?」
「あ、うん!優里お茶待ってるかも!」
「俺も和樹のコーラ…めっちゃぬるいや。」
「アハハ!仕方ないよ!」
お互い笑いながらソファーを立ち、エレベーターへ向かう。
4階と5階を押し、二人でエレベーターへ乗り込む。
ドアが閉まり上へあがっていく感覚が体を包む。
「あのさ…美月。」
「ん?」
「明日、一緒に水族館まわらない?」
「え?まわるよそりゃ!」
「いや、二人だけで…。」
「え!?二人で…。」
「うん。」
横に並んでいる為顔を直接見ることは出来なかったが、間違いなく下を向いているのは分かった。
久しぶりに誘う事に緊張したが意を決した。
「…考えておくね。」
「え…。わ、わかった!ごめんな突然!」
「全然!そんな事無いよ!私こそごめんね。」
4階に到着し、ドアが開く。
開いたものの美月が降りようとしない。
「美月?着いたよ?」
「え?あ、うん…。」
ゆっくりとドアの方へ向かう。
エレベーターから降り、こちらを見つめてくる。
「お茶…ありがとう。」
「ううん。こっちこそ楽しかった。明日、楽しみだね!」
「うん…。おやすみ…。」
本当は手を引きエレベーターへ連れ戻したかった。
それか俺がエレベーターを降りて、まだ話したかった。
と、同時にこの感覚が久しぶりだという事に気付いた。
まだ話したい。もっと話していたい。
一歩踏み出せば出来る事が出来ない自分を心の中で責め立てる。
今ならまだ間に合う。そう思った矢先、エレベーターが閉まり始めた。
「あ、おやすみ!またねっ!」
「あっ…おやすみ!また明日!」
そう言いながらドアが閉まりエレベーターが上がる。
複雑な心境が襲ってくる。
以前ならば、すぐに応えてくれた美月が考えておくと言った事。
あまりに自然になってしまっていた美月との時間の中で、やはり自信を持てずに気持ちをぶつけられない事。
頭の中で整理がつかないまま5階のフロアへ降り、宿泊先の部屋へ向かう。
カードキーで部屋のロックを外すと、和樹と駿が明日の計画を話しながら、カップラーメンを食べている。
部屋に入って冷蔵庫に飲み物を入れる。
「まだ、食ってんのかよ。」
「あ、おかえり!さっき言ったじゃん!部屋で食うって!コーラは?」
「ああ…。少し温くなったかも。」
「まじかよ~。まぁ良いや!」
「ごめん…」
「いや大丈夫だけど、どうした?元気無くね?」
「いや…なんでも無い。」
「こりゃあなんかあったな!元気出せ!」
そう言いながら駿が枕を投げてくる。
身体に枕が当たり、痛みよりも何気なく気にしてくれている様な、心配してくれている様な、そんなニコニコとした和樹と駿の笑顔を見ていると、少し落ち込んでいた自分がバカらしく思え、
「痛った!なんだよ!」
そう言いながら笑っていた自分に気付いた。
ポケットに入っていた携帯に美月から改めて、明日の水族館を二人きりで回る事の正式な断りに気づいたのは、寝る前に明日のアラームを設定する時だった。
《さっきはありがとう!明日も楽しみだね!さっきの水族館のお話だけど、他の皆もいるから二人だけはちょっと難しいかなって思います。せっかく誘ってくれたのにごめんなさい。》
なんて返信をすれば良いか、いつもの様に楽しみに返事を考える様な時間の過ぎ方ではない。ただ、返事をするのが怖いだけの時間が過ぎていく。
それでも、本当は何故だか無性に生まれる断られた事へのイラ立ちと、置きどころの無い不安から返事なんかしたくは無い。そう思った。
それでも、今はこのつながりを切ってしまう事の方が怖く感じてしまう。
消灯の為電気を消し、雑談をしている和樹と駿の会話を聞きながら、暗闇の中携帯を開いて返事を返す。
《分かったよ。俺こそ急にごめんね。明日は楽しもうね。水族館の事は忘れて!》
それだけ送り携帯を閉じた。
和樹と駿の様子を伺おうと聞き耳を立てるが、既に寝息が聞こえている。
修学旅行の夜だというのに、随分と眠るのが早い。
「和樹…駿?起きてる?」
静寂が包む中、返事が聞こえる。
「ああ。起きてるよ。」
「和樹か。駿は?」
「寝たっぽいな。早えーな…。夜はこっからだってのに!」
「こっからって…。俺もそこそこ眠いんだから寝よう。」
「まぁまぁ…。ほら、定番だけど陽太はどうなのよ!」
「なにが。」
「好きな人とかいんのかって!一応修学旅行っぽいこと話したくて!」
正直和樹にならば言ってもしまおうかとずっと思っていた。
この機会だ。話そうかと思ったがそれ以前に疑問が生まれた。
(俺は美月が好きなのか?)
今まで思っていた事が急に疑問に替わり、不安に替わり、自分自身に自信が無い。
素直になれない自分に戸惑いながら、美月とは言えないと感じた。
「ああ…。好きな人ねぇ…。いれば良いけど。」
「なに!?いないの?嘘でしょ?」
「いや…。好きな人ってどんな人なんだろうな。なんかそこら辺が分かんねぇんだ。そばにいたい人なのか、常に考えてる人なのか。守りたいのか、誰かに取られたくないのか。」
「ふーん…。いねぇんだ…。んじゃあさ、それこそ一年の梅澤とか良いんじゃね?」
「は?梅澤ってバレー部の?」
「うん。同中だし、人気高いし、お前の事好きだったわけだから脈なしじゃねぇだろ?」
「いや、そもそも今だって好きなのかどうかわからないし。」
「だとしても、お前が今好きな人も気になる人もいないなら、良いんじゃないの?好きだと思ってくれる相手がいるっていうのは幸せな事だぞ?それをモノにしないと、もったいない。」
「俺は…。俺は自分が好きだって思った人に好きでいてもらいたいと思う。だから…。もし俺が気になっている人がいれば、その人も俺を好きでいてくれたらなって思うけど。」
「…まっ、陽太ならそう言うと思ってたけどな。」
「うん…。でも梅澤はどう思ってんだろう。」
「少なくともお前を好きだったから告白されても付き合わなかったって言うのは事実みたいだから、今もお前の事気にはしてるんじゃない?」
「そうなのかなぁ。俺なんかのこと。」
「いや、実際お前そこそこモテるぞ?気づいてないだけだろうけど。とはいえ、梅澤はめちゃくちゃ人気らしいから、逆に誰かに取られちまうぞ~!」
「そうなんだ…。」
本当は美月が好きだと言いたかったが、梅澤の姿もチラついている今。本当に好きなのかどうかすら不安になっている現状で、親友になんと言えば良いのか分からなくなっていた。
相談できれば何か変わるのかも知らないけれど。
「まぁひとまず明日は楽しもうぜ!沖縄に皆で来る事なんて絶対無いんだからさ!」
「ああ…。そうだな。」
真っ暗な天井を見上げながら、美月の事を思い出し、目を閉じると何故か時折浮かんでくる梅澤の姿。
もやもやとした感情の中、”友人と過ごす”事を楽しみにした明日のグループ行動を心待ちにして、和樹との会話を盛り上がりながら、気づけば眠りについていた。
翌日
朝食を済ませ、各グループ毎にロビーに集合する。
無論自分のグループも集まり、目的地へ向かう。
昨日のやり取りが嘘の様に、美月とは普通に会話で来ている。逆に気まずくないのが嬉しい反面、何も意識していないのかなと不安にもなる。
ただ、それ以上に皆と過ごせる今日の時間が楽しみでならない。
そして、何より明日は完全な自由行動。
今日の水族館は駄目でも、明日は少しの時間でも良いから美月と一緒に行動したい。二人きりで。
前向きに捉えながら、キャリーケースを運び、バスに積んで今日の宿泊先のホテルに運ばれる。
生活指導で体育教員の大山先生から注意事項が話される。
「まず、以下の決まりごとをしっかりと守るように!
・決められた範囲内でのグループ行動にする事。
・必ずグループで行動し、全員で移動する事。
・随時電話にて現在地を報告する事。
・集合時間は夕方の19:00に宿泊先のホテルのロビーに集まる事。
「以上の内容はしっかりとリーダーを中心に全員で守れ!違反時にはペナルティだぞ!万が一遅れそうな場合は必ず連絡しなさい!」
相変わらずの威圧感のある先生だが、決まり事を守るのは当然だ。
しっかりと頭に入れて、目的地へ向かう。
リーダーは自分。サブリーダーは史織里になり全員で規則の再確認をする。
モノレールやバスを乗り継いで、国際通りへ。
このグループで良かったのは、普段から仲の良い男女だった事もあり、男女混合特有の違和感や気まずさは一切無かった。
美月との会話も昨日の事をいちいち掘り返さず、変わらずに接する事が出来ている。この修学旅行は、余計な事を考えずに、単純に友人たちとの思い出を作る素敵な旅になりそうだ。
国際通りのお土産店を見て回り、アイス屋で石垣の塩味やシークワーサー味のアイスを食べる。
美月と俺は、柚子のアイスが良かったねと話しながらも二人でシークワーサーを注文して皆から好きなものが一緒なのかとからかわれたり。
みなみが蛍火の皆にお土産を買うと言い、ちんすこうを何箱も注文し、宅急便で郵送してもらい、その顔の広さに改めて驚いたり。
和樹と優里は何故かおそろいのアロハを買ったりと、笑いが絶えなかった。
その後は全員で移動し、美月と史織里の念願。琉球ガラスの工房へ向かった。
ガラス作り体験を行う事が出来るこの工房は、オリジナルのガラス細工を作る事が出来る。美月と史織里を中心にみなみと優里も体験を申し込んでいた。
ガラス窓の向こうでガラスを作り、息を吹き込む美月を見つめては、昨日の誘いを断った真意を改めて知りたくなった。
体験が終わり、出来たガラス細工が1ヶ月後に自宅に届く。工房の中はガラス細工のお土産屋も兼ねており、買い物が出来る様で、美月はコップやグラス、皿等を真剣なまなざしで見ている。
「ねぇねぇ、陽太くん。」
商品を見つめながら突然手招きをされ、声をかけられる。
「なに?」
「昨日話してたパパのお土産。一緒に選んで?」
「いいけど…。どれが良いとか美月は見当ついた?」
「うーん…このグラスなんか良いかなって…。」
「あ、俺もこれ良いと思った!なんかお父さんぽいというか…。」
「本当?んじゃあこれにしよ!パパも陽太くんに選んでもらえば大丈夫って言ってたし!」
「うん。これが良いよ。」
そんな会話をしながら美月は買い物をし、史織里や優里、みなみも買い物を済ませた。もちろん俺と和樹、駿はガラス細工に興味は無く、そのまま工房を後にした。
最後に全員で美ら海水族館へ向かう。
季節はもう秋だというのに照りつける太陽が肌を刺し、シャツを腕まくりして額の汗を拭う。
水族館へ到着し、入場券を購入してから館内を進む。水族館特有の薄暗い中、展示されている魚達を眺めていると美月が突然隣に並んだ。
「見て!この魚キレイだよ!」
「ああ、キレイだね!クマノミだってさ。」
「あー知ってる!映画のやつ!可愛いよね!」
二人で展示を見ていると、どんどん他のメンバーが進んでいく。
はぐれないようにしなければならない為、急いで追いかけようとするが美月は展示された水槽の魚をじっくりと見ている。
「美月、急がないと皆先に行っちゃうよ。ほらっ。」
「大丈夫じゃない?同じ水族館なんだし。」
大きな目で魚をじっと見つめながら軽い様子で話す。
「いや…それに昨日も言ってたじゃん?皆いるから別行動はって。離れたらまずくない?」
「大丈夫だよ。さっき優里にももしはぐれても出口で待ち合わせって言ったし。」
「え?待ち合わせ?」
「うん…。ほら、私も絵の参考になるからゆっくり見たいし…。」
「まぁそうかもだけど。…でも、離れちゃったら結局二人で行動することになっちゃうじゃん。」
「だからさ、先に皆が行っちゃったんだよ…。私たちはゆっくり見てただけだよ。皆が悪いじゃん…。」
「え…。」
「皆いるから私たちだけ二人で回るのは無理だけど、皆が先に行っちゃうから私たちはゆっくり回って見た…。だったら…良いでしょ?」
そう言いながら魚を見ていた美月はこちらを向き目を見つめてくる。
その瞬間胸がギュッと締め付けられ、どうしようもなく言葉が出てこない。それでも言葉をなんとか絞り出して応えようと口を開く。
「確かに…。それならそうかも…。なんかありがとう…。」
「お礼言わないで。私だって優里とか皆と回るのも楽しいけど、本当にゆっくり見たかったり落ち着きたい時は、落ち着ける人とずっと見てたいって思うし。だから、昨日誘ってくれてありがとう。」
心にあったモヤモヤは晴れ、とてもキレイな気持ちになっていた。
一度断った事は美月なりのみんなへの気遣いだったのだろう。やっぱり美月らしい。
それに気付けず、一瞬でも残念に思い、苛立っていた自分が情けない。
俺と美月はその後も、限られた水族館での時間を二人でゆっくりと回った。
何故だか、同じ館内にいたのにも関わらず、一度も皆と一緒になる事は無かった。
水族館を出ると気づけば16時過ぎ。
沖縄の夕方はまだ夕日と呼ぶ様な空の色はしておらず、明るく昼間の様だ。
風も暖かいどころか暑く、いかにも南国の時間の流れをしている。
ここからは、宿泊先のホテル周辺へ向かい、近くの沖縄料理屋で夕食を食べる計画を立てていた。
19時にホテルへ戻る規則なため、時間に余裕を持って料理屋へ向かう。
水族館から移動し店へ。クーラーの効いた店内で、メニューを開きながら各々沖縄料理を注文した。
食事をしながら今日一日を振り返り話をする。水族館で別行動だった事も、全員特に気にはしておらず、楽しい一日が過ぎていくのを感じていた。
昨日同様、テーブルを挟んで男子と女子が一列ずつ並び、向かい合う。
ちょうど正面に座った美月と不意に目があった。
「美月は明日はどうすんの?」
「うーん…。特に決めてないんだよねぇ…。結局皆でどこか行こうかなって!」
「そうなんだね。楽しんでね!」
「うん!陽太くんは?」
「うーん…。海にでも入るかな!」
「ビーチ行くの?楽しそう!」
「もし良かったら一緒に行く?」
「え!行きたい!そしたら、明日海行こうよ!」
「うん。皆で行こう!その方が楽しいよ!」
「そうだね!」
明日の予定を立て、美月と話した後は全員へ海に行く事を誘った。
「陽太ナイスセンス!海良い!一応水着持ってきたから最高じゃん!」
「えーみなみ足だけでも良い?」
「全然良いよ!史織里も入るでしょ?」
「うん!入りたい!」
皆で盛り上がり明日も楽しみになった。
支払いを済ませ店を出る。
時間は18:30。ホテルまでは15分で到着できる。
全員で少しずつ薄暗くなっていく沖縄の町を歩くと、修学旅行生だということを分かっているのか、繁華街でも声をかけられる事はまず無い。
ホテルへの道を地図を見ながら先頭を歩き、ふと後ろを見ると史織里が見えない。
「あれ、優里、史織里は?」
「なんかお店に忘れ物したんだって!大丈夫じゃない?」
「いや、全員で行動しないと…。」
「大丈夫だよ!陽太くんは心配し過ぎ!子どもじゃないんだから。大丈夫だよ。」
「いやまぁそうだけど…。」
「そしたらうちと美月もお店戻るから、絶対間に合うようにホテルに戻るよ!」
「うん!私も史織里心配だからお店に戻ってみる!合流したら陽太くんに電話するね?」
「分かったけど、くれぐれも早く帰ってこいよ?」
不安な気持ちもあったが皆に言いくるめられそこで別れて俺達はホテルへ向かう。
この時一緒に戻っていれば良かったのかもしれない…
予定通り18:45にはホテルに到着しロビーで待機しているが三人は一向に戻ってこない。
不安の中、美月の携帯に電話をしていた。
コールはするが出る気配が無い。和樹も優里に電話し、みなみが史織里へ電話をする。駿が先生達に状況を説明し、どこの店舗か地図で場所を教えている。
時計の針は19:00をとうに過ぎていた。
「齋藤!どうするんだ!時間だぞ!」
「はい!すいません…。」
「時間厳守と言っただろ!」
「はい、でもどこかでサボったりルールを守らないメンバーじゃありません。だとしたら道に迷ったか…。」
「でもさ陽太、道に迷ったら電話してこないか?」
「駿も誰かに電話して!道に迷ったならまだ良いけど…何かあったら…。」
時間を過ぎている状況の中、他の生徒やクラスメイト達も不安げな様子でロビーで待機をし、先生達も周辺を捜しに行こうという話になった。
三人に何かあったら…。
そんな不安は当然の事、美月の身に何かあったらと思うと冷静ではいられなかった。不安で、怖くて、何とかしたいがどうする事も出来ない。
時間だけが少しずつ進んでいく中、和樹の電話に優里から着信がかかってきた。
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